巨悪壊滅……? 保冷櫃を取られそうになったので、やり返しました
スプリングフェス、七日目。
三日間に及ぶ荒れ狂う暴風雨が嘘のように、マリーン・ヴェイルの空には暴力的なまでの快晴が戻ってきていた。
「……うわぁ、クサッ。砂浜全体が巨大なゴミ箱になったみたいやな」
馬車を降りた瞬間、鼻を突いたんは潮の香り……やなくて、混じり気のない腐敗臭。
三日間物流が止まった砂浜では、保冷手段を持たへん並の店の食材は軒並みダメになったようやった。
案の定、あちこちの店先で店主たちが頭を抱え、変色した肉やドロドロになった野菜を海へ投げ捨てとる。朝から見て気持ちいい光景やなかった。
――せやけど。
「おぉぉ! ギルマス! 見てくださいよ、これ!」
駆け寄ってきたソール君が、誇らしげに保冷櫃の重厚なレバーを跳ね上げた。
「プスッ……」という密閉が解ける快音と共に、中から真っ白な冷気が溢れだす。
冷気が晴れると、そこには三日前と変わらぬ、エラを赤く染めた鮮魚と、淡い桜色の豚肉が鎮座しとった。
「魚も肉も、三日前から鮮度は『静止』したままです。……ふふ、重たい思いをして運んできた甲斐がありましたね」
「どうです? 魚も肉も、三日前と変化ナシです。……いやぁ、我ながら便利な箱を作ったものです」
鼻高々といった様子で、ソール君は他の保冷櫃も見て回っていく。配った店も問題なく、食材は生き残ったらしい。
「よくやったぞ小僧、これぞ神の奇跡だ! おかげで無駄な廃棄を出さずに済んだんだからな!」
波止場ギルドのおっちゃんも、キンキンに冷えた鮭を掲げてガハハと笑う。
周囲の店が「廃棄」に追われる中、うちの提携店だけが、開店一秒目から『最高品質の商品』を並べとった。
(これや、これが見たかったんや。客は『新鮮なもん』に飢えとる。今日一日で、砂浜のシェアは全部うちらの独占、ひとり勝ちや!)
実際、開店直後から客は「こっちの店は大丈夫そうだな!」とうちの提携店に殺到。昨日までのランキングが、一瞬で塗り替えられていく予感がした。
隣の城みたいな店をチラリと見るけど、ジェラートはおろかまともな商品すら出してない。
───大量に在庫を抱えて爆死したか?
なんて一瞬考えたけど、流石にこれだけ資本力のある相手や。例え今の材料が腐ってもまだ次がどんどんやってくるのは目に見えてる。
稼げるうちに稼がせてもらいましょ。
◇
やはり商売の神様はそこまで甘くなかったらしい。
絶頂の昼下がり。突如として、砂浜に場違いな『役人』の集団が現れた。
「――ストップだ! 全店、一度手を止めろ!」
横柄な声。
そこには、ジョン王子の紋章をつけた衛兵たちと、ほくそ笑むビッグ・ブラックの姿があった。
「なんや、ビック・ブラックさん。自分とこのジェラートが腐ったからって、営業妨害か?」
私が前に出ると、彼は脂ぎった顔に、これ以上なく下卑た笑みを浮かべた。
「ハッハッハ! 濡れ衣だな、バイカル嬢。私は市民の『健康』を心配しているだけだ。……たった今、ジョン殿下より『マリーン・ヴェイル衛生緊急条例』が発布された」
「衛生……条例?」
「そうだ。この嵐で食中毒の危険が高まっている。よって、安全性が確認されていない『未認可の保冷容器』、および個人の氷の流通を一時的に禁止する。――おい、その黒い箱をすべて没収しろ!」
衛兵たちが、ルカたちの店に踏み込み、保冷櫃に手をかけようとする。
「待てやコラ。未認可? 安全性? ……誰がそんなアホな基準決めたんや」
「基準は私だ。そして認可を出すのは、王立衛生ギルド……つまり、私のギルドだけだ。――残念だったな。君が奇妙な発明で商人の土俵を荒らすなら、私は既存の土俵を変えるだけだ」
ビッグ・ブラックの目が、蛇のように冷たく光る。
あいつ発想力で勝てんと知るや、ちゃぶ台返しして、権力のごり押しに来よった。
勝てば官軍の精神なんやろう。
”……なるほどな。アリステア兄さんの予言の正体はこれか?”
どれだけ良いもんを作っても、どれだけ効率を上げても、国を握るアホが『お前の商品はダメや』と指を指せば、すべてが無に帰す。
……これが、この国の腐りきった『商売の現実』っちゅーわけやな。
周囲の商人たちも、絶望に顔を青ざめさせてる。王家の紋章にはそれだけの力があった。
せやけど私たちもタダではやられへん。
「フロスト……一応暖めといて」
「……おっ、殴り合いか? いつでもいけるぞ」
背後で、フロストが仲間たちと誰が誰を殺るかで談笑している。彼らの瞳には、私の資産を傷つけようとする役人どもへの、一切の容赦が感じられんかった。
「ちゃうわ! 暴力は最後の手段や。……ビッグ・ブラックさん、アンタ、大きな間違いを三つ犯したで」
「なんだと……?」
「一つ。うちのスタッフの大事な資産を奪おうとしたこと。
二つ。この砂浜の商人全員の『食い扶持』を敵に回したこと。
――そして三つ目。あんた、王子のケツ持ちに甘えて、商人としての『誇り』をドブに捨てたことや」
私の罵倒に、ビッグ・ブラックの顔が真っ赤に茹で上がる。
「商売で勝てんからルールを変える? 恥を知りぃや。あんた、もう商人やない。ただの権力の寄生虫や。そんなヤツに、うちらの『未来』は渡さへんで」
「衛兵! この不敬な小娘を捕らえろ!!」
殺到する衛兵たちの前に、私は不敵な笑みを浮かべ、懐から一通の『書状』を突きつけた。
「……動くな。あんたらが守ろうとしとるこの『豚』はな、今この瞬間から、マリーン・ヴェイル史上最大級の『殺人教唆』と『物流妨害』の容疑者やぞ」
「なっ……なにをデタラメを!」
「デタラメ?笑わせんな。昨日、駅のホームを血で汚した連中の家族から、全権を委任された『損害賠償請求書』や。……アンタに命じられて、浮浪者に金を握らせ線路に寝かせられた、被害者たちの怨嗟の声や。全部昨日のうちにその証拠も集め終わっとる」
ビッグ・ブラックの顔から、一気に血の気が引いていく。
「なっ……どういうことだ?」
「全員死んだのに証拠も何もないと思ったか? 甘いな。死を覚悟してまで金を受け取る理由は、一つしかない。『自分以外の誰かに金を残したい』……それだけや。
当然、金を渡す仲介役がおった。お前の犯した最大の間違いは、浮浪者を『人間』やなくて、ただの『障害物』として扱ったことや。
その背後にある守るべき家族も、執念も、何も調べ上げんかった。その『詰め』の甘さが、あんたの命取りになったんや。……商売相手の背景を調べんヤツが、商人を名乗るな」
私は更に一歩踏み込み、震えるビッグ・ブラックの胸元に指を突き立てた。
「衛生条例? 健康被害?……ハッ! 自分の保冷もできんで商品を腐らせ、あまつさえ自分の私利私欲のために領民を線路に並べた殺人鬼が、『市民の健康』なんて言葉、二度と口にするな。
衛兵! あんたらの仕事は、うちらの箱を没収することやない。
この『歩く負債』が逃げへんように、その太い首に縄をかけることやろがい!!」
衛兵たちの困惑する顔がビッグ・ブラックに向けられる。
するとやつは、状況が悪くなったと察するやいなや、馬車に乗って何処かへと逃げて行ってしまった。
「ほんま……どうしようもないやっちゃな」
「この国でも有数の大商人だろう? きっと捕まらないだろうな」
「べつにええよ。商人やなくなった彼に興味はないし。それに───」
「……ん?」
私は「自分ならもっと上手くやれるから」と言いかけて、ごっくんとその言葉を飲み込んだ。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




