前夜祭は特大のフラグを添えて───三トンも氷があったら、余裕でフェスは乗り越えられますわ
スプリングフェス開幕、前夜。
フロストの別荘の庭園は、マリーン・ヴェイルの生臭い潮風を忘れさせるほどの「最高潮の熱気」に包まれとった。
「ええかみんな! 今日は無礼講や! 飲み物も食べ物も、全部うちらの『経費』で落としたるから、腹パンパンにして明日への鋭気を養いや!」
私の号令と共に、野太い歓声が夜空に響く。
テーブルには、港から直送された最高級のロブスターや、スパイスを効かせたジビエの串焼き。そして、その横には氷でキンキンに冷やされた、酒が山ほどバケツに放り込まれとる。
「食って倒れる準備はええか野郎ども! かんぱーい!」
「「「おおおおおおおお!!!!」」」
こうして始まった決起会と言う名の前夜祭。
バイキング形式で積まれた食料が、盛られては消えを繰り返していく。
その中心にいたのは私兵団のみなさんやった。「みなさんもよければご一緒にどうぞ」、という私の一声で参加した彼らが通る道には鳥の骨一つ残らへん。
彼らはその大きな体で一人、二十人前を軽く平らげるらしく、逆にそれぐらい食べなければ体を維持できんとか。
戦争なんて強いヤツが勝つ、みたいな世界やから生きるために常に食べ続けることが、彼らの日常らしい。
一度それを怠った者から怪我をして、死んでいくという世界は、私には到底理解できんものやった。
私にわかるのは赤ちゃんみたいに、ピザとか魚料理を美味しそうに食べてるおじさんたちがいるってこと。
お酒なんて、それこそ水より早く消えていった。
そんな私の満足げな視界に、ひときわデカい影が混ざった。
「コーホー……」
「ロック! あんた、もう動いてええんか!?」
鉄仮面のロックが、脇腹をさすりながらも力強く立っとった。一日でここまで回復するとは、いったい何者なんやロック。
彼は自分用の黒い黒板にチョークで字を書くと、私に見せてくれる。
『公爵様の軍医が腕利きで助かったっす!……それより、聞きましたよ。僕たち、もう『バイト』じゃなくて『オーナー』なんですって? キャ~! チョ~嬉しい~☆!』
……あんた、そんな喋り方やったん!?
見た目との温度差で風邪ひきそうやわ。もっと無骨な硬派やと思ってたのに、中身はピュアボーイやったんか。
なら一層なんか、刺されたのが可哀想に思えてくるな……。
「せや。あんたのその筋肉一本一本が、ノヴァーリスの資産や。……無理はすなよ。警備は私兵団がつくけど、ビック・ブラックとジョン王子の野郎どもが何を仕掛けてくるか分からん。夜道と、それから『商品』の管理。全員、自分がギルマスのつもりで目を光らせとくんやで!」
「コーホー!」
今のはたぶん「了解っ☆」みたいなニュアンスやな。
恐ろしいな、「コーホー」のボキャブラリー。そのうち感情の機微を全部読み取れるようになりそうで怖いわ。
◇
宴もたけなわ。
空には星が瞬き、大きな月がマリーン・ヴェイルを煌々と照らす頃。
庭に出されたソファに腰を預けて、フロストは周囲を満遍なく見とった。
特に何かをするわけやない。ただ目があった人とは手を振ったりしながら、呆然と見ているだけ。
それだけのことやのに、全員が彼の存在をどこか意識して、安心しとるようにみえた。
「あんたは守り神か」
私の言葉にも、「ん?」 と不思議そうに、フロストは小首をかしげる。
一人だけ座ってるのはズルいと思ったから、私は彼の隣に座った。
手持ちには完成されたかき氷。
このクソ暑い夜にも、かき氷は私に涼を与えてくれた。
隣を見ると彼はブランデーに氷を入れて指でくるくる回してる。
相変わらず水で割らずに、グビグビ飲んでるのに顔色一つ変えへん。
もはや酒を水みたいな感覚で飲んでる。
「……それにしても、かき氷の売り上げはすさまじいな。これほど人気なら、明日には氷が底を尽きてしまうかもね」
「そうなったら嬉しい誤算やな。でも、そんなことにはならへんよ。あの氷室をみたやろ。アイスマンにも量ってもらったけど、全部で三トンも入る巨大な氷室や。一杯提供するのに、お会計も合わせて大体30秒としよう。三レーンは用意するつもりやから、一分で?」
「6杯か。一時間で360杯って単純計算したら、3600杯になる」
「そう。それで私たちのかき氷は一杯250gで提供される。ちょい溶けんのも、入れたらまぁ大体300gと見積もろうか。3600杯売れたとして氷のロスを含めても1,080kg、つまりは一日1トンちょいの計算や。つまり三日は絶対に持つ。その間に次の輸送便を……」
私がスラスラと「勝利の数式」を並べ立てるのを、フロストは黙って聞いとった。
「まぁ、そんな上手くいくわけないんやけどな。スタッフも人間なんやから、休憩やって必要やし。そもそも列が途切れへんのが前提やしな。初日から閑古鳥が鳴くなんて展開やって、あるかもしれん」
「そうなったら、みんな海で遊ぶか」
「アンタなぁ……そうなったらすぐに対策練るに決まってるやろ」
「そうか。残念」
”どうせだから、もっと海で遊びたいんだけどなぁ”なんて悠長なこと言うてるけど。
そんなものはこのスプリングフェスが終わってからでええ。
「なんや、あんたまた私の水着でも見たいんか?」
「いや、できればサーシャの水着は他の人にはあまり見せたくない。彼らが良からぬ企てをしないとも限らないからね」
私の揶揄うような言葉とは対照的に、真剣な眼差しで、フロストは私を心配してくれてる。
「よからぬ企て……?」
「……いや、何でもないよ」
私は彼の暗い顔を見てハッとした。
今朝もロックが刺されたばかりやのに、私は何を考えていたんやろうか。
警備をするフロストの立場なら肝が冷える状況に他ならん。
なぜなら次に命を狙われるのは十中八九、会場にいる私やろうからな。
無防備な状態を晒してたら、いつ刺されても不思議やない。本当はずっと邸に閉じ込めておきたいぐらいの面持ちなんやろう。
……それを私はなんて、浅はかな。
「すまん、私も身勝手なこと言い過ぎたわ。いつもありがとうな、フロスト……」
「え……? あ、うん」
締まらない顔をしてフロストは頷いた。
警備なんて造作もないって、そう言いたいんやな。
「フッ……当日の警護は、アンタ達に任せたで」
「ん、ああ。大丈夫だよ」
そんな覇気のない返事をしてて、大丈夫かいな。
まあお酒も飲んでるし、仕方ないか。
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