犯人はビック・ブラック⁉───そんなことよりおじさん達が怖いです
リハーサル最終日夜。
私たちを狙う刺客たちから情報を手に入れるため、フロスト達が話をしてるという客間に足を運んだ。
ミヤハは「立ち入らない方がよろしいかと」なんて言うけど、そうはいかん。ギルマスとして知っとんとアカンこともあるやろう。
「ほらいくで」
尋問室の扉をミヤハに押し開かせる。
その瞬間───ゾワッと。物理的な質量を伴った「殺意」の塊が、私の全身を叩いた。
「ヒッ……!?」
声にならない悲鳴が漏れる。
視界の先。
薄暗い部屋の中で、三十人もの「人間の形をした兵士」たちが、軍服の状態で壁際にズラリと並び、こっちを見とった。
“あ、これアカン”
そう思った時には遅く、ついてない玉が縮んどった。
冷や汗が滝のように流れ、膝が笑い出す。誰一人、携帯する武器は抜いてへん。
ただ、戦場で数えきれんほどの命を刈り取ってきた男たちの『視線』。
それが一斉に自分に注がれるというんが、これほどまでに生存本能を削るもんやとは知らんかった。
「……あ、サーシャ。悪いな、今ちょうど話の最中なんだ」
おかえり、と軍服姿で中央に鎮座する、我らが公爵様──フロストが、にこやかに片手を挙げた。手前には刺客の一人が平服して、涙と鼻水を撒き散らし、額を床に擦りつけとる異様な光景。
「それで? ……言い分聞こうか」
フロストは視線を私から刺客に移す。表情はいつものフロストや。けど、どっか違う。
ドライな仕事モードの彼やった。
「は、話します……」
私兵団に囲まれた刺客は、まだ一発も殴られてへんのに、滝のような汗で床のカーペットを濡らしながら、許しを懇願するように口を開く。
今回の騒動、その一部始終が刺客の口から明らかにされる頃には、私の心には明確な安堵がこみ上げとった。
「なるほど……差し金はジョン王子の側近、ビック・ブラックか。よく話してくれたね。ビック・ブラックに銀貨三十枚で雇われたなら……ほらっ、これはお礼の銀貨だ。仲間と分配して持ち帰るといい」
フロストは無造作に、部下から受け取った銀貨が三十枚ほど入った麻袋を、平服する刺客の前にぽんと放り投げる。当然、ガシャン、と部屋の中に銀貨は音を立てて落下した。
「ほら、持ち帰りな」
「い、いえ……戴けません」
刺客は青白くなった唇を震わせ、首を振る。
フロストはほんまに善意でお金恵んであげてるんやろうけど、たぶん全然伝わってへんやろうな。これ。
「戴けませんってなんだよ」
フロストは少し呆れたように刺客に訊いた。
訊きたいことは聞けたし、もうこの男に要はないってことやろう。
ずっと別荘にいてもらうのも困るし、早く帰ってもらいたいって顔や。
けど刺客の男の足は私より笑ってて、立ち上がろうにも、中々上手くいかんようやった。
「ほ、北軍の方々とは知らなくて───」
「相手が誰だろうと、金で雇われて命取りに来たんだろ。ほらっ、さっさと持って帰れよ」
フロストは笑顔で椅子に座ったまま、投げ捨てられた銀貨の袋を刺客の膝元まで、蹴って寄せる。あとでそのお行儀の悪さはちょっと言わないとアカンやろうな。
「ウゥ……すいません。本当にすいません……」
「いいって。もう下がりな、時間勿体ないから」
フロストが立ち上がって、ポンポンとうずくまる刺客の肩を叩く。それでも立ち上がらない刺客に、フロストは笑顔で困ったなぁ、という顔をして、仕方なく首根っこを掴んで、無理やり男を立たせると、銀貨の袋を胸元に押し付けた。
「ほら、ちゃんと持って帰るんだよ」
刺客の男はガクガクと頷きながら、ポタポタと股座を濡らして、脱兎のごとく別荘から走り去っていった。残されたのは異臭を放つカーペットだけ。
この掃除代はビック・ブラックとか言う成金城を立てた隣の商人から取り立てたろう。
「てかアンタたち怖いねん⁉」
私は改まって部屋の兵士たちに怒った。先ほどまでの殺気はないにしても、まだ眼つきにその余韻が残ってる。
「ご……ゴメン。サーシャ、怖かっただろう? もう大丈夫だからな」
フロストはそう言いながら、手を上げてヒラヒラと部下たちに向けて合図を飛ばす。
それが警戒解除の合図なのか、彼らは息を吐いて、部屋の扉に頭をぶつけないように潜りながら出て行く。その後ろ姿は緊張感を残しながらも、全員仕事終わりで飲みに行く普通のオッサンたちに見えた。
「すいませんでしたお嬢」「お嬢すんません」「失礼します、お嬢」
中にはそう言って、出て行く人もおるぐらい。さっきとは別人のように温和な対応を向けてくれる。
彼らの切り替えの早さに私は困惑しつつ、それが仕事って大変やなぁなんて思いながら、私はみなさんをお辞儀してお見送りした。
彼らはフロストの部下であって、私の部下やないから、いうなれば赤の他人や。
そんな彼らにお嬢だのなんだの言われるのは、性に合わへんけど。そうやって慕ってくれるなら、私もそれに報いたい。
「私兵団のみなさん、頑張りすぎやないか? なんか贈ってあげてもええ?」
「気にしなくていいよ。自己管理はできているから。……でも、どうして持っていうなら、一緒にご飯でも食べようか。きっと喜んでくれる」
「いやいや、気使われるだけやろ。可哀想やないか? なんか、日用品で使うものとか贈ってあげたいんやけど。料理とかするなら包丁とか」
「い、いやぁ……包丁は使わないな。ナイフはみんなこだわりがあるからね。でもそうだな、研ぎ石ならあるいは」
研ぎ石……? あの、山姥が夜な夜な包丁研ぐときに使う、あの地味な岩のこと……?
プレゼントに研ぎ石って、渋すぎやろ。
「研ぎ石か……了解、良いのあったら買うとくわ。あとは食べ物とか? マリーン・ヴェイルって食べ物めっちゃあるから、色々買ってもらって、あとでその料金分私が全部払おうか」
「アイツら凄く食べるけど……問題ないだろうか」
フロストが、かつてないほど深刻な顔で訊いてきた。
まるで、飢えた野獣の群れを飼っている飼い主のような、そんな切実な顔で。
「沢山食べたらええやん。アンタやって沢山食べるやろ」
「それは……そうかも知れない」
「せやろ。だったら、部下にも沢山食べさせたったらええやん。せっかく港町来たんやから。色んなもん食べさせたろうや。戦士なら肉とか? あ、前に行った寿司屋もええなぁ!」
「そこまで言うなら……うん。みんなに伝えておくよ」
刺客の方が私にとっては怖かったけど、フロストにとっては食費の方が怖そうに見える。てか、公爵様を震え上がらせる食欲ってどんな量やねん。
彼らってそんな生活コスト重いんか? まぁそれだけ動いてくれてるし仕方ないと思うけど。
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