公爵様が剣で戦うなら、私は算盤で戦います。――北国の飢えを止める『帰り荷』の魔法
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帳簿という名の「戦場」は、想像以上に血生臭かった。
「……あかん。これ、キャッシュフローが死んどるわ」
ヨトゥンヘイム領の決算書を叩き閉じ、私は深く椅子に身を預けた。 この数日間、不眠不休で読み解いた数字が、私の脳内で「破綻」の二文字を形作っている。
この領地、金は回っている。だが、その仕組みが歪すぎるんや。
公爵が周辺諸国に戦争を売り、勝利して奪い取った「賠償金」。それがこの領地の唯一の主要財源。……つまり、ここは『戦争』という名の公共事業で食いつないどる不健全な軍事国家やった。
「人的資源は豊富やけど、その維持費が利益を全部食いつぶしとる……」
寒冷地ゆえに自給自足は不可能。食料の九割は輸入。 それやのに、軍事力だけは王宮の認識を遥かに超えて肥大化しとる。
「パンはなくても、鎧と剣だけは腐るほどある。どんなディストピアやねん」
窓の外を見下ろせば、今日も二重窓越しに領民の怒号が響いていた。 「食料をよこせ!」というデモ隊。……せやけど、不思議な光景やった。 飢えているはずの市民が、ピカピカのフルプレートアーマーを着込んで抗議しとる。鉄屑より小麦粉の方が価値が高い。この領地の価値観は完全にバグっとった。
「見てるか? サーシャ」
地鳴りのような彼の声。 振り返ると、襟巻に雪を積もらせたフロストが立っていた。
「……民衆の怒鳴り声なら、よう聞こえとるよ。アンタ、略奪に近い徴収をしてるんやって?」
「……ああ。否定はしない。近く、北部の蛮族との大きな戦がある。備蓄を優先せねば、戦う前に軍が瓦解するからな」
フロストの瞳に宿るのは、残虐性やない。 「他に手がない」という、統治者としての乾いた諦念やった。
私は立ち上がり、机の上に広げた地図の一点を指差した。
「兵站が途切れることは死を意味する。それは物流王の娘として理解しとるつもりや。……けど、その『やり方』はあまりにコストが高すぎるで、公爵様」
「何……?」
「アンタの軍隊が空腹で負けるなんて、私の看板に傷がつく。……これ、確認のサインして」
私は一枚の書類を突きつけた。
「これは?」
「南西の港湾都市マリーン・ヴェイルから、新鮮な肉と野菜を安く仕入れるための『利用許可証』や。運搬には、石炭輸送用の貨物列車を使う」
フロストは怪訝そうに眉を寄せた。
「石炭列車……? あれは中央に資源を運ぶためのものだ。帰り道は空車のはずだが……」
「そこや。物流の基本、『帰り荷』や」
私は不敵に笑い、ペン先を地図の上で走らせる。
「石炭を降ろした後のガラ空きの貨物車。それをそのまま走らせるのは、金を溝に捨てるのと同じや。その空きスペースにマリーン・ヴェイルの食料を詰め込む。……これだけで、輸送コストは実質ゼロ。輸入価格を今の三割はカットできるわ」
フロストの目が、驚愕に見開かれた。 この世界では「荷物を運ぶ」ことは一点の目的地へ届けることしか考えられていない。帰りの空荷を再利用するという発想自体、物流の概念が遅れているこの国では「革命」やった。
「……三割カット? そんなことが可能なのか?」
「私を誰やと思ってんねん。氷を金に変える前に、まずはこの領地の『胃袋』を管理させてもらうで」
フロストはしばらく絶句していたが、やがて愉快そうに笑い声を上げ、書類に一気にサインを走らせた。
「……おぉ。凄いなサーシャ。君をここに迎えた俺の判断は、どうやら間違いなかったらしい」
「戯け。まだや。……本当の利益が出るのは、私が直接現地へ乗り込んでからやからな」
「……何? 外出は許さないぞ。今は情勢が不安定だ。王宮の刺客が動いている可能性もある」
先ほどまでの柔和な顔が一変し、フロストの瞳に冷徹な「武人」の光が戻る。
「アンタの方が戦場に行くから危ないやろ。……仕事眼鏡を行かせるか?」
「アイツは今、デモの対応と予算編成で過労死寸前だ。……頼む、サーシャ。遠出は控えてくれ。君に万が一のことがあれば、俺はこの国を地図から消しかねない」
冗談に聞こえへんのが、この男の怖いところや。てか、どんだけ心配性やねん。
「……しゃあないな。分かったわ。アンタは外貨稼ぎに外敵を全員ぶっ倒してき。私はこの『炭鉱の街』のシステムを根こそぎ書き換えて待っとるから」
「ああ。すべて壊してくればいいんだな?」
「そうそう。いつも通り、派手にやってきなさい」
台風のような男が部屋を出ていく。 その後すぐに、演習場から悲鳴が上がった気がしたが……まあ、それは私の知ったことやない。軍事国家が戦争せんなんて、金の無駄遣いやからな。
それはそうとして───私は焼け石に水のような現状の帳簿を睨みつけた。 まずはこの赤字の膿を出し切る。 氷を売るための「舞台」は、私の手でゼロから作り直してやらなあかんわ。
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