トロッコ問題を轢き潰す公爵 ――嫌がらせは掃除の手間でしかありません
別荘に戻った私の指先は、もはや自分の意思とは関係なく、勝手に羽ペンを走らせる「集金マシーン」と化しとった。
「ミヤハ! 次の便の宛名は青果ギルドの親方や! インク切れた、早く次持ってきて!」
「……『謝るのが仕事』なんて言っていた人だなんて、今じゃ考えられませんね」
ミヤハが呆れたように新しいインク瓶を置く。
私はそれをひったくるようにして、さらに新しい便箋を広げた。
「過去は過去、今は今や。氷が足りなくなってるなら、今ある氷を最大限生かしたアプローチを掛ける。商売としてなんも間違ってへん」
私が今書いているのは、提携している三十店舗への一斉営業メール───もとい、直筆の手紙。
内容は単純や。
『嵐で在庫を腐らせて泣くのは今日までや。うちらが開発した「魔法の保冷櫃」を、今すぐアンタの店に無償で貸し出す。
条件は一つ。今後一年の氷の供給を、ノヴァーリス商会と独占契約することや。
この嵐が明けた時、マリーン・ヴェイルで唯一「新鮮なメシ」を出せるのは、アンタの店になる。───乗るか、腐るか。返事は三十分以内にな』
銭を稼ぐんやない。この三日間で、彼らの「弱み」と「将来」を根こそぎ買い取るんや。
一千万個の需要を作るための第一歩。まずはこの砂浜の「規格」を、うちの箱で染め上げる!
「ケケケッ……。一通一通が、金と信用を生む……!楽しみやなぁ、明日が!」
◇
一方その頃。砂浜にそびえ立つ三階建ての豪華な城――『黒金閣』。
そこでは、ビッグ・ブラックが地響きのような怒鳴り声を上げていた。
「どういうことだ! 王家からの補給が止まっただと!?」
「は、はい……。人身事故と嵐のせいで、王都からの保冷馬車が立ち往生しておりまして……。予備の氷も、先ほど底を突きました……」
震える部下の報告に、ビッグ・ブラックの太い首筋に青筋が浮かぶ。
彼の自慢のジェラートは、王室御用達の高級な生乳を使っている。それはつまり、氷がなければ数時間で「高級な廃棄物」に変わるという弱点でもあった。
「あっちの小娘の店はどうなっている! さっさと脱落して泣き喚いているんだろうな!?」
「それが……斥候の情報によりますと、ノヴァーリスの提携店には、何やら『黒い木箱』が運び込まれているようでして……。嵐の中でも、彼らの店の魚や肉は、瑞々しいままだという噂です」
「……なんだと? またやつら、奇妙な発明をしたというのか」
ビッグ・ブラックは窓の外、荒れ狂う雨の向こうを見据えた。
自分たちは「王室」という最強の権威に守られているはずだった。
なのに、隣のボロ屋を拠点にする小娘は、自然の猛威すら手玉に取り、地元の雑魚商人たちをまとめて自分の「防壁」に作り変えている。
「ふざけるな。なんだその黒い箱と言うのは⁉ ズルをするな! 同じ土俵で戦え!!」
ビッグ・ブラックは声を荒げて、部下に怒鳴り散らした。
よく分からないところから持ってきた謎技術で、大盤をひっくり返される。
そんなことをされては商人として戦いにならない。
こちらはあらゆる手段、コネを使い商人として立ち回っているというのに。
気づけば、変な方法で毎回うまくあしらわれている。
氷を削る謎の機械を投入してきたかと思えば、次は黒い棺。
何をしてくるか分からない、敵の不気味な行動にビッグ・ブラックは対策を取れずにいた。
「線路の上に置いた薬漬けの浮浪者たちはどうした⁉ 全員酩酊状態にしておいたのだろうな」
「それが……」
「まさか、今度は機関車が自立して避けたなどとは言うまいな⁉」
それなら若干見てみたい気もする……! とビッグ・ブラックは部下の報告を待つ。しかしかえって来たのは、無慈悲な答えだった。
「いえ!! そちらはしっかりと全員機関士によって轢き殺されたようで……」
部下の発言にホッと胸をなでおろす。
「ヨシッ! だとしたら、機関士のメンタルはもうボロボロだろう!」
「それが今回列車を運転していたのは、ヨトゥンヘイム卿らしく……」
部下の発言に今度こそ、ビッグ・ブラックは目玉が飛び出るかと思った。
「……は? ……なんで公爵が蒸気機関車を運転しているんだ⁉ 免許はあるのか⁉」
ビッグ・ブラックは両手で顔を覆った。王族に連なる大貴族がなぜ、機関士の真似事などしているのかと。しかも嵐の日に、視界も悪い中で運転するなんて正気の沙汰とは思えなかった。
「分かりません! しかし、あの御方は領民のことなど気にしない悪魔です。まるで何も気にしていないかと」
「クソッ……! 普通の人間なら、二度とレバーを握れなくなるほどのトラウマを植え付けてやったというのに! 狂人が相手では、それも無駄というわけか……!」
なんという運の悪さ。ビッグ・ブラックは天を仰いだ。
◇
「――ハックシュンッ!!」
フロストは盛大なくしゃみを一つ。
駅での惨状と豪雨から戻ったばかりの彼は、寝室のソファーで執事に髪を拭かれながら、ようやく人心地ついた様子だった。
「どうしたんやフロスト。アンタも濡れすぎて風邪気味か?」
私がデスクから声をかけると、彼は「いや、誰か噂でもしているんだろう」と苦笑いしながら、手際よく新しい軍服に着替えていく。
「まぁ……あんな事故の処理、アンタやなかったら今頃寝込んでるわな。ホンマ助かったわ」
「あぁ。むしろアレが俺で良かったよ。他の機関士じゃトラウマで二度とレバーを握れなくなるだろうからね」
血飛沫と肉塊で埋まったマリーン・ヴェイルの駅――。
幸か不幸か激しい雨が洗い流してくれたようだが、それでもホームは阿鼻叫喚だったらしい。そんな地獄絵図を「俺で良かった」と淡々と語る彼に、私は頼もしさを通り越して少し呆れながら、ペンを動かした。
着替えを終えたフロストは、私の隣に用意された机に腰を下ろす。お互いに嫌いな事務仕事を少しでも紛らわせるための共同作業だ。
「そっちは何書いてるん?」
「シュガーライクに送る要望書だよ。サーシャも何か欲しいものがあったら、一緒に書いておくよ?」
彼の手元には、損害賠償の請求書と並んで、何やら領地の改善案がびっしりと書き込まれていた。
ドレスや宝石か? と首を傾げる彼に、私は即答する。
「線路と、追加の貨物車両が欲しいわ」
「……うちのお姫様は、つくづくお金がかかって仕方がないな」
フロストは声を立てて笑い、その内容をサラサラと書き加えた。却下される可能性は高いだろうが、私が今一番欲しいのは「物流の太い動脈」や。
「あ、あと船も。マリーン・ヴェイルの利権を握るなら、海路も抑えなアカンし」
「ハハッ、了解。俺ももっと稼がないとな」
フロストは妙にやる気を出してペンを走らせている。
ふと、これだけ尽くしてくれている彼に対し、私からも何か「報酬」が必要やないかと思い至った。
「……なぁフロスト。あんたも何かいる? ほっぺにチューぐらいなら、頑張ってギリギリできるで?」
私が言い放った瞬間、部屋の空気が一気にマイナス二度ほど下がった気がした。
フロストだけやない。控えていたミヤハまでが、『うわっ、ついにこの猛獣が自分から一歩踏み込んだよ……』と言いたげな、ドン引きした顔でこちらを見ている。
……いや、やめて。そんな、秘境で希少な珍獣を発見した研究者みたいな目で見んといて。
一応婚約者なんやから、こういう儀式も少しずつ積んでいかなアカンかなっていう、私なりの焦りと義務感の結果なんやから。
沈黙の後、フロストはひどく真面目な顔で答えた。
「……ギリギリ頑張ってするぐらいならやめてほしい。いや……馴れてもらうにはそれもアリなのか?」
顎に手を当てて、かつてないほど深刻に悩み始めた公爵。
……待て。そこ、そんなに悩むところなんか?
自分で言っといてなんやけど、あまりの気まずさに耐えきれず、私は慌てて手元の書類へと目を逸らした。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




