ここから先は商売の聖域。――スプリングフェス終盤戦、戦いの火蓋は切って落とされました
スプリングフェス終盤戦。
氷の供給はフロストに限界まで融通を利かせてもらい、何とか私たちは前半の三トンから使える氷は半分の1.5トンにまで減ったけど、かき氷を再開しとった。
売れる氷が減ってしまったから、売り上げは落ちる……なんてことを私が許すはずもなく。
「氷が足りへんなら、氷より安いなんかでカサマシ作戦や! なんか提携先から色々もらってるから、盛り付けていくぞ!」
もらい物の野菜を冷やしてかき氷に刺し、フルーツ味のゼリーを下敷きにして傘を誤魔化す。お酒の中にかき氷を入れて、実質お酒を売ったりもした。
そんな適当な商売をして許されるのかというと、海の家だから許されたという点が大きいやろう。
市販品でそんなことしたら、同じものがないって消費者からお叱り来るからな。
───あと全部に商品名をつけるわけにもいかんかったから、『特製サーシャ様のお歳暮横流し、春の気まぐれかき氷』というメニューとして、氷だけのかき氷より少し安価に販売する運びとなった。
それにフロストが氷室を冷蔵庫代わりに利用するのを提案してくれたから、そっちも随分活躍してくれた。お酒を凍らせてシャーベットにしたり、原点回帰してアイスクリームを氷室で寝かせて凍らせたりもした。
ここにきて氷室をただの氷の保管庫として利用するんやなくて、冷蔵庫として利用するに至ったのは、盲点というか。発想の転換が必要やった。
私たちは原価が殆どゼロのかき氷に眼が金貨になってたせいで、氷室そのものを利用するという考えにまで至ってなかったんや。今考えるとマヌケやけど、氷が少なくなって余白が出来たことによって、そこが埋めるために知恵を活用させる余裕が生まれとった。
「そういえばギルマス、優勝諦めてないんですね」
ソール君がそんな当たり前のことを、わざわざ浜辺のパラソルにまでやってきて言いに来た。
これからが他の店と競り合うデッドヒートやと言うのに、諦めるもなにもない。
やれるだけやって優勝できんならまだしも、まだフェスは終わってへん。
死力を尽くして頂点を狙うのは、商人として当然のことやろう。
そのために動かす頭は今日も十分に冴え渡ってるしな。
「ソール君、今の優勝予想はどんな感じや」
「一位は当然僕らノヴァーリス商会です。時点でスプリング・ブルワリーが猛追している状況ですね」
「なんや序盤からさほど変わってへんな」
「いえいえ、全然違いますよ。今では僕たちの労働環境も劇的に改善されて、十時間労働なんてしなくなりましたし。休憩だってもらってます。労働環境がよくなったぶん、生産効率は下がってますよ。このままだと追い抜かれるのも時間の問題かと」
六時間労働最高です。と、敗戦濃厚を喜ぶソール君。
隣で十時間労働をこなすスプリング・ブルワリースタッフの奴隷のような働き具合に、私はちょっと冷笑気味やった。
「私やったらあそこまでスタッフ酷使せんけどなぁ……」
初日でボロボロになったスタッフを見るのはもう勘弁や。人の命を供物にして優勝を狙うほど私は強欲やない。対してスプリング・ブルワリーの連中はどこか飢えてるというか。危機感のようなものがバチバチと伝わってくる。
まるで今わの際に立たされているような、皮一枚繋がってる状態で戦っているようにみえた。
「足りん頭は根性で解決か……あんまり私の好きなやり方やないけど。───たとえ提携先でも今は、客を取り合う敵やし。あれこれ言ってやる義理はないな」
どうせ数日もしたらスタッフが倒れて失速する。
私はそう考えて、自分達のペースを守り健全にスタッフたちが活躍できるように、待遇の向上に努めていった。
「ギルマス、ルカさんのところ、さっきまた一人倒れたみたいですよ」
ソール君の報告に、私は冷えたシャーベットを口に運びながら鼻を鳴らした。
「ほれみてみ。根性で気温が下がるなら、今頃マリーン・ヴェイルは大雪やわ。……しゃーない。ちょっと、顔貸してくるわ。提携先の『資産』が壊れるんは、うちの損失でもあるからな」
私が重い腰を上げて隣の店へ向かうと、そこには地獄の釜の底のような熱気と、それ以上に熱い「男たちの目」があった。
隣の『スプリング・ブルワリー』の敷地に足を踏み入れた瞬間、私は肌を刺すような「熱」に顔をしかめた。
太陽のせいやない。そこにいる男たちの、魂が焦げるような熱気や。
「……なんや、この空気。酒場というより、決死隊のキャンプやな」
私が呟くと、ジョッキを洗っていたスタッフの一人が顔を上げた。
目は血走り、肌は日焼けでボロボロ。せやけど、その瞳の奥には、うちらの店で優雅にかき氷を食ってる客には口が裂けても言えんような、ギラついた「執念」が宿っとった。
「あ、バイカルさん……。すんません、今立て込んでて」
奥から出てきたルカは、もはや幽霊に近い顔色やった。
シャツは汗で張り付き、足元はおぼつかない。せやのに、私と目が合った瞬間に見せたその眼光だけは、獲物を狙う肉食獣のように鋭かった。
「ルカの兄ちゃん。あんた、自分のスタッフを殺す気か? 根性でビールが旨くなるなら、今頃この砂浜は天国やで」
私が呆れて言うと、ルカは自嘲気味に、でも誇らしげに笑った。
「そーなんですけど。効率が悪いのも、仕方ないっていうか、折りこみ済みっていうか。……俺たちにはこのフェスしかないんです。このフェスで『頂点』を獲らなきゃ、俺たちの未来は一生、暗闇なんで」
「……どういう意味や。あんた、あの『バッカス』の女将さんの弟子やろ。実力は折り紙付きやないか」
「……師匠から言われてるんす。『去年の覇者の看板を汚すような奴に、自分の店を持つ資格はない。スプリングフェスで優勝しない限り、マリーン・ヴェイルでの独立は一切認めない』って」
私は絶句した。
あのバッカスの女将、名前は確かモルガナとか言ったか。前回の王者としてのプライドか、それとも愛の鞭か知らんけど、とんでもない「足枷」を弟子に嵌めとるな。
「それじゃあ……もし今回負けたら?」
「……バッカスに戻って、また一年、下働きの続きっす。仲間の夢も、俺が溜めた軍資金も、全部お預けになります。……マリーン・ヴェイルの客は飽きっぽい。来年、俺たちの『味』を覚えてる保証なんてどこにもないんで───今しかないんです」
ルカがギュッと拳を握りしめる。
その背後で動くスタッフたちの、一分一秒を惜しむような必死な動き。
彼らはただ銭を稼ぎたいんやない。
今回という『勝機』を逃せば、自分たちの人生が立ち行かなくなることを知っとるんや。
「……アホや。アホの極みやな、あんたら」
私はわざとらしく、大きく溜息をついた。
そして、不敵に吊り上がった口角を隠すように、優雅に扇子を広げる。
「それなら、負けてまた来年やり直しやな。――ルカの兄ちゃん、あんたらの『ギリギリの勝利』なんて、私が絶対に許さへんで」
ブラックな環境で根性を見せて優勝する。
そんな「悪しき成功体験」を認めてしもたら、これからの商売の世界は、ただの命の削り合いになってまう。
私が作りたいんは、健全で、知恵があって、効率を極めた奴が正しく笑う世界や。
そこにあるべきは数字とシステムであって、血の滲むような努力や根性やない。
「バイカル様がどう言おうと、俺たちは負けません。……それだけは、決まってるんです」
ルカの瞳に宿る、逃げ場のない「執念」。
対して私の胸にあるんは、一銭の無駄も許さへん「合理の刃」。
「あんたらのその歪んだ経営思想、私がこの手で更地にしたるわ」
相容れないからこそ、同じ頂点を目指す意味がある。
――ええな。これでようやく、ただの「お祭り」やなくなった。
本当の、商人同士の命懸けの「殴り合い」の始まりや!
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




