プロポーズは秒速、愛は特大。北の公爵様がグイグイ来すぎてツッコミが追いつきません。
野生の公爵が現れた。
※4/11 修正
※5/23 修正
目の前の男から放たれる熱量は、暖炉の火よりも強烈やった。
ヨトゥンヘイム公爵、フロスト。 肖像画の「大人しそうな美形」という嘘に、私は心の中で中指を立てる。実物は、戦場を支配する猛獣の眼をしていた。
「……騙しましたね」
私は乱れた呼吸を整え、ソファの端へと身を引いた。 羞恥心で顔が熱い。けど、商売人が交渉相手の前で取り乱すのは、利益をドブに捨てるのと同じや。
「悪かった。どうしても、地位や顔色を伺わない『素』の君が見たかったんだ。……謝罪の代わりに、一つ言わせてくれ」
フロストは脱ぎ捨てた被り物を机に放り投げ、私の目線に合わせて腰を落とした。
「君の語った『冷蔵物流』という革命。……あれを俺の隣で実現させないか? サーシャ、俺と結婚しよう」
「…………は?」
脳内そろばんが、一瞬で弾け飛んだ。 あまりに直球、あまりに不合理。雰囲気も何もあったものじゃない。
「……殿下。冗談なら、もう少し季節を選んでください。今は冬ですよ」
「冗談じゃない。君の『商才』という資産に惚れたんだ。この死にかけの領地を宝の山だと言い切ったのは、君が初めてだ」
男の瞳は、一点の曇りもない投資家のそれやった。 私はなけなしの理性をかき集め、冷徹な計算を再起動させる。
(……ここで断れば、この『氷の利権』は他所に流れる。けど、いきなり結婚はリスクがデカすぎる。……ここは『試用期間』やな)
「……いいでしょう。ただし、条件があります。まずは『商業的パートナー』としての契約から始めましょう。結婚は、この領地が黒字化してから。……不採算事業との合併は、バイカル家の看板に傷がつきますので」
「ククッ……手厳しいな。いいだろう、その挑戦受けよう」
◇
数分後。 「陰険眼鏡」こと補佐官のシュガーライクが持ってきたのは、羊皮紙三枚に及ぶ分厚い契約書やった。
私は手渡された書類を、プロの鑑定士のような目つきで読み込んでいく。
「……シュガーライクさん。第十四条の『有事の際の資産接収』。これ、書き直しお願いします。この書き方はそちらに都合が良すぎます」
「…………フッ」
眼鏡が僅かに光り、甘さ零の笑みを浮かべる。
「閣下、この婚約者様……可愛げという言葉をご存じないようです」
「ハハッ、最高じゃないか。シュガーライク、君が書類で負けるのを見るのは初めてだよ」
フロストは興味なさげに、黒い飴菓子を口に放り込んだ。
「サーシャ、これを君にあげよう。君にご褒美だ」
勧められるまま、私もその黒い塊を口に含んだ。 その瞬間。
「……ぶっ、ゴハッ!!?」
口の中で、石油漬けにしたタイヤが爆発したような味が広がった。 吐き気を催す邪悪、その結晶。
(タイヤの蒸し焼きかこれ……し、死ぬ……!)
「うちの名産『サルミアッキ』だ。面白い味がするだろ?」
「……酷い味」
「ハハハハハッ、リコリスの根を使った滋養強壮の逸品だぞ?」
フロストはケラケラと笑いながら、同じ飴を美味そうに転がしている。 味覚の不一致。これは致命的な欠陥やが……。
「……いいでしょう。この『タイヤ味の飴』を、いつか王都の貴族たちに高級品として売りつけてやるわ。そのための物流網を、私がここで構築してみせる」
私はお冷を一気に煽り、不敵な笑みを返した。
「……まあまあ。復讐なんて考えずとも、この領地で一緒に楽しく暮らせばいいじゃないか。リラ~ックスだよ、サーシャ。それとその喋り方。トゲトゲしてるから、一人でいる時の喋り方に戻してくれよ。俺は好きだよ、~やで、ってやつ」
関西弁のことを言ってるんか、公爵は私の真似をしながら「せやで~」、なんて言って面白がっとる。
「……ええやろう、戻したる。……これで満足かいな」
素の関西弁を解禁した私に、フロストは一瞬呆気にとられ――次の瞬間、今日一番の輝かしい笑顔を見せた。
「おぉ……! それだよサーシャ、愛嬌がないなんて嘘じゃないか。可愛いなぁ~。 ぜひその調子で、俺を引っ掻き回してくれ!」
謎の溺愛を受けながら、私は困惑の表情でこの暴君を品定めする。けど、結局分かったのはコイツが変人と言うことぐらい。
「……ホンマ変な人やなぁ、アンタ」
こうして、極北の地での「氷の帝国」建国に向けた、一世一代の不平等条約(仮)が締結された。 まずはこの赤字の帳簿を、氷の代金で真っ赤に……やなくて、真っ黒に塗りつぶしてやる。
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