王宮の小麦がデッドストック───腐りかけの小麦粉ならば全て私が頂きます
戦場からの「定期便」は、木箱に詰められた生臭い鉄の匂いと共に届いた。
「……アイツ、ほんまにプレゼントのセンス皆無やな」
蓋を開けた私の目に飛び込んできたのは、北東の蛮族の大将首。 普通の令嬢なら絶叫して三日は寝込む代物やが、私は無言で蓋を閉じ、事務官を呼んだ。
「これ、広場に晒しといて。一週間ほどでええわ」
案の定、効果は覿面やった。
「パンをよこせ」と騒いでいたデモ隊は、その生々しい暴力の証明を前にして、クモの子を散らすように解散していった。民衆は食糧を奪う領主を憎むが、外敵を完膚なきまでに叩き潰す強い守護者には、本能的な敬意を払わざるを得んらしい。
(……ええ『広報資産』になったわ。おおきに、フロスト)
私は返信の便りに「首、助かったわ。広場の治安維持に活用させてもらう」とだけ記し、次の仕事に取り掛かった。
◇
窓の外では、マリーン・ヴェイルの潮風とは違う、硬く冷たい雪の匂いが「窓霜」を形作っている。 私は手元のハーブティーを啜りながら、王宮のメイドから届いた手紙から内情を読み解いとった。
「……王子のやつ、期待を裏切らんアホやな」
私を追放したことで、私と親しかった周辺諸国が激怒。嗜好品に関税をかけられ、王国の国庫からは今、銭が滝のように漏れ出しとっとるらしい。 さらに王宮は自らの失政を隠すため、私を「国を売った悪女」として指名手配。戒厳令を敷いてまでバイカル家の名を消そうと躍起になっとる。
(歴史を捏造してまで面子を守るか。……まあええ。その『歪み』こそが私の商機や)
そこへ、規則正しい足音と共に補佐官のシュガーライクが現れた。 彼は私の「改善提案書」を回収しに来るのが日課になっとる。
「アレクサンドル様。……備蓄の状況は、端的に言って最悪です。凱旋してくる閣下の軍に食わせるパンすら、来月には底を突く予定です。連絡は既に取っていますが、どれほど期待できるか」
眼鏡の奥の瞳は、過労と苛立ちで濁っていた。どうやら定期便が到着しないことに憤りを感じとるようや。
「ふうん……? ちょっと資料見せて」
「機密です」
「ええやん、ええやん。下手したらみんな野垂れ死にするんやで?」
「……クッ」
私は彼が差し出した「物流報告書」を確認する。すると一点、南部倉庫の数字に指を置いた。
「シュガーライク。これ、単純な食糧不足やないで。……ここ見てみ。南部にある第4・第9倉庫。去年の秋に収穫された小麦が、まだ『積み出し待ち』になっとる」
「……順番待ちでしょう。それが何か?」
「いいや、南部は温かい。去年の秋から放置されて腐らんわけがないやろ」
私は資料の責任者欄を叩いた。 そこには、王子の新しい婚約者――アリシアの親戚の名が記されていた。
「無能な上司が『新しい収穫物』から優先して出荷させたせいで、奥にある『古い在庫』が死蔵になっとるんや。これ、帳簿上は資産やけど、現場じゃただのカビる前のゴミやで」
シュガーライクの顔が強張った。役人の「先入れ先出し」の怠慢。 それが、この極北の地を飢えさせている正体やった。
「……なぁ、シュガーライク。アンタ、『ゴミを片付けてやって、金をもらう』えげつない商売に興味あるか?」
「ゴミ……と申しますと?」
私は唇を吊り上げ、サファイアの瞳に銭貨の輝きを宿した。
「王宮で腐りかけてる最高級小麦を、私が『エネルギー資源』として安値で引き取ってやるんや。もちろん、処分手数料もたっぷりふんだくってな」
「……現場の不祥事を隠蔽してやる代わりに、食糧を横流しさせる……と? 王家が許すはずがありません」
「王家は許さんやろうな。……せやけど、現場の役人は別や。あいつにとっての優先順位は、王家への忠誠やない。『自分の首がつながること』や。そこさえ握れば、あとは勝手に踊ってくれる」
私は不敵に笑い、手紙を一筆したためる。
「倉庫の次長、ザイゼン。パパの知り合いの中でも、有能やけど豆腐メンタルの小心者やった。……自分の命のためなら、すぐに釣られるやろう。黒いことするならうってつけのパートナーや」
役人は保身のためにミスを隠せてハッピー。 うちは「天然の巨大冷蔵庫」でカビの進行を止めて、長期保存し放題。 領民には格安のパンが回ってハッピー。
「……王宮でゴミになるくらいなら、ウチの胃袋に収まってもらおか」
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