最初のお客様は褐色エルフ? ───ナニワの商人は浜辺に何かと縁があるようです。
ドッドッドッドッ……。
ノヴァーリス・ホールディングスが誇る巨大貨物船のエンジン音が、重厚な拍動を刻む。場所は南の国、獣人の国の玄関口。女王直々の招待状を手に、意気揚々と乗り込んだはずやったんやけどな。
「……なぁ、フロスト。あの水平線に見える『火の手』。歓迎の狼火にしては、ちょっと物騒すぎへんか?」
扇子で日差しを遮りながら尋ねると、隣で軍服を完璧に着こなしたフロストが、泰然とした笑顔を浮かべた。
「いや、サーシャ。あれは敵襲の合図だね。ほら、港から軍が出てきているよ」
刹那。港から放たれた黒い点が、放物線を描いて空を裂く。
|腹に響く轟音《 バシャァァァァァン!! 》。船のわずか数十メートル先に、巨大な水柱が上がった。
「マジかいな! 槍どころか、いきなり岩ぶん投げてきよったで、あの毛むくじゃら共!」
投石機による迎撃システム。その射程距離に、私たちは知らずのうちに踏み込んでいたらしい。
「サーシャは部屋に戻っておいてくれ。全艦隊に指示を飛ばす」
「わ、わかった! 戦うのはナシやぞ! 絶対にナシやからな!」
「善処する!」
フロストは振り返らず、長い脚を動かして艦橋へと走っていく。
どうやら、極北の「蛮族殺しの悪魔」が十二隻もの護衛艦を引き連れて現れたことで、ヴァナヘイム側は『フロストが奇襲を仕掛けてきた!』と大パニックに陥ったらしい。
故の問答無用の投石の雨。私は涙を呑んで、一時撤退を決断した。
(……やっぱりフロストに護衛減らしてもらうよう言うべきやったわ。心配症にも程があるで、十二隻は盛りすぎや……!)
◇
ヴァナヘイムの港から少し南へ。熱帯雨林とエメラルドグリーンの小島が点在する、海図にもない諸島へと逃げ込んだ。
安易な上陸を控え、船内で様子を伺っていると、コツン、コツンと船体に何かが当たる音が響く。
「なんや……? 猿が木の上から木の実でも投げとるんか?」
気になって廊下へ出る。
───目に飛び込んできたのは、壁を貫通し、ギラリと先端を光らせる矢尻やった。
「ひょえ……」
廊下の道を逃げるように頭を低くして甲板へ脱出する。すると島の木々の影から無数の弓がこちらを狙っているような状況やった。影の部分をよく見ると、現れたのは耳が横に長く、太陽に愛されたような小麦色の肌を持つ一団。……耳長人やった。
「(人間が、この聖域に何の用だ。死にたくなければ去れ!)」
独自の言語――エルフ語による要求。フロストに目配せすれば、「こっちは何もしてないぞ」と確信を持って頷く。それならまだ、商売人の「話術」でどうにかなるはずや。
「お待ちください、私たちは怪しい者ではありません。北から来た商人です。この暑い島に、最高の『涼しい宝物』を交換しに来ました」
「(……っ!? なぜ、お前が『エルフ語』を喋れる!?)」
リーダー格らしい少年が、驚愕に目を見開いた。
「……フッ」
元王子の婚約者として受けた英才教育、舐めてもらっちゃ困るわ。マナーやダンスは放り投げても、語学だけは将来の市場拡大のために色んな方法で勉強しといたからな。若干忘れそうやったけど、案外話始めると何とかなるもんや。
「(エルフの女王陛下とは旧知の仲ですわ。そこで言葉と文化を学びました。ともかく、今は貴方たちの代表にお目通り願いたいのですが……その、物騒な獲物を下ろしてはいただけないでしょうか?)」
「(少し待っていろ! 絶対に船から降りるな!)」
数人のエルフが森の奥へと消えていく。一触即発の状態。私たちが手出しせん限り、向こうも撃ってこん。無用な血でこの美しい海を赤く染めたくはない。私は緊張の面持ちで、時が過ぎるのを待った。
――村の長が現れたのは、それから十分後のこと。
法衣を纏った、皺の深い老齢のエルフが姿を現す。白く濁った眼で船を見上げ、厳かに口を開いた。
「(お前たちは何用でここへ来た)」
「(北の人間の国から来た商人です。余っている木材があれば、交換していただきたい。攻撃の意志はありません、森の精霊に誓います)」
「(……ほう、誓えるか。ならば浜に滞在することのみを許そう。だが一歩でも森へ踏み込めば、命の保証はないと思え)」
気難しい相手かと思えば、二つ返事で了承をもらえた。
「(温情に感謝いたします。偉大なる長よ)」
隣で黙っていたフロストが、ようやく「戦いにはならなさそうか?」と小声で訊いてきた。
「浜に降りる許可は取ったわ。でも、森に入ったら殺すって。他の乗組員にも伝えといてくれる?」
「分かった。……凄いなサーシャ。異国に行けば大体喧嘩になるのに、丸く収めてしまうなんて」
「アンタ……普段からどんな交渉してるんや」
「同じ酒が飲めたら友達。飲めなかったら敵。簡単だろ?」
「わーお……さすが蛮族殺しの悪魔……」
「その異名、実はあんまり好きじゃないんだ。これからは『アイスキング』でよろしく」
「……ちょっと気に入ってるやん」
「良いだろ、カッコ良くて」
「まぁ別にええけど……」
交戦ムードから警戒ムードへ。疑わしい動きをすれば再び矢を射られる綱渡りやけど、少なくとも「交易」の扉は開いた。
◇
どれだけ旅が続くか分からん。食料と水の補給を優先しつつ、私たちは浜辺で「商品」を並べる準備を始めた。
設営されたテントの中、青白く光る氷に惹かれ、エルフたちが一人、また一人と顔を出す。代表としてやってきたのは、先ほどの村長。
「(お前たちが持って来た商品とやらに興味がある。武器か? 食料か?)」
「(氷です)」
「(氷……?)」
村長は首を傾げた。北国の聖湖『ミーミル』から切り出された、未知の体験。これを最高の出会いに演出できるのは、私だけや。
「港湾都市マリーン・ヴェイルで絶賛発売中の新商品、『ノヴァーリス印の特製フラッペ』です。これ以上ないほど涼しくなりますよ」
試供品として、バナナミルクのフラッペを渡す。ストローの概念がないため、銀のスプーンを添え、掬って食べるジェスチャーをした。
村長は慎重にスプーンを口へ運ぶ。直後、その表情が劇的に変化した。窄められた口元が、柔らかな笑顔に変わる。
「(美味い。うちで採れるバナナの味がする……)」
当然や。このバナナミルクは、南の地域からマリーン・ヴェイルに運ばれてきた物を加工して使ってるんやから。品質の劣化を、氷の冷気と加工の技術で「付加価値」に変える。これこそが冷蔵物流の魔術や。
「(できましたら、フルーツや新鮮な水と交換したいのですが。いかがでしょう?)」
「(……良いだろう。それよりも、もっとこれを作っておくれ。異国のお嬢さん)」
「(……っ! 喜んで!)」
私は大きく頷き、背後の男を振り返った。
「フロスト! みんなお客さんになってくれるって! 商売始めるで!」
「本当か! まさかこんなに穏便に水が手に入るなんて……サーシャは優秀な外交官だな」
……外交官。その言葉に、一瞬だけ胸の奥がチクリと痛んだ。王宮での、あの忌々しい日々が脳裏をよぎる。───せやけど、今はその「嫌な過去」さえも商売の道具や。使えるものは使っていきましょう。
「この調子で、エルフたちの頭もキンキンにしていこうか!」
南国の熱気に、私は不敵な笑みを投げかけた。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




