不死身のノヴァーリス商会と反撃の狼煙 ――ナニワの令嬢は灰になった拠点で頂点を狙うそうです
「炭ってお前、灰ってお前……」
炭化した海の家を前に、私の膝がガクガクと震え、砂浜に膝をついてしまう。
ポロポロ涙だって出てくる。
なんやこれ、嫌がらせか? てかこんなん嫌がらせの範疇越えとるやろ。
「あんまりやぁあああああ……」
柱一本に金貨三枚、看板の装飾に銀貨五十枚、そこに費やしたスタッフの労働力……。脳内のレジスターが、チンッ、チンッ、とけたたましく損失額を弾き出し、私の胃をキリキリと締め上げていく。
五日前にだした売り上げがなかったら、私の胃はとっくに終わりを迎えて、今頃血尿まっしぐらな損害や。
「こんな悪魔みたいな所業、人間がやったとは思えん! こんなことをする奴は鬼畜や! 真正の鬼畜野郎や!」
けど、こんな嫌がらせを一体誰が? なんて考える暇はない。
今日がリハーサル最終日というなら、一秒でも早く対策を考えんとあかんからや。
私はまだ全然スプリングフェスを諦めたわけやなかった。
(むしろこんなことされたら意地でも、スプリングフェスを優勝したるわ)
具体的なプランで言うなら、海の家を建て直すことはたぶんもう不可能やから、台車での販売が中心になるやろうか?
───そんなことをイメージしながら、頭の中で今日の段取りを細分化していく。
瓦礫の撤去やらは後でスタッフに任せておけばええし、今は私にしかできん打ち合わせのアポ取りとか、出来るか分からんけど試してみるしかなかった。
「運営に問い合わせて、台車での販売でもランキングに参加できるか打診してみるか。ミヤハ、運営のテントっていつから相談窓口開いてるっけ。朝一で相談しに行こう」
「朝の九時からですね」
「あと三時間か。他のメンバーに何があったか訊いてみようか。起きてる人はおるやろうか」
「でしたら倉庫番のロックさんが夜番を洞窟前でしているかと」
「よし、ロックに話聞きに行こか」
海の家から徒歩五分。海岸の端へ向かうと、切り立った岩壁にポッカリと口を開けた、洞窟への細道が見えてくる。
やけど、いつもなら鼻をくすぐるはずの清々しい潮風に、その時は異臭が混じっとった。
「……なんや、この匂い。潮の香りに混じって、鉄みたいな生臭いのが……血ぃか?」
まさかと、心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。
最悪の想像が頭をよぎり、私はサマードレスの裾を振り乱して、砂を蹴った。
「ハァ、ハァ……! ロック、無事でいてくれよ……っ!」
洞窟前の入江に飛び込んだ瞬間、私の視界に飛び込んできたんは───地獄絵図、というにはあまりに「妙」な光景やった。
洞窟の入り口に、五人の男たちが折り重なるようにして転がっとる。
ボロ布を纏った浮浪者風の男たちが、砂浜に無造作に、それこそゴミ袋みたいに放り出されとった。
「ひっ……! 死、死んで……るんか?」
恐る恐る、一番手前にひっくり返っている男の首筋に指をあてる。
……ドクン、ドクン。
指先に伝わるんは、力強すぎるほどの脈動。何なら、岩に頭を突っ込んでる男からは「ゴー……」という規則正しいイビキまで聞こえてきた。
「……紛らわしいわ! 全員、爆睡しとるだけかいッ!!」
安堵と怒りが混ざり、転がっている尻に一発ケリを入れてから、本命を探す。
洞窟の入り口、一番暗い影の中に、彼は鎮座しとった。
「コーホー……、コーホー……」
岩塊を背にして座り込んどるのは、二メートルを超える巨躯。
鉄のマスクは朝日を照り返して鈍く光っとるが、その下の脇腹は、真っ赤に染まった包帯が何重にも巻き付けられとった。
周囲の岩肌には、激しい戦闘を物語るような、生々しい打撃の痕が刻まれとる。
「ロック! あんた、そんなボロボロで……一体何があったんや!」
駆け寄ると、ロックの頭がカクンと前に揺れた。そのまま、大木が倒れるようにフラフラと私の肩に倒れ込んでくる。
「っ……重たっ!? ロック、しっかりせえ! 死んだらあかんで! アンタ保険入ってへんやろう⁉」
「……サーシャ様、落ち着いてください。この方も……単に、力尽きて眠っているだけです」
隣に立ったミヤハが、冷めた声でロックの首筋を検分する。
……よく見れば、マスクの奥から規則正しい「コーホー」という寝息が漏れとった。
「どいつもこいつも、道のど真ん中で熟睡すな! 緊張感どこ置いてきたんや!!」
私は、自分の心臓のバクバクを返せと叫びたい衝動を抑え、まずはこの惨状を片付けるべく、助けを呼ぶことにした。
一度入江から離れて、商人たちを呼びに砂浜へと戻ると、そこでリハーサル最終日の調整をしとったオジ様たちが洞窟前に駆けつけてくれた。
「あぁビキニのお嬢さんか。大丈夫かい、何があったんだ」
「困りごとでもあったのかい」
そうやって集まってくれた中に知ってる顔の人もおった。
「バイカル様、大丈夫ですか⁉」
その青年は、炭になったウチの拠点の隣に出店を出す予定の、本格麦芽ビールのお店、『スプリング・ブルワリー』店長のルカやった。
ボサボサの茶髪を前で一つ結びにした、お花みたいな頭のルカは、私の惨状を見るなり顔を引きつらせて怒ってくれた。そして、迷うことなく仲間と一緒に落ちていた縄で不審者を縛り上げ、ロックを担架に乗せてくれる所まで手伝ってもくれた。
「ありがとうございます。この恩は忘れません」
最終的にはロックを海の家前まで連れて来てもらい、自分ではどうにもできへんかったから、ルカや他の商人さんたちに急いでお礼を言って回る。みんなこのクソ忙しい前日準備の最中に、助けてくれたことは感謝してもしきれんかった。
「い、いえいえ! お気になさらず! お手伝いできて光栄……っていうか、こっちも隣が火事じゃ笑えませんから! ……それより、これからどうなさるんです? 昨晩の騒ぎの時は、ソールという女の子が消火活動に奔走してましたけど」
「えー……っと、あの子は男の子なんやけど。……そうか、ソール君も戦ってくれてたんやな」
「へっ、男の子!?」
腰を抜かすルカに構っている余裕は今の私にはない。メンバーの安否、ロックへの聞き取り、そしてこの縛り上げた「不審者」の正体……。
五日寝込んでいたツケが、利息付きで一気に降りかかってきよった。
「あぁもう。気になることが多すぎるでホンマに!」
それにもう、本当に色んな人に迷惑かけてしまい、恥ずかしいったらない。
スプリングフェスが終わったら、みなさんにお礼のアイスクリームでも差し入れで持って行かんと、割に合わんわ。
「サーシャ様」
ミヤハの声で我に返る。その響きには、冷徹なまでの安心感があった。
「なんやミヤハ」
「フロスト様がいらっしゃいました」
「……えっ」
砂浜へ続く階段を見上げると、そこには私兵団を率いたフロストの姿があった。
彼は私と目が合った瞬間、いつもの優しい笑みを浮かべた───はずやのに、その瞳の奥には、見たこともないような冷え切った殺気が宿ってる。
殺気が私に向けられたものやないのはわかるけど、それにしたって肝が冷えるような目に、私は思わず口を窄めてしまう。
「……呼んだの?」
「いいえ。ただ、別荘を出る際に執事の方へ『入江が騒がしい』と伝言を残しておきましたので」
「流石か?……いや、未来予知でもできんのか私のメイドは」
「恐縮です」
駆け寄ってきたフロストに事情を話すと、彼は転がっている不審者たちを一瞥し、「彼らは預かろう」と静かに言った。
「街の役人に突き出した方がええんちゃうか?」
「ははっ、こういう『聞き取り』は、役人よりも俺の部下の方が得意だからね」
「それはその……拷問のスペシャリスト的な?」
ニコッ……と、フロストは無言の笑顔で押し通そうとする。けど私の言い方に対して何の反駁も示さんところをみるに、ほんまにそういう拷問官も彼の部下におるんやろう。
彼は私にどんな部下がいるかは極力話さんけど、たまに垣間見えるコイツの交友関係にうすら寒い怖さを感じる時があった。
「なるべく穏便にな?」
「ハハッ。善処しよう」
そんな優しい笑顔の意味を十分に理解した上で、私はフロストに泥棒を突き出した。
───私兵団の面々が、手慣れた手つきで眠っている男たちに自前の手錠をかけ、まるで「荷物」のように馬車へと放り込んでいく。
三分もかからぬ鮮やかな制圧。その手練れのやり口を、私はどこか別世界のような光景で眺めとった。
彼らにとってそれは日常であって、何か感情の起伏を起こすような事柄でもないのだと思うと、胃のあたりが少し気持ち悪くなった。
傷ついたロックも軍医たちに預けられ、騒がしかった入江から人が消えていく。
私は、自分が何もできんまま、ただ周囲がテキパキと「戦後処理」を進めていくのを、茫然と眺めることしかできんかった。
◇
気が付けば、私の周囲にはいつの間にか「ノヴァーリス商会」の精鋭たちが集まっとった。
朝日に照らされた砂浜。その中央に鎮座する、見るも無惨な海の家の残骸───。炭化した柱から上がる細い煙が、潮風に流されて消えていく。
「バイカル様」
背後からかけられた落ち着いた声。振り返ると、厨房リーダーのマーサが、煤で汚れたエプロンを軽く払いながら立っとった。その横には、寝不足のはずやのにカモシカのような美脚をピンと張ったソール君の姿もある。
二人とも、目立った傷はない。……が、あの一際目立つ「ピエロ」の姿が見当たらん。
「……トビーはおるか。あいつ、まさか刺客にやられたんやないやろうな」
最悪の想像が口をつく。腕の立つロックがあの状態やったんや。トビーが血の海に沈んでいてもおかしくない。私は唾を飲み込み、マーサの次の言葉を待った。
「それが……」
マーサが言い淀み、ソール君が困ったように視線を逸らす。
「……寝坊です。昨晩、彼も襲撃者に襲われたようですが、ですげーむ、なる催しに使う道具で撃退したとの報告を受けています」
「寝坊かい!!」
ズコーッ、と砂浜に倒れそうになる私。
よかった。ホンマによかった。怪我人はロック一人。……ということは、この炭になった店の被害さえ除けば、うちはまだ「死んでへん」ということや。
私は気を取り直し、集まったスタッフ全員の顔を見回した。
誰もが、一晩で拠点を焼かれたとは思えんほど、不敵な面構えをしとる。主人が五日間も寝込んでたっていうのに、この連中……。
「スタッフのみんな、まずは謝らせて。……五日間も私が戦線を離脱して、その間に店までこんなことになって。ホンマに、ホンマに申し訳ない!」
私は焼けた柱の前で、深く腰を折って頭を下げた。
怒号が飛んでもおかしくない。絶望して辞めると言われても文句は言えん。
せやけど、返ってきたんは予想外の「明るい声」やった。
「心配しないでくださいよ、ギルマス。僕たちを誰だと思ってるんです?」
お三方に選んでもらった精鋭ですよ。と、ソール君がいたずらっぽく笑って私の顔を覗き込んできた。
「ハコが焼けたなら、青空の下で売ればいいだけです。もう、燃えカスを片付けて『オーシャンビューのテラス席』に変える段取りは済んじゃってるぐらいです。……ですよね、みなさん?」
その言葉に、スタッフたちが一斉に「おうよ!」と野太い声を上げる。
なんやこれ。私が鼓舞する側のはずが、逆に背中を押されてもうた。
私よりも悲観的な人間が、ここには一人もおらん。むしろこの「逆境」を楽しんでるようにすら見える。
(……これ、ひょっとして私がいなくてもこの商会、回るんちゃうか?)
一瞬、寂しさと情けなさが混じったマイナス思考が過る。……あかんあかん、それが私の悪い癖や。手続きや交渉、損害賠償の請求……私にしかできん仕事は山ほどある。
「……そ、そいつは心強いな。よし、私も死ぬ気で動くわ。海の家が使えん間の特例として、アイスカートの『移動販売許可』を運営に力ずくで認めさせてくる。……無理筋やろうけど、あんたらの顔見てたら、通せん道理はない気がしてきたわ!」
私がアイスカートの話を出した、その瞬間。
スタッフ全員の瞳が、一斉に『ギラリ』と、肉食獣のような光を帯びた。
まるでお預けを食らっていた猟犬が、獲物の匂いを嗅ぎつけた時のような……。
「ギルマス、いまアイスカートと言いましたね?」
ソール君が、背中に隠していた「重たい革袋」を、机代わりにしていた瓦礫の上にドサリと置いた。
「実はこの五日間、拠点にいても暇だったので……僕たち、勝手にアイスカートを引いてマリーン・ヴェイル全域で『ゲリラ販売』をやってたんですよ。……その、成果がこれです。ボーナスの件、忘れてませんよね」
袋の口から溢れ出したのは、朝日に輝く銀貨と銅貨の山。
絶望を寄せ付けん彼らの意志が、スプリングフェスに向けた確かな道を、黄金の輝きで照らしてくれているような気がした。
「……任せとけい。私は金を稼ぐのも上手いけど、出すべき時に銭を出すんは、もっと上手いんやからな!」
傍から見れば、まだ燻りを残す、終わった海の家やけど。
私たちにとって、もはやその拠点は単なる無惨なボヤの跡やない。
この海の家は今この瞬間から、私たちにとっての反撃の狼煙へと姿を変えた。
どんなやつが敵かは知らん。
せやけど、やることなんてとっくのとうに決まってる。
「誰がどんな妨害をしても無駄や。全員ぶち抜いて私たちが一番になったる。……スプリングフェスの頂点取るんは、この私たちや……!」
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




