静寂のテラスと焦熱のジェラート ――ビッグ・ブラックが客を呼ぶほど、ノヴァーリス商会は潤う仕組みです
スプリングフェス二日目。
前日の反省を活かした大胆な改革を始める店が、売り上げを前日よりも跳ねさせる躍進を見せる中、一際異彩を放つ店が一つあった。
押し寄せる人々はかき氷───ではなく、隣のジェラートを求めて列を作る。
ビッグ・ブラックのお店、『王宮特選・黒金閣』の周りには、甘い匂いに誘われた群衆が、焦熱の地獄も忘れて蠢いとった。
あいつら、昨日のうちの成功を見て、一晩で戦略を丸パクリしてきよった。
氷の「質」で勝てんと見るや、王室御用達の乳製品をふんだんに使った『ジェラート』の安売り攻勢や。
「ギルマス、いいんですか。あんなに客を奪われて。ウチ、昨日より列が短くなってますよ」
休憩時間となったソール君が私の下へやってきて、昨日より少し落ち着いたレジを見て不満そうに呟く。けど私は、隣の喧騒を鑑賞しながら彼の不満を鼻で笑った。
「いいに決まってるやん。真似できる以上、資本力がある方に軍配が上がる。それが商売の身も蓋もないルールや。金持ちは、貧乏人のアイデアを吸い取ってれば勝てるようになってんねん。
――せやけどソール君。あの『安売りの山』、よー見てみ」
黒金閣の一般列。パラソルもない炎天下、客は溶け落ちるジェラートを必死に啜り、我先にと商品を奪い合っとる。
「ソール君たちみたいに列整理をしてくれるスタッフを雇ってないから、奪い合いが起きてるわ。醜いなぁ、ホホホッ」
「サーシャ様がリハーサル前日に言ってくれてましたね。丁寧な接客をしたら、お客様がそれに応じて穏便な行動を心掛けてくれる、───そんな甘い考えは捨てろって」
ソール君の言葉に私は頷く。
「せや。こっちでルールをしっかり決めてないとあんな風に問題になる。その点うちはソール君が提案してくれた整理券を先に配布してるから、どっちが列の前かで揉めることはない。ソール君がええ仕事してくれてる」
「整理券の奪い合いはおきてますけどね」
「それはもう論外や。そう言う奴らは客やない、虫や」
私は断言した。お客様は神様やけど、頭のおかしい客は神様やない。意識と無意識が混ざりあった動物以下の存在、つまり昆虫や。
「ですね。僕も全てのお客様に丁寧な対応を、と考えていましたが千人を越えると流石に捌き切れなくなりました」
ソール君は自嘲気味に笑う。客が増えればそれだけヤバい客も増える。その全てに対応していては精神が壊れると実感できたんやろう。
「それに向こうの厨房は今頃地獄やで。あっちの宮廷シェフはプライドをかなぐり捨てて、必死に手を動かしとるが、その顔がどうなっとるかは想像に難くない。どんだけ人数おっても、熱気の籠る部屋で十時間もジェラートだけ作ってたら、流石に頭がおかしくなるやろう」
あっちの厨房には四十人ぐらいおるようやったけど、午前中だけでもう四人も熱中症で外に運ばれとる。急増させたスタッフの管理ができてない証拠や。
「あっちはなんとか『胃袋』を満たしとるだけや。原価の高い乳製品を、あの安値で、あの人件費をかけて捌く。……ふん、一見勝ってるように取り繕ってるけど、利益率はボロボロのはずやで」
「でもきっと四日後か、五日後……彼らも自分達のかき氷機を作り始めるんじゃないでしょうか。うちの店に今日もたくさん同業者の人が顔を出してましたし」
「まぁ……パクリは増えるやろうな、当たり前やけど。今頃ビッグ・ブラックは作らせてるはずやで、こっちと同じか、それ以上にハイパフォーマンスのかき氷機を」
儲けるためなら手段は選ばん人間やと言うのは、部下の殺傷事件で身に染みて分かってる。資本力に差があるなら、それを活かして上から潰してくることは間違いない。
「それじゃあどんなにアイデア出したって、パクられたら終わりってことですか? やりがいないですねぇ……」
ソール君はそんな元も子もないことを言う。しかし実際にそうであることに間違いなかった。
どれだけ先駆者が頑張っても、それをパクってよりよい商品を安く提供されれば終わりなのはどこも一緒や。
「せやから、どんどん新しい方法を使って店を進化させていく。誰も真似できん所までうちらが進化出来れば、このスプリングフェスは勝者になれる。逆にただ冷たいものを提供できる店で終わるなら、うちの店は没個性になって消えていくだけや」
「……そのためにギルマスは、かき氷のくちどけがーとか、絵画を置いて拝観料がー、とか言ってたってことですか?」
ソール君の利発な頭に、私は小さな拍手を送る。
「まぁそういうこと。簡単にできるってことは簡単に真似もできるってことやからな。隣に限らずメタ戦略ってのは、どこにでもあるもんや」
私はそれを別世界の知識で知ってたから、初日にあれだけ爆発するように準備できたわけやしな。
「あとは準備で培ってきたアドバンテージを、最終日の二週間後までどれだけリードさせられるかやな。向こうにはしばらくかき氷機はないから、こっちはこっちのペースで売ればええ。それだけでうちの収益は安定する」
今のところ、向こうには名画もかき氷機もない。
その前準備の差で一週間の売り上げはこっちが勝てるやろう。けどそれすらもパクられた時、うちらに新たなアイデアが生み出せるか。そこが問題となる。
「チョウベーさんが協力してくれて助かりましたね」
ソール君の言葉に私は頷く。
ビッグ・ブラックのジェラートとうちのかき氷、何が一番違うかと言えば、その恐ろしいまでの原価率の差にある。ジェラートを作るのにはたくさんの材料がいるけど、私たちのかき氷は削ってシロップかけて出すだけや。
あとコレは自分達の売るもんにこんなこと言うのはどうかと思うけど、けっこう適当にハンドルを回しても削るのは機械やから口当たりに差がないのもデカい。
あっちは宮廷シェフとかが丹精込めて作ってたりしてるみたいやから、その従業員のコストも馬鹿にならん。提供スピードにも差が出るしな。
向こうはそれを圧倒的な数で誤魔化してるみたいやけど、純利益がどれだけ出てるかは怪しいところや。どんだけ安く沢山提供しても、それを作るコストが上回ったら意味ない。
対して、うちら『ノヴァーリス商会』はというと。
隣の城のような店が作った完璧な「日陰」の下。焼けた柱に囲まれたテラス席は、別世界のような静寂に包まれとった。
客は、ウルスラの『名画』を前に、一匙の究極のかき氷を、祈るような顔で口に運んどる。
彼らの姿は私たちの新たな戦略がマッチしている象徴的な存在となっていた。
昨日が250gの氷を売りさばく、『味』を覚えてもらう商売なら。
今日のやり方は名画を見てもらい涼を感じてもらう『体験』を売る商売や。
「そんなこと言ってますけど、昨日に比べて三割ぐらいお客さん減ってますよね」
ソール君は昨日の熱狂が忘れられないのか、少し歯がゆい様子で冷えたオレンジジュースの瓶に口をつける。
「確かに昨日より客の数は三割減った。けど、うちは昨日上がった単価は据え置きのまま、拝観料としてのかき氷を用意してそれを一匙に設定した。そしてそれで客は満足してるんや。この違いは大きいで」
販売している量は五分の一、しかし値段はそのままというステルス値上げをつかい、その不足分を名画で埋める。
これがノヴァーリス商会バージョン2の姿や。
さらにうちの実力は、ここだけに留まらん。
ふと、隣の店でジェラートを完食した男が、ベタつく口元を拭いながら、ふらふらとこちらへ歩いてきた。……いや、うちの隣、ルカの店『スプリング・ブルワリー』へ。
「……っ!! なんだこれ、死ぬほど冷えてる!!」
男の喜ぶ声。
そこにはルカが、うちの氷でキンキンに冷やしたジョッキに、黄金の麦酒を注ぎ入れとる姿があった。
甘ったるいジェラートで喉を焼かれた客にとって、あの「極冷ビール」はガツンと頭をぶん殴られるような衝撃やろう。
炎天下で飲むキンキンに冷えたビールには、アイスとはまた別軸の美味さがある。
そして忘れるでなかれ、彼らの売り上げの二割はうちに計上されるのだ。
「ケケケッ……。ビッグ・ブラックさん、おおきにな! あんたが甘いもんをバラ撒けば撒くほど、ルカの兄ちゃんが売る苦いビールが飛ぶように売れる。……提携先の利益はうちの利益。敵を利用して相乗効果を生む。……柔よく剛を制す、これが私のやり方や」
ルカと目が合う。彼は忙しそうにしながらも、親指を立てて笑った。
こうした連携によってスプリングフェス二日目もまた、ノヴァーリス商会はトップの利益を叩きだし、その日を終える。
スタッフの半分は休みを取ることができ、氷の貯蔵はまた今晩の内に運ばれてきた氷によって、三トンまで綺麗に回復した。
スプリングフェス三日目、ノヴァーリス商会の進化はまだまだ続く。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




