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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
アイス・イン・ワンダーランド後編

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女の恨みはデッドストック ――ナニワの令嬢、過去の自分に宣戦布告します

別荘に戻った私は、フロストを探しに西館に向かう。

私の部屋はちょうど東館にあるから、彼の部屋は中央階段を挟んで反対側にあった。


「フロストおる?」


彼の扉を守護する二人の兵士は、私の顔を見て少し驚いたように顔を見合わせた。


「どうしたん? なんか変?」


「ココにお嬢が来るのは珍しいので」


確かに。兵士の言う通り私は一度も彼の部屋に来たことはない。というか、私生活に踏み入ったことがなかった。興味もなかったし。


「サーシャ?」


扉の奥からフロストの眠そうな声が聞こえてくる。

夜に作業してたから今から眠る予定なんやろう。


「ごめん、眠い?」


ガチャ、とフロストの部屋に入る。カーテンが閉め切られてて、部屋は真っ暗。

一切の日光を部屋に入れんようにしとるようで、ちょっと涼しい。


「ああ、かなり眠い。……って、もう入ってきたのか」


それでも暑いのか、彼は上半身裸のままベッドに横になっとった。

引き締まった体からは氷が溶けるみたいに汗が滴り落ちている。


「寝て起きたら海行こ」


「わかった……」


パタンと倒れると、フロストは少し苦しそうに口を空けて、小さな寝息を立て始める。

私はベッドの端に立って彼のおでこに手を当てると、彼の体温は三十七度を軽く超えているように思われた。


「……あんた熱中症やないやろうな」


返事はない。

ただ、このまま放置してたら最悪の事態を招きそうで、怖くなった私はすぐに部屋を出て準備をさせ始めた。


「氷運んで。あいつやせ我慢してるわ。部屋をもっと冷やして水飲ませんと」


「お嬢、でも氷は売り物でしょう。頭はあれぐらい……」


私兵団の面々は大丈夫だ、と言うけれど。何かあってからでは困るは私や。


「フロストになんか言われたら全部私のせいにしたらええ。せやから、準備初めて」


ヨトゥンヘイム領は極北にある領地。夏も雪が降る。

そんな場所から連れ出して、夜とはいえ炎天下の場所でずっと動いてたら、体がどうなるかは分からへん。


なんか最近ずっと夜にばかり見ると思ってたけど、あいつ……ほんまは日中活動するの、結構大変なんやないか?


あの筋肉やって、細マッチョやけど凄い熱量を生むはずや。領地が雪の降る場所にあるから、その熱量を冷やすことは出来てたけど、この暑さであの体を維持し続ける事って負担になってへんのか?


「ていうかそもそも私……アイツが酒じゃなくて、水飲んでるとこまだ一回も見てへんぞ……!」


私の号令によって、すぐにフロストの部屋に氷の塊が運び込まれた。

普段氷点下二十度~四十度の地域に住んでる人を、二十度から三十度にまで上がる陽射しの中に連れてきたんや。


その温度差は最低でも四十度を超える。人間、四十度を超える温度変化に適応できるように出来てんのか? ……そんなん知らん。私兵団の人は大丈夫そうやけど、フロストは違うかも知れんし。


私はキンキンに冷えた部屋の中で彼の汗を拭く。どれだけ拭いても滴る雫に、このまま溶けて消えるんやないかとさえ思えてくる。


「あんた……雪だるまちゃうやろうな」


溶けてきえへんように、扇子で扇いで氷をおでこに乗せる。

それでもポタポタと汗は流れるから、結局最後はミヤハと一緒にずっと発汗するフロストの汗をタオルで拭い続けた。


───お昼になった。

猛烈な湿気の中、なぜか私たちの方が汗だくになっているような状態でフロストはパチリと目を醒ます。


「……どうしたんだ、二人とも?」


彼は自分の執事を呼んで、ジョッキに大量の氷水を入れたかと思うと、私たちに心配そうな視線を向けながら、ゴクゴクと飲み干した。


「あんた……ちゃんと水分取ってたん?」


「ん? ああ。うちの水も美味いけど、こっちの水もかなりイケるな。ココならきっと美味い酒が造れるだろうね」


「この気候とか暑くないか?」


「全然大丈夫だよ? 俺、サウナとか好きだし」


フロストの言葉に私はしばらく絶句しとった。

そう言えばコイツ、歴戦のサウナーやっけ。

私は汗だくのまま、こいつの汗でぐっしょり濡れたベッドから立ち上がった。

馬鹿馬鹿しい。こいつは無敵のフロスト様やぞ。心配して損したわ。


「ミヤハ、いくで。着替えの準備や」


「サーシャ何してたんだ? まさか……悪戯か?」


「アンタは着替えたら浜辺に来い! あと、水分補給忘れたらアカンで!」


「ん? ……なんで怒ってるんだ?」


「うるさい!」


「ええぇ……」


困惑した様子のムカつくフロストを置いて、私はお昼に用意してた水着に着替えに部屋へ戻る。


周りがちょっと体調不良とか起こしてるから、フロストもそうなんかなとか思ったら、全然大丈夫やったわ。


心配して損した。


私たちはフロストの部屋を後にして、東館の私の自室に戻った。扉を閉めると同時に、私は汗ばんだドレスの背中のボタンを乱暴に外した。


「あぁもう、凄い時間無駄にした気分やわ。……あ、ミヤハ。悪いけどこれ、洗濯しといて」


「畏まりました」


ミヤハは手際よく脱ぎ捨てられたドレスを回収すると、大きな姿見の前に座った私に、冷たい絞りタオルを差し出した。火照った顔を拭うと、ようやく人心地つく。


「昼食を食べたら、すぐに着替えて浜辺にGoや。ええかミヤハ。一分一秒を惜しんで動くで」


食べたらお腹がでるとか、そう言うことは考えへん。

今お腹みたら私のお腹、四つに陰影ついてもうてるし。

ちょっと太らせた方が可愛げあるやろ。


「私も準備がありますので、少し待ってください。……そうですね、二時間ほど」


ミヤハは鏡越しに自分の顔を検分しながら、涼しい顔で言い放った。私は手に持っていたタオルを落としそうになる。


「ながっ……まあええわ。私も顔に防水加工する必要あるし。てことは合流が一時ぐらい? クッソ暑いかもな」


私がパレットから下地を取り出し、指先で頬に叩き込み始めると、ミヤハは私の背後に回り、手慣れた手つきでプラチナブロンドの髪をまとめ上げ始めた。


「無理して行かずとも、邸の中でゆっくりと読書なんて素晴らしいじゃないですか。閣下もその方が安心なさるでしょう」


「嫌や。みんな海入ってるし、私も一回ぐらい浸かっておきたいねん。マリーン・ヴェイルまで来て波の音だけ聞いて帰るなんて、勿体ないやろ」


「……なんですかそれ。思い出作りを利益みたいに言わないでください」


「いやまごうことなき機会損失やろ。どうせスプリングフェス終わったら、また寒い領地に帰るんやぞ。今のうちに遊んで、思い出作っとかんと」


ブラシを動かす私の手は止まらない。ミヤハは呆れたように溜息をつき、私の髪をきつめに結い上げた。


「……少し前までは『私はここに働きに来たんや、余計な遊びはいらん』と豪語されていましたけれどね」


「いや……正直私一人ならそれでもええ。でも私が止めんと、この船みんな漕ぐことしか考えてへんから危ないねん」


「……要するに、(チキ)ったんですね?」


「敵は他店やなくて『気候』やったっちゅーことや。この暑さは、ちょっとヤバすぎる。休息は経営戦略上の必須項目や。……ミヤハ、あんたもちゃんと休んでるか? 水飲んどるか?」


私が鏡越しに視線を送ると、ミヤハは日焼け止めクリームの蓋をパチンと閉め、私の首筋に塗り広げ始めた。


「そう思うなら海はキャンセルしてくださいな」


「いや、それはできへんけど」


「サーシャ様は使用人の扱いがひどすぎると思います」


「自覚はある。特別手当だすから許して、かき氷凄い売れたし、ボーナスあげるわ」


「もう……海ぐらい何度だって連れて行きますよ。小舟でも借りてきますか?」


「それええなぁ! 釣りとかしちゃう?」


「サーシャ様、たまにオッサンみたいなこと言うのなんなんです?」


「……ちょっと可愛げなかったか?」


「それを言うなら、サーシャ様はもとから可愛い枠ではないかと。どちらかと言えば『獲物を狙う肉食獣(レオパード)枠』では?」


「……誰が雌豹や。フロストは可愛いって言うけどな⁉」


 仕上げの口紅を引きながら、私はミヤハを睨み返した。


「なんで逆ギレしてくるんですか。そりゃあ、あの方はサーシャ様に対しては、もはやあばたもえくぼみたいな所ありますから。可愛いぐらい簡単に言ってくれますよ。褒め慣れてるんです」


「アンタはシュガーライクから言われたことないやろ」


バタン、とクローゼットの扉が閉まる音が部屋に響いた。

 ミヤハの動きが、彫像のようにピタリと止まる。


「……は? 喧嘩売ってます?」


「悔しかったらシュガーライクに言わせてみ。……あいつがそんなこと言うの想像できへんけど」


「そもそもそういう人間じゃないですから、彼は」


クールで口下手で、朴念仁なのが良いところだとミヤハは言う。

けどそれってほんまに長所なんか?


「まぁ、けど真顔で『かわいい』とか言って来たら若干キモいまであるな」


「そんなことないですけどね⁉」


「いや、怖いやろ。あの淡泊で冷たい眼から、『可愛いですね』なんて聞けるわけがないやん。口割った犯人に向けて……とかなら、ワンちゃんあるかもしれんぐらいか?」


ミヤハが振り返った。その手には、新作の深緑色の水着が握り締められとる。


「いーえ! あぁもうキレました。絶対に、このフェス中に彼に言わせて見せます。賄賂でも拷問でも使って無理やり吐かせてやりますよ!」


怖いし。

というかうちのメイドは自信があるのかないのか、たまに分からなくなる。

これだけの美人やのに、シュガーライクのことになると妙に余裕がなくなるというか、卑屈なところが透けて見えるのは何なんや?


「……なぁミヤハ。あんた、それだけの美貌があって何をそんなに怖がっとるんや。もっと自信持ちぃな」


 私が鏡越しにそう言うと、ミヤハがピタリと動きを止めた。

 そして、ゆっくりと振り返り、私の「顔」を、穴が開くほどじっと見つめてきた。


「……な、なんや。私の防水メイク、変か?」


「……いえ。どの口がと思いまして」


「は? どういう意味や、私は言ってへんで⁉」


「……ええそうですね。失礼しました。ただ、昔……その顔によく似た、性格のひん曲がったクソ野郎に『ドブネズミみてぇなツラだな』と真顔で言われた記憶が蘇っただけです。ええ、今でも忘れませんよ、あの時の憎々しい声は」


 ミヤハの瞳から、スゥーっと光が消えて深淵のような暗さになる。

……なんやろ。私を見てるんやけど、私ではない『別の何か』を睨みつけとるような、心臓に悪い圧を感じるんやけど。


「えぇー、怖っ。……まぁええわ。そいつにまた会う時があったら、私にも言いな? 私が代わりにそいつ、完膚なきまでにぶっ飛ばしたるから」


「……ええ、ぜひそうしてください。私も全力でお手伝いします」


 ミヤハは氷点下十度くらいの冷ややかな笑みを浮かべると、私の髪に最後のリボンを突き刺すように結んだ。


(……怖。やっぱりこいつ、昔どえらいダメンズに捕まってたんやな。あんま刺激しんとこ……)












スプリングフェス編を書いていての問題点。

・サーシャが現場で戦うわけではないので、いまいち熱気が伝わってるか怪しいところ。

・他店と戦いって感じにすると、殺伐としすぎて楽しくないこと。

・二週間は長すぎるところ。

・働いてばかりだと恋愛要素を挟めなくなること。


てことで、次の回もこんな感じで商売しません。





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