名画となった絶望の顔 ――ナニワの令嬢、ノヴァーリス・ホールディングスを遂に爆誕させますわ!
「二位、ノヴァーリス商会。……そして、栄光の一位は、スプリング・ブルワリー!!」
運営の宣言が響いた瞬間、砂浜に地鳴りのような歓声が上がった。
水平線の彼方まで続く人、人、人。砂浜を埋め尽くした数万の観客が、黄金の陽光を照り返すステージの一点に視線を注いどる。
そこでノヴァーリス商会のスタッフたちは、まるであらかじめ練習していたかのような、完璧な「絶望」を披露し始めた。
「負けたぁ〜! うわぁ〜ん! 頑張ったのにぃ!」
ソール君は、あざといまでの泣き顔で観客の同情を一身に集め、
「私が……私がもっと、商売のイロハを分かっていれば……っ!」
私もフロストの胸に顔を埋め、震える肩で悲劇のヒロインを熱演する。
(……あかん、自分でも引くほど演技がキレとるわ。アカデミー賞もんやな、これ)
「ノンッ! セ・タンクロワブル! ありえない、これは悪夢だ……!」
トビーは天を仰いで膝をつき、マーサはハンカチが絞れるほど目元を拭う。
「コォォォォォォホォォォォォ!!」
一人だけ気合が入りすぎて、クジラの鳴き声みたいな音で号泣しとるロック。……あんた、それやと悲しいんか嬉しいんか分からんわ。やりすぎや。
――うちらの「名演技」に、砂浜中がノヴァーリスへの同情で包まれる中。
一番気持ちよさそうに、その「果実」を味わいに来る男がおった。
「ブラボー、ブラボー! 実に素晴らしい、正義が勝つ瞬間というのはいつ見ても良いものだな!」
拍手をしながら、これ以上ないほど愉快そうに壇上へ上がってきたのはジョン王子。隣には……えーと、誰やったっけ。そうや、置物みたいに寄り添っとるアリシア姫や。
うちらノヴァーリス商会は運営によって舞台袖へと退けられ、壇上に残ったのはその二人と、一位のスプリング・ブルワリーのリーダールカ、それに彼のチームだけとなった。
ジョンは長々と、聞いてもない自分語りを始めた。
「このルカ君は、私の慈悲深い支援を糧に見事な麦酒で皆を魅了し――」
(中略:三十分後)
「おめでとう。君が今後とも、この国のために動いてくれることを願っているよ。これで君も、私の庇護下にある『一国一城の主』というわけだ」
ジョンから黄金のトロフィーを受け取ったルカの顔は、ひどく複雑そうやった。
そらそうやな。自分の血の滲むような努力を、全部「王子の手柄」として上書きされとるんやから。そこには商人への敬意なんて一ミリも感じられんかった。
けどジョンは満足げに鼻を高くして、特等席のテントへと戻っていく。
……どこまでもおめでたいヤツやな。
◇
「さぁ、優勝したスプリング・ブルワリーの店長、ルカにインタビューして行こうと思うよ〜」
司会のウルスラが、大きなトロフィーを抱えるルカに声をかける。
ルカは最後の最後まで迷ったような顔をしとったけど、マリーン・ヴェイルで戦ってきた商人たち全員の顔を見て、意を決したように喋り始めた。
「この勝利は、私個人だけの力ではありません。……まずはスタッフのみんな、バッカスの先輩たち、本当にありがとうございました。全員の力でつかみ取った勝利です」
湧き上がる指笛と喝采。
「そして次に、殿下にもお礼申し上げたい。スプリング・ブルワリーを応援していただいたこの恩義は一生忘れません。それはこの砂浜にいるみんなが感謝しているはずです。そうだろう、みんな!」
「「「「わぁあああああああ!」」」」
大歓声を受け、高台のテントに座ったジョンが立ち上がって手を振る。鼻が空を突き抜けそうなくらい高く伸びとるな。大衆に認められたのがそれほど嬉しかったのか、王子の口角はずっと満足げに上がりっぱなしや。
「そして最後に。俺個人としても、この砂浜の商人たちにとっても、返しきれない恩を受けた人物が一人います。アレクサンドル・バイカル様です。どうぞ、壇上へ!」
ルカの言葉に、大衆が騒めき始める。
ジョンもルカの意図がわからんのか、ワイングラスを口に運ぶ手が止まっとった。
一段高い場所に設置された、白絹と金糸で飾られた王家の特別観覧席。そこだけは砂も熱気も寄せ付けん結界みたいになっとる。さぞ、いい顔を見せてくれることやろう。
……にしても、計画ではルカが一人で発表する手はずやったけど。
私は壇上に上がると、ルカに小声で囁いた。
「……どうしたん? 発表、あんたの役目やろ」
「……む、無理っす。王子があんなに『自分の手柄』みたいな顔で見守ってる前で、俺が合併なんて言ったら……明日には首と胴体が両断されちゃいますって。頼みますサーシャさん、代わりに言ってください」
(……おいおい……しゃあないな)
私は壇上でチキンな小心者の優勝者の代わりに、一歩前に出た。
視線の先。高台でワインを傾け、余裕の笑みを浮かべているジョン王子を捉えながら、朗々と声を張り上げた。
「お騒がせして、すんませんなぁ! ……ノヴァーリス商会の代表、アレクサンドル・バイカルです。皆さん、うちのかき氷、楽しんでもらえましたか?」
一瞬の静寂の後、砂浜全体から割れんばかりの歓声が上がる。
「おおきに! ……せやけど、冷たいのは氷だけやない。これから先、このマリーン・ヴェイルでは『冷たいのが当たり前』になります。腐りかけの不味いもんを食わされることなんて、もう二度とあらへん!」
私の宣言に、今度は商人たちが拳を突き上げた。
私は、高台で凍りついているジョン王子へと、最高に「魔女」らしい不敵な笑みを投げかけた。
「その第一歩として! ノヴァーリス商会、ならびにここにいるスプリング・ブルワリーを含む提携三十店舗は、本日をもって合併します!
マリーン・ヴェイルの新たな心臓――『ノヴァーリス・ホールディングス』の設立を、ここに宣言するわ!!」
その声は、マリーン・ヴェイルの街中にまで響き渡った。
まず地元の商人たちが、次にタダ酒で潤った民衆が、波が押し寄せるような大喝采を上げた。
地響きのような歓声の中、特等席では、ジョン王子の持っていたワイングラスが、パリンと虚しく砕け散る音がする。私は楽しみにしとったから、その音だけは聞き逃さんかった。
「どうしました殿下? お顔が幽霊より真っ青ですが――かき氷でも食べ過ぎましたか?」
私は喝采の中、絶望という名の「名画」に仕上がった王子の顔を見上げ、冷酷に、そしてこの上なく美しく微笑んでみせた。
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