異国の麗人はジャッカルの頭? ――実の兄から届いた『優勝不可』の宣告と不気味なご祝儀
陽光照らすリハーサル最終日午後。
スプリングフェス前日は、商人たちの交流がメインで行われる『ビジネスデイ』になっていた。
私たちノヴァーリス商会も、スプリングフェス関係者やメディア関係者・流通関係者のみが入場できる商談・交流をメインにしたこの交流会に、遅れながらも参加するのは当然の運びだった。
「いらっしゃいませ~!」
炎天下の中、商売道具の肩掛けカバンを掛けた商人たちで溢れる午後は、ある意味経営者にとって最大の見せ場になる。
私もまた大勢の商人に囲まれて、話合いに精を出しとった。
そんな中、人混みが自然と割れて、彼女は私の前に現れた。
私より背が高く、あのフロストより少し小さいくらい。
優雅に一礼する彼女の姿は、この場にいる誰よりも人々の目を釘付けにした。
「お初にお目にかかります。ノヴァーリス商会の金獅子よ」
黒曜石を思わせる漆黒の肌に、黒いジャッカルの頭部を持つ、人ならざる姿の麗人。
マリーン・ヴェイルは世界中の変人が集まる港やけど、彼女のような人間は久しぶりに見る。
「おい……あれ獣人じゃないか」
商人たちの囁きが聞こえてくる。そう、彼女は獣人と呼ばれる人間とは違った種の女性だ。
私は獣人を知らんわけではなかった。王宮におった頃、外交の場で数回会話したことがある程度やけど、ミズガルズ王国から遥か南には獣人の国があると言うことぐらいは知ってる。
けど、今の王国とは交流も途絶えとるはずやが……。
「――『ようこそマリーン・ヴェイルへ。お会いできて光栄です。アイスはいかがです?』」
私は商売人スマイルを貼り付け、喉の奥を鳴らすような独特な獣人の言葉で、この異国の麗人を迎え入れた。
私の言葉を聞いた彼女は、少し驚いたように耳をぴくりと動かし、人間の言葉で返事をした。
「ぜひ戴きましょう。シャーベットのようなものでしょうか」
リコポリスと名乗った南部の女性は、見た目もさることながらその風格もただならぬ気配を感じさせ、周囲に商人を寄せ付けない。
彼女はうちのかき氷を受け取ると、匂いを嗅いで、360度ぐるりとかき氷を舐めまわすように回転して観察したあと、かき氷を長い爪の生えた指で抓んで食べた。
「あ、あのそれスプーンで食べるもので……」
「ええ、教えていただきありがとうございます」
リコポリスは知っている、と言わんばかりに今度はかき氷に顔をそのままつけて、犬のように“ガウガウガウ”と、犬食いをする。
周囲の商人達がドン引きする中で、リコポリスは最後にスプーンをペタペタと触り、その温度、感触、を確かめると、太陽に体をわざわざ向けて、スプーンでかき氷を口に運んだ。
ぴちゃぴちゃぴちゃ、とかき氷を口の中で音を鳴らしながら咀嚼をする。
周囲の人間がサクサクとかき氷を口に運んでいるのと比べると、リコポリスの行動は野性的ともとれる。しかしながら、私を始めとした商人たちは彼女の行動を咎めるようなことはせえへんかった。
彼女の行動には全て一貫性があり、何を計っているのか自分達にはわかるからや。
商人としてコレは売れるのか、その判断をするために必要な情報。それを外聞も気にせず、自分の眼で確かめる姿勢。
商人としてあるべき姿を体現したような謎の女性、それがリコポリスという外国人やった。
「どうやろう? うちは氷専門で取り扱ってるから、もし氷が入用になったら……」
「いえ、氷の仕入れ先なら既に確保してありますので結構。ですが、この氷は質がいいのでしょうね。硬く、溶けにくく、味も雑味がない。時間をかけて作っている証拠だ」
「へぇ……詳しいんやね。リコポリスさん、あんた何してる人?」
「申し遅れました。わたくし、アリステア商会東部地方統括責任者兼、副ギルドマスターを務めております」
「アリステア商会ってアンタまさか……」
「ええ。貴方のお兄様のお友達ですよ、アレクサンドル様。……ってこらこら、おやめなさい。その憐れみの視線は。ワタクシは好きでこの立場にいるのですよ」
私の眼が気になったんか、リコポリスさんは小さく笑った。
「兄さんの側近って、よう病まへんな。ふつう、三日と持たんはずやけど」
「仕方がありません。彼は人を振り回すのが好きな方ですからね」
「言えてるな。というか、兄さんに言われてこっち来たん? 東部管轄ってことは、ここ担当ちゃうんやろ?」
「ええ。ですからワタクシは本日休暇に来ているだけです。アリステアとは関係ございません。強いていうなら伝言が一件」
「えっ、聞きたくない」
そういうと、リコポリスはクスッと笑う。
「何がおかしいんや?」
「いえ、彼の言った通りだなと。『彼女は返事を待たず、逃げようとするから話したって無駄だ』と」
逃げてへんし。距離を置いて、見なかったことにするだけやし。
でもそこまで言われたらそんなこともできん。
「へ、へぇ……じゃあ聞いてやるわ。なんや言ってみ?」
「分かりました。ではアリステアからの伝言です。『でも話を少しでも聞くようなら、リコポリス、君の口から彼女にこう伝えてやってくれ。サーシャ、君は今回のスプリングフェスには優勝できない。
続けても無駄だから、今回は周囲と関係を深めることに尽力しろ。まずはこの会話から三十分後に声をかけてくる相手の靴を褒めるんだ。そうすれば、帰り道で利益がでる。コレはギルド設立の祝い金だと思ってくれ。以上だ』です」
「あいつやっぱり頭がおかしいんやな」
内容もおかしければ、前提もおかしい。
聞いているだけで頭痛がしてくるとは正にこのこと。
支離滅裂というか、予言めいたことばかり言う。
それが私の兄、アリステアという男やった。
「彼は貴女なら理解できると。そう言っていました」
リコポリスさんや、私を買い被ってもらっちゃ困るわ。
兄さんの言ってることが全部理解できたら、今頃私は世界征服できてる。
「まっ、とりあえず御忠告どうも」
「ワタクシはそれとは別に、アレクサンドル様を応援しておりますから。スプリングフェス、頑張ってくださいね」
それでは、といってリコポリスが人混みの中に消えていくのを茫然と眺めながら、次にやってきた商人と私は会話をし始める。
三十分後。兄さんの言った通り、一人の疲れ果てた顔の商人が私の前に現れた。
私は反射的に兄の顔を思い浮かべながら、会話の中でその言葉を紡いだ。
「……あ、その靴、ええ味出してますね。大事に履き込まれてるのが分かりますわ」
「えっ……分かりますか? これ、親の形見でしてね。これさえ履いていれば、どんな苦境でも立ち上がれる気がするんですよ。……嬉しいな、あんたみたいな美人にそんなこと言われるなんて」
商人の顔に、パッと灯りがともったような笑顔が浮かぶ。
それとは対照的に私はこの不気味な体験を、忘れんように胸の内に留めた。
これがどういう『利益』になるんかは私も知らん。
けれどアリステア……私の兄さんが示した予測は、一度も外れたことがないのもまた確かなことやった。
「まぁ。だから俄然燃えるけどな。兄さんの予言、絶対に覆したるわ」
始まってもないのに負けてたまるか。
今の予測で負けるなら、何か負ける原因があるってことや。
原因があるなら必ず見つけ出して、対策を練る。
そんなこと、兄さんなら分かってそうなことやのに。
それともまさか、それも込みで私に助言してきたんか?
……まあええわ。
とりあえず一番心当たりがあるのは、私の海の家燃やしたと思われる洞窟前にいた連中か?
そっちは今頃フロストが絞ってる頃やろうから、夜になったら話聴きに行ってもええかも知れんな。
対策が練れるかもしれん。
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