バイト戦士から『若手オーナー』へ! ――ナニワの令嬢、ボーナスを株券に変えてスタッフのやる気を限界突破させます
「……ちょ、ちょっと待て。これ、一袋でこの重さ?仰山稼いできましたなぁ」
差し出された革袋を受け取ろうとした私は、予想外の重さに思わず膝を突きそうになった。
華奢やけど、ちゃんと男の子なんやなぁ……。
「こんだけあったらボーナスを全員に上げても、椅子と机ぐらい余裕で一式買い揃えられそうやな……」
ありがたいなぁ、なんて思いながら、彼らの仕事の成果を覗き込む。
中には少しばかりの銅貨以外、すべて銀貨やった。
「これ、持ってみた感じ一袋だけで十五キロぐらいあるんちゃうか? 銅貨も混じってるから分からんけど、銀貨千五百枚ぐらいは全然あるやんな」
銀貨一枚=五百円、それが千五百枚や。
せやから売り上げ金額は七十五万円ぐらい。
初日に金貨五十一枚も稼いでたから、そこから少しずつ需要が落ち着いて、一日あたり金貨二十五枚ぐらいで安定したみたいやな。
『供給を増やしてみたら?』って五日前に提案してみたけど、あんまり台数を増やしても利益が飽和するだけで効果も薄かったか。
それはちょっと残念やけど、市場はまだまだブルーオーシャンで、しかも成長ステージで言えば、今は黎明期や。
これから成長期に入ったらそれこそどんどん稼ぎも増えてくる。
そうなった時に適切に機材とか人材に投資できるようにしとかんとアカン。
そのためにもスプリングフェスでは少しでもかき氷を売って、その原資を貯めておかんとな。
そしてその原資を貯めるためにまずは、メンバーの戦意を高めるための追加ボーナスや。
「ボーナスは弾むで!」
私はにこやかにそう言うと、スタッフが不敵な笑みを崩さん。
その顔は、何か私にサプライズでもあるような表情やな?
「おやおや、サーシャ様。まさかそれが全部なんて思ってませんよね。それは見せるだけの『一番軽い袋』ですよ」
「えっ?」
一番軽い袋……銀貨千五百枚が軽い?
私は意味深なソール君の言葉にそわそわしながら、彼に手を引かれて砂浜の上まで案内される。
「残りの銀貨の山は、外のリヤカーでみんなが番をしてます。……合計、三百キロくらいあるんじゃないですかね」
「ハァ!?」
砂浜の上につくと、調理係や整列係の面々が三台のリヤカーの前でたむろしとった。中には、収まりきらん銀貨の袋が溢れる一台のリヤカーと、二台の銅貨が土嚢袋のように山積みになってる。
――馬鹿の考えた宝船。
私はそれをみて、真っ先にそんな感想が頭の中に浮かんだ。
「さ、三百キロ!? って、アンタら五日間で、これ全部稼いだんか……!?」
「はっはっはー、街中の両替商から『これ以上は銀の在庫がない』と言わせるぐらいには、儲けさせていただきました」
ソール君が誇らしげに言うが、私はそれどころやない。
これ、記帳するだけでも日が暮れるで。検銭だけで私の指紋が摩擦で消えてまう。……嬉しい労働やけど、凄く面倒くさいと思ってしまう自分もおった。
一台だけ銀貨で一杯やけど、仮にあのリヤカーの中身が二百四十キロあるとしよう。そしたら、枚数だけで二万四千枚や。棒金にするとしても、二時間はかかる。
「……不便ねー。見てるだけで肩が凝りそー」
私の胸中を言い当てるように、聞き覚えのある、やる気のない声が上から聞こえてきた。
顔を上げると、豪華な天蓋付きの椅子に座り、従僕たちに担がれた黄金の瞳がこちらを見据えとった。
「ウルスラ! アンタ、こんな朝早くからどうしたんや?」
ウルスラは椅子の肘置きに肘をついて、紫色のウェーブがかった髪を掻き上げる。早朝の潮風を髪に孕む彼女の姿は風景画のように幻想的で、自然と人の目を引いた。
「邸の中が騒がしいから逃げてきたのー」
けれども本人はまるで意に介していない様子。それどころか、彼女の目は私たちの銀貨に夢中のようやった。
「……ねえサーシャ。その銀貨、そのまま部下に配るつもり? 『金融』を知る者なら、もっとスマートなやり方があるんじゃない?」
金がある場所にウルスラ有りと言われた子や。もしかしたら、大金の匂いを嗅ぎつけて目を覚ましたのかもしれん。それぐらい本来の彼女は、私以上に金の匂いに敏感な魔女やった。
しかし、彼女のいう『スマートな方法』というのに、いまいち私はピンとこなかった。
「スマート……?」
ウルスラは長い睫毛を揺らして、欠伸をしながら頷く。
「なーにー? 潮風で頭がパーになっちゃった?」
そう言われて私もハッとした。これだけの金が集まってるなら、提案するべき話が確かにあった。
「サーシャのところの子供たち、見所あるじゃん。……だったら貨幣じゃなくて、『ノヴァーリスの未来』を買ってもらったらどーおぉ? ――ノヴァーリス商会の株式、発行するよー」
「株式……?」
ウルスラの言葉に、一番初めに興味を持ったのはソール君。
彼の興味を釣り上げるように、ウルスラは面倒くさそうに指を一本立てた。
「そー。あなたたち庶民にも分かりやすく説明してあげるとー、今のあんたたちは、雇い主がいて、雇われ人がいるだけの関係でしょ? でも株を発行すれば、君たちは全員がノヴァーリス商会の『持ち主』の一人になれる。……稼げば稼ぐほど、自分の持ってる紙切れの価値が跳ね上がるって寸法さ。――ねえ、最高の『やる気の搾取』、されてみなーい?」
ウルスラは蠱惑的な笑みを浮かべて、スッと指をスタッフたちに向ける。
せやけどそんなかいつまんだ説明やから、株を元から知らんスタッフはなんのこっちゃ分からんようやった。
「ええかみんな、よう聞いて。あのちびっこは私たちに二つの提案をしてくれたんや。一つは、今すぐボーナスとしてこの銀貨を持って帰って、美味いもん食って寝るっていういつものパターン。せやけどもう一つは、受け取るはずのボーナスを『ノヴァーリス商会の株』……つまり、この商会の権利として受け取ることや!」
「カブってなんですか。お野菜の支給だったら、私は金貨の方が助かるんだけど。サーシャ様、金貨では駄目ですか?」
スタッフの一人から声が上がる。マーサの下で動いてくれてる厨房スタッフの女の子からや。
「金貨でも全然ええで! けど、株は野菜ちゃうってことだけ説明させてくれ。ええか? 例えるならこれは『金の成る木の所有権』やねん」
「金のなる木……ってどういうこと?」
「今このノヴァーリス商会は始まったばかりの、小規模ギルド、つまり苗木の状態や。けど、将来的にこのギルドがマリーン・ヴェイル全域、いやミズガルズ王国中に店を出したとする。そしたら、アンタらが持ってるギルドの『株』の権利が、金貨千枚、一万枚に化けるんや! そうしたらアンタらはただのバイトやない。私と一緒に、この『金の成る木』を育てる、共同経営者になるんやで!」
私の熱弁に、静まり返る砂浜。沈黙を破ったのは、賢い赤い瞳を輝かせたソール・マーニやった。
「……なるほど。ギルマスは、僕たちを『給料分だけ働く従業員』じゃなくて、『自分たちのために死ぬ気で稼ぐ株主』にしたいわけですね。配当はどのぐらいを想定していますか?」
みんなが「カブって凄いんだな〜」って言ってる横で、一人だけ株の理解が他の人より明らかに進んでるソール君。自然、投げられる質問も鋭かった。
「配当? ……ええ質問や、ソール君。あんた、ほんまに可愛げのないガキ……いや、しっかりした商売人やな」
私はニヤリと笑い、ソールの赤い瞳を正面から見据え、指を一本立てた。
「配当のパーセンテージに固定の正解はない。事業が軌道に乗るまでは、利益の多くを『次の投資』に回す。それが商売をデカくする鉄則やからな。……せやけど、これだけは約束したる。『雀の涙ほどの利益の50%』と、『山のような利益の5%』……あんたやったら、どっちが欲しい?」
私は今一度スタッフ全員を見渡し、声を張り上げた。
「私はアンタらを、端た金で満足させるつもりはない。この商会をマリーン・ヴェイルの、いやミズガルズ王国中の製氷産業を握る『巨大モンスター』に育て上げる。その時、アンタらが持ってる数パーセントの株が、一生遊んで暮らせるだけの『黄金の果実』に化けるようにしたる。配当率を気にするより、私と一緒にこのパイを百倍、千倍にデカくする方に賭けへんか?」
これは、銅貨一枚も自分で稼いだことのない子爵令嬢の言葉やない。ゼロから一千万以上稼いだ実績に基づく言葉や。何にも夢物語なんかやない。あとは私の言葉を信じてついて来てくれるかどうか。
「……無理強いはせえへんで」
凪が広がるように静寂が私たちを包む。そうはいってもやっぱりみんな、ニコニコ現金払いの方が嬉しいかなって、ちょっと自信がなくなりそうになったそんな時。
ソール君はフッと不敵に笑うと、真っ先にその美脚を前に一歩踏み出してくれた。
「面白いじゃありませんか。僕にとっても銀貨の袋は、多少重すぎて肩が凝りますからね。僕はその『株券』で満足してあげてもいいですよ」
それを皮切りに、スタッフたちが次々と声を上げ始めた。
「お嬢がそこまで言うなら、俺もそのカブってやつをもらうぜ! あっ、でもちょっとは金貨も欲しいな!」
「ワタクシも、もらった銀貨をどのようにギルドに預けるか思案していたところでございます。株券にしてもらえるのは助かりますね。ホホホッ」
ウルスラが用意した契約書に、スタッフたちが次々と署名し、私もそれに同意した。その瞬間から、彼らとの関係は単なるバイトと雇い主から、一歩踏み出したビジネスパートナーに変わった。
それに伴って、彼らの瞳も一段上の輝きを宿したように思えた。「与えられた仕事をこなす」目ではなく、「自分たちの資産を増やすために、一銭の損も許さない」やる気に満ち溢れた、正社員の眼や。
「……みんなチョロいなぁー。まぁこれでみんな、一蓮托生ってことで。サーシャと一緒に頑張ってね〜。もっと株を発行するってなったら、いつでも相談してくれていいんだからね〜」
ウルスラは耳元で毒を吐いてくるけど、私は気にせえへん。
むしろ、みんなには「ウルスラにだけは絶対に株を売るな」と釘を刺しておかんとな。油断したら秒速で事業を乗っ取って、私を路頭に迷わせかねん魔女やからな、あいつは。
せやけど、これでスタッフの団結力は鉄壁。
おまけに、本来支払うはずだった巨額のキャッシュが手元に浮いたんは、正直「神風」や。これならリハーサル最終日、あちこちに銭をブチ込めるってもんやで。
たとえば――そう。魂を削って最高の看板を仕上げてくるはずの、あの「変態絵描き」への、特別ボーナスとかな。
「よし……土台は完璧や。そういえばウルスラ、看板の方はどうなった? 締切はとっくに過ぎてるで」
私がそう訊くと、彼女は耳まで真っ赤にして、気恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「……そ、それなら、もう完成してるってば! あとで見せに行くって、アイツが……ヴァイノが言ってたから!」
指の隙間からくぐもった声を漏らすウルスラ。いつもの「金融の魔女」の面影はどこにもない。
「おぉ、ついに完成したんかいな。どうやった? 客が吸い寄せられるような仕上がりか?」
「……知らないわよバカ! ――あんたたち、帰るわよ! さっさと運びなさい!」
ぴゃーっ、と従僕たちに椅子を担がせて邸の方へと逃げて行ったウルスラ。
あの逃げ足の速さをみるに、よっぽどのモンができあがったに違いない。
「……ふぅ。なら、私はここで座して待つことにしようか」
ヴァイノの『売れない絵』、もうずっと楽しみで待ってたわ。
ていうか、ヴァイノが書いた氷の絵の方は謎のボヤで燃えて灰になってもうたし、店の『顔』が完璧やないと看板がなくて私が困る。もしこれで妥協してインスタントな可愛い絵なんて提出してきたら、ほんま……チョークスリーパーの刑や。
あ、いや、看板やったら分かりやすい絵の方がええんか?
……とにかく下手な絵描いてきたら、その時こそヴァイノを白熊の餌にしてやるわ。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




