グランドフィナーレ───ノヴァーリス・ホールディングスが街を凍てつかせますわ!【アイス・イン・ワンダーランド編・完結】
「た、戯けたことを言うもんじゃない!」
高台の特別観覧席から、喉が張り裂けんばかりの絶叫が響いた。
ジョン王子が、顔を真っ赤にして手すりに身を乗り出しとる。その隣で、アリシア姫がポカーンと口を開けて固まっていたが、今の王子にそれを気にする余裕はない。
「合併だと!? 認めん! そんな不敬な、順位を軽視する暴挙が許されると思っているのか!!」
ジョンは階段を駆け下り、護衛を引き連れて壇上へと詰め寄ってきた。
「……あら殿下、ご機嫌麗しゅう。ルールを無視? 滅相もございません。スプリングフェスの規約には『他店舗との業務提携、および組織改編を禁ずる』なんて項目、一行もありませんわよ? 法の穴……やなくて、ルールの余白を活用するんは、商人の義務ですわ」
「黙れ! 貴様は私を───王家を愚弄した! 衛兵、この詐欺師どもを今すぐ捕らえろ! 優勝は取り消しだ! 没収しろ!!」
ジョンの叫びに応じ、剣を引き抜こうとする近衛兵たち。
数万人の観客が静まり返り、一触即発の空気が砂浜を支配した。
ルカの兄ちゃんが「ひっ……!」と腰を抜かしそうになった、その時。
───ズシン。
私の前に、巨大な「壁」が立ちはだかった。
「……殿下。どうか、ご再考を」
重厚なバリトンボイス。
そこに立っていたのは、軍服の襟を正したフロストやった。
普段の大型犬としての面影はどこにもない。
一国の軍を率い、数多の修羅場を潜り抜けてきた「ヨトゥンヘイム公爵」としての、真の顔。
彼が軽く視線を走らせただけで、殺到しようとしていた衛兵たちが、まるで目に見えない氷壁にぶつかったかのように足を止めた。
「フロスト……公爵! 貴様、何のつもりだ! これを反逆と取るぞ!」
「反逆? ……いいえ。私はただ、我が婚約者の『正当な商売』を守っているだけです。法を曲げて民の資産を奪おうとする行為こそ、王家の名誉を汚すものではありませんか?」
フロストが、ゆっくりと腰の剣の柄に手をかけた。
抜いてへん。ただ、手を添えただけ。
それだけで、周囲の温度が物理的に十度くらい下がった気がした。フロストの背後で控える三十人の私兵団も、一斉に抜き身の殺気を解放する。
「……っ!!」
ジョンが息を呑み、一歩後ずさる。
目の前にいるのは、自分が適当にあしらえる「北の蛮族」やない。
本物の、死神を飼い慣らした戦の天才や。
「……殿下、御下がりください。これ以上は、ヨトゥンヘイムの『誇り』に関わります」
低く、冷徹な宣告。
フロストなら今ここで、容易く王族の首を落とせる。その「本物」の匂いに恐れ慄いたか、ジョンの頬を冷たい汗が伝った。
「……クッ、追って沙汰は伝える。貴様ら……この国にいられるとは思わぬことだな」
ジョンは震える声で捨て台詞を吐くと、逃げるように黄金の馬車へと乗り込んでいった。
パカパカと虚しい蹄の音を立てて、王家の車列が去っていく。
(……しょうもない。恥も外聞も捨てて乗り込んできておいて、結局手ぶらで帰るとか……興ざめも良いところやな。フロストに啖呵切るぐらい成長出来てるかと思ったけど、結局道化のままか)
私は心の中で冷たく言い放ち、扇子を閉じた。
静寂。
そして、一拍置いて――。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
砂浜が、爆発した。
王子に真っ向から物申したフロストへの称賛と、新しい「ノヴァーリス・ホールディングス」への期待。数万の拍手が、地鳴りのように押し寄せる。
「やったな、サーシャ」
フロストが振り返り、いつもの「大型犬」のような優しい笑顔に戻った。
「……アンタ、美味しいとこ全部持ってたな」
ポスッ、とフロストのお腹にパンチを入れる。あのまま彼が出てこんかったら、私が王子に罵詈雑言浴びせて、今頃投獄されてたかもしれん。……そうならんで、助かったわ。
あそこまで来られたら、私も歯止めが聞かんからな。
「……俺にできるのはこれぐらいだからね。さぁ、サーシャにはまだやることがあるだろう?」
「せやな。……ほな、仕上げや! 全員、壇上へ集まり!!」
私の号令で、スタッフたちが次々と表彰台へと駆け上がってきた。
優勝トロフィーをルカと一緒に掲げる。
隣には、幸せそうにヴァイノの腕を取るウルスラ。
あざといポーズを決めるソール君に、ツヤツヤの眼鏡を光らせるミヤハ。
鉄仮面をピカピカに磨いて「コーホー!」と叫ぶロック。
ガハハと笑うチョウベーさんとマーサ。
「ヴァイノ、準備はええか! 今のうちらを、世界で一番『高い』一枚にしてや!」
ヴァイノが砂浜に設置した大きな写真機が、バシャ、と白い閃光を放つ。
夕日に染まるマリーン・ヴェイルの空の下。
焼けた海の家を背景に、黄金のトロフィーと、三十人の共同経営者たちの笑顔が、一枚の銀板に刻まれた。
アリステア兄さんの予言は当たった。
私は「優勝」を取り逃し、二位に甘んじた。
───せやけど。
順位なんていう「名誉」よりも、私はもっとデカいもんを手に入れた。
マリーン・ヴェイルの物流を握る『新たな経済圏』。そして、何があっても背中を任せられる、最強の仲間たち。
(……待ってろよ、世界。次は世界中をうちらの氷でキンキンに冷やしたるわ!)
私はトロフィーを高く掲げ、紺碧の海に向かって、誰にも聞こえない声で高らかに笑った。
世界にはまだまだ、氷を求める熱狂があるはずや。
次に向かうは、東か南か。
それはまだ私にも分からんかったけど、一つだけ確かなことがある。
どこへ行こうが、最後に笑てるのは、私ら「ノヴァーリス商会」や!
【第2章:アイス・イン・ワンダーランド編 ――完結】
第2章「アイス・イン・ワンダーランド編」、ついに完結です!
終わってしまったーー……! という達成感と満足感でいっぱいです。
まずはここまで並走してくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
皆さんは覚えているでしょうか。
物語の序盤、彼女たちは雪に閉ざされた「ヨトゥンヘイム領」という極寒の地にいたことを。気づけば、その倍以上の期間をこの灼熱の砂浜で過ごしていましたね。
そして次章からは、舞台はさらに暑い場所――「世界の喉元」へと移ります。
リコポリスのような「人ならざる者たち」も次々と登場し、物語のスケールは一気に加速していく予定です。
も、もちろん恋愛要素も忘れていませんよ……?
第3章では『ノヴァーリス・ホールディングス』という巨大な力を手に入れたサーシャが、いよいよ自分自身の「内面」と向き合うことになります。
思考はナニワの商売人のままですが、身体のバイオリズムに抗えず、気づけば以前よりも趣味嗜好が「女性寄り」に変化していく自分に戸惑う元少年……実に良いですね。
(※過激な描写を目的とはしませんが、身体的な変化や雰囲気で熱量が上がる回については、事前に『※注意』等の注釈を入れさせていただきます!)
最後になりますが、第2章の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
皆様の応援が、私の何よりの資産であり、執筆の支えです。第3章、世界を凍てつかせる新たな物語で、またお会いしましょう!
【次回予告】
マリーン・ヴェイルを氷で染め上げたサーシャ率いる『ノヴァーリス・ホールディングス』。
彼女たちが次に見据えるのは、国境を越えた「世界の喉元」だった。
船に、機関車に、そして空飛ぶ翼――。
ありとあらゆる物流をハックし、冷気を運ぶサーシャは、いつしか世界中から畏怖と敬意を込めて「氷の女王」と呼ばれることに?
一方、包囲網が強まる中、敗走したジョンとビッグ・ブラックも黙ってはいない。王家の威信をかけた、新たな「汚い罠」がサーシャを待ち受ける!
第3章:『???編』
近日、開幕。




