黄金を運ぶ少年と、黒眼鏡の代理人
※後半シリアス注意。
氷室の完成度がまた一つ上がったところで、私たちは仕事を切り上げて「海の家」へと戻った。
時刻は夕方五時。本来なら各自やるべきことを済ませて、帰りの支度をしとる頃や。
「さーてみんなそろそろお家に帰る時間や……で……」
……せやけど。
「……あれ? 誰も居らへん」
海の家のフロアは、波の音だけが響くほどガランとしとった。
厨房にマーサの助手が二人おるだけで、雇った二十名の姿がどこにもあらへん。
「サボりか!? 初日からボイコットか!?」
キレそうになる私の耳に、砂浜の向こうから賑やかな喧騒と、ゴロゴロという重厚な車輪の音が届く。よかった、ちょっと席外してただけみたいやな。
……車輪の音?
「ギルマス! ただいま戻りました!」
先頭を走ってきたんは、美脚を躍動させるソール・マーニ。その後ろには、ピエロのトビーが大きな道具カバンを持って砂浜を歩いてくる。
そして、他のメンバーが必死に引いているのは───。
「……なんやその、リヤカーを魔改造したような物体は」
「移動式のアイススタンドですよ! 僕たちだけで浜辺で待ってるだけじゃ時間がもったいと思ったので、余り物の資材を借りて作っちゃいました!」
ソールが、汗を拭いながら誇らしげに胸を張る。
聞けば、彼らは自分たちで「攻めの営業」のシミュレーションを街で行ってきたらしい。
「それでかき氷売ってきたん……⁉」
ジャリジャリの、粒もバラバラの残念なかき氷。あれを売るのはビジュアルからして厳しいと思ってたけど。それはそれで、売り上げが気になる。
「はい! その話もあるので一度、海の家で話をさせてください!」
ソール君のにこにこ顔も見ていてほっこりするけれども、私はその背後に積まれたパンパンに膨らんだ貨幣袋をみて、もっと顔を綻ばせた。
◇
「それじゃあ聞かせてもらおうか。噴水広場での販売はどれぐらい上手く言ったんや?」
並べられた机の一角に部下を集めて、私はソール君とトビーから売上報告を聴く。ソール君とトビーは顔を見合わせると悪戯する子供のような無邪気な表情で、机の上にドカッと、銀貨の詰まった袋を机に置いた。
「値段設定はギルマスが銅貨三枚って言ってましたけど、お客さんが思いのほか多く出来てしまったので、最終的には銀貨五枚で販売しました」
売れるかッ! という叫びは意味をなさん。
なぜならちゃんとそれで売れているからである。
「えっ、みんな高いって言わんかったか?」
「いえいえ。むしろそれ以上安くすると、かき氷が転売される可能性もあったので。このぐらいが妥当でした。加えて器と銀のスプーンの料金を銀貨三枚にしていましたので、返却されなかった器とスプーンの代金もココに含まれています」
ソール君はガラスの器でかき氷を販売して、器を返してもらえれば銀貨二枚は返却する、というデポジット方式で販売したらしい。
持って行った器の数に限りがあったからだそう。
私とか現代知識のある人がやるんならともかく、器の数が足りないからレンタルにする、なんて方法を考えつくのは、きっとソール君が天才だからやないやろうか。
「ていうか、よく説明できたな。足し算できる人は多くても、引き算できる人はそんなおらんかったやろ」
「はい! なので、元から器の値段込みで販売して、『今だけ! ガラスの器と銀のスプーン、合わせての返却で銀貨二枚贈呈!』という風に書いておきました。ただでさえ、かき氷の値段は高いので、みなさん必死になって安くしようと頑張っていましたね」
私は目の前に座ってる男の娘の細い指を見ながら、ふむふむと相槌を返す。
なんかもう、私の部下にしておくには勿体ないぐらいのできた人材だなぁ、と思いながら、彼が流出しない方法も一緒に考える。
彼のような人材は、スポットライトが当たってしまえばすぐに別のギルドに引き抜かれてしまうやろう。そうならんうちに、甘い汁を吸わせなあかん。
「純利益が知りたいな。数えるの手伝ってくれるか?」
“ちょろまかしたってええんやで”なんて思いながら、袋から銀貨を取り出しつつ、マーサが用意してくれた銀トレイの上に束にして、銀貨を乗せて行く。
「現在のレートだったら、レド銀貨六十枚でレド金貨一枚ですね。僕も手伝います」
ソール君は銀髪を靡かせ、肩にズレたサスペンダーを直すと、鼻を擦ってから、すいすいと指を動かし始めた。手つきが手慣れているところをみると、彼もまたどこかの商家の息子なんやろう。明らかに同種の匂いが彼からはしてくる。
「銀貨の束が一本、二本、三本、四本、……うぉいうぉい、ヤバい数あるやんけ」
銀貨を六十枚に束ねた銀の棒が次々と、それこそ十や二十では足らん本数になっていく。
「四十九……五十本……五十一本……五十二本……これで最後か」
全ての銀貨を数え終えた。
最終的な総売り上げは合計で金貨五十一枚。
えー、日本円にして役百五十三万円になります。
……ウワッツ?
「あ、でも器とスプーンもいくらか無くなってたんで、ここから金貨一枚減ります」
まあ全然ええよ。それでも金貨五十枚や。
「それにシロップと砂糖の材料費と雑費で金貨五枚です」
材料費諸々安すぎるな。もってけもってけ。それでも金貨四十五枚もある。
「それで最後に僕たち十四人へのボーナスで一人頭金貨一枚頂きます」
そう言って突如として引かれる謎の大金。
私は突然の出来事に茫然とひかれた金貨十四枚とキラキラの顔をした少年の顔を交互に見る。
いや、可愛いからって許されることと許されんことがある。
一日働いただけで金貨一枚のボーナスとか、コイツは本気で言ってるんやろうか。
人のふんどしで稼がせといてもらっておいてお前それは……と言いかけて、また少年の私を計るような瞳に口を閉じた。
「金貨十四枚、僕たちに払ってくれますか。ギルマス」
金を払うと言うことは、手痛い出費と取ることもできるけど、一方で彼らの働きにそれだけの価値があったと金で認めるという意味もある。
ココで欲を掻いて彼らの働きに報いるようなことがなければ、私の下に彼らが長く居続けることはないやろう。友情・信頼、それももちろん大切やけど。銭やって強固な信頼関係になる。
見ると、部下たち全員が私の顔を見ていた。
みんな金が欲しいという顔を当然しとる。
当たり前やな。
上司に報告なしの独断行動とはいえ、こんな炎天下の下でかき氷売り続けてたんやから。成果にみあった報酬が欲しいんやろう。
「ええで。みんなに金貨一枚、支払ったるわ。けど条件がある」
六十枚の銀貨の束を一人一つずつ、前に置いて行く。それを受け取った部下たちは一同に眼を輝かせて、小さく会釈をして後ろに下がっていった。
せやけどそれで満足してもらったら困る。これだけ利益が出せるのに、一番勿体ない事をこいつらはしでかしたからや。それは売れると分かったのに途中から販路拡大をせんかったことにあった。
「十四人もおってなんで屋台一つだけやねん!明日からはもう二台追加で用意して、三台で回してこんかい! それで利益を三倍出せたら金貨も一枚と言わず三枚出したるわ!」
一日の売り上げ、金貨百五十枚。そんな無理難題を叩きつけて、私はその代わりに一日の給料をボーナスで金貨三枚まで引き上げることを宣言した。
日給銀貨百八十枚。
二日で銀貨三百六十枚。
一般的な労働者の約十倍の給料という驚異的なボーナスを提示し、私は無理やり部下たちを鼓舞する。
いつもやったらこんなことは言わんけど、私にはそれまで部下のモチベを一時的にでも保っておく必要があった。金でモチベーションを上げるやり方は長期的には効果が薄いけど、短期的であればこれほど効く劇薬もない。
私の劇薬が気に入ったんか、部下たちの顔は、本当に人様には見せられないような、喜びと感動がない交ぜの下卑た笑みを浮かべとった。
彼らからしてみれば、最高にアタリのアルバイトを引き当てたぐらいの気分なんやろう。
せやけどそれはこちらも同じ。トラブルを起こさずにお金を稼いできてくれるなんて最高や。私は何もしてないのに、金貨三十一枚も手に入ったんやからな。
明日は寝てても彼らがお金を稼いできてくれるやろう。
私はそれをベッドの上で、待ってればええ。
……そうや、そう言えば話せてなかったことがあったわ。
「マーサ、ソール君。ちょっとええか」
私は、残りの銀貨を袋に入れてマーサとソール君を前に呼び出した。
「明日からの三日間。私は別荘に籠らなあかん。……リハーサル当日まで、現場のことは一切任せるわ」
一瞬、その場の空気が凍りついた。
こんな時に何を言ってるんやって顔やな。
まぁそれもやむなし。
「代行はソール・マーニ。今回の屋台の件、アンタの判断は完璧やった。……残りの期間、スタッフの教育とメニューの最終調整は、アンタとマーサで進めて。……ええな?」
「……ギルマス。本気、ですか?」
ソールの赤い瞳が、私を射抜く。
そんなふざけているのか、みたいに言われても仕方がなかった。
私だってこの体の不調はどうにもならん。
◇
別荘の自室に戻った瞬間。
私は重厚な扉に手をかけたまま、床に膝をついた。
───ズキン
───ズキンズキン
ほっとしたのか頭に靄が掛かり始める。
脳の奥を直接叩かれるような鈍痛にゆっくりと頭の中が支配していく。
時間はもう残されてなさそうやった。
視界の端から色が抜け、代わりに聴覚が異常なほど鋭敏になっていく。
波の音、風が窓ガラスに当たる音、人の足音、一階にある立て掛け時計が秒針を刻む音。
音が私の脳裏を虐める。
うるさい───、もうこんなにうるさいんか。
「アカンわ……もう瞼が落ちてしまう……」
残り僅かな理性を振り絞り、這うようにしてベッドへと移動する。
『私』でいられるのはもう少しだけ。
ミヤハが言うにはもう少しすれば、『彼』が私の心と入れ替わりで出てくるらしい。
その前に着替えだけでも……って、思ったけど。
……それも無理そうやな。
「…………ッ、……あかん、……もうムリや」
押しとどめていた仕事人の顔が強制的にオフモードに切り替わってしまう。
瞳を閉じて、微睡に私は意識を手放した。
───ドクン
心臓の鼓動と共に一ヵ月ぶりに俺は眼を醒ました。
状況は大体知っている。またこの面倒な時期が来やがったか。
俺は下腹部の鈍痛に苦しみながら、這うようにしてベッドサイドの引き出しを乱暴に開けた。
中に詰め込んであるのは、ミヤハに持ってこさせた、鎮痛効果のある丸薬とカカオの塊───大量のチョコレートだ。
俺は直接噛み砕くようにして黒い塊を口に押し込んだ。
暴力的なまでの糖分が、震える血管に流し込まれていく。
(……この感覚、いつもながら最悪だな。魂が男でも、この器は容赦なく女の理屈を押し付けてきやがる……。一滴残らず、血を持っていかれる気分だッ……)
俺は投げ出された髪の毛を乱雑に一つに結び、棚に仕舞われた黒のメタルフレームのスクエア型眼鏡をかける。
チッ───イライラするぜ。
「ミヤハ! こいッ!」
顔からは滝のような脂汗を掻きつつも、俺の女の名を口にする。
足先が、氷のように冷たい。
汗は止まらないというのに、体の中だけが凍てつくミーミル湖の底に沈められたように凍える。
「サーシャ様⁉ ……もう始まってしまったんですか!」
扉の前でノックするミヤハ。
俺はそのノックの音、女の声さえも不愉快だったが、声を絞り出す。
「俺だ。……予定通りに来ちまったよ。準備はできてるだろうな?」
「……」
ミヤハは無言で扉をスッと開ける。
扉から覗く目は、俺を軽蔑するような無関心ともいえるような、冷えた目だった。
「アレックス。もう、サーシャ様はお眠りになっていらっしゃるのですか?」
ミヤハが厚手の毛布と薬を置いたのを確認して、俺はフッと息をつく。
それからアレックス、と呼ばれた俺は「ああ」とだけ返して、ベッドの上で丸くて苦いチョコレートを貪った。
期限にして三日から四日。それが俺こと『アレックス』が表にいられる消費期限だ。
「ミヤハ、誰もこの部屋には入れるなよ」
「命令しないでください。私はあなたの従者ではないので」
「分かってねえなぁ。こちとらイライラする頭を押さえて、ここに残ってやってんだ。いいんだぜ?フロストのところに行ってめちゃくちゃにしてやっても」
「……下衆が」
「クククククッ……好きに言ってろ。俺が善意でここにいることに感謝するんだな。出なきゃとっくの昔にお前とサーシャの関係は壊れているんだからよ」
「……黙れ」
「テメエが俺に惚れてたなんてことも、サーシャのやつには言ってねえだろ?」
「黙れッ!!」
俺がそうやって少し揶揄ったら、ミヤハからビンタが飛んできた。
俺はスウェーでそれを避けると、女の手を取ってベッドに引きずり込んだ。
華奢なこの器じゃ数秒だって拘束なんぞできっこないが、二秒もあれば十分だった。
ミヤハが驚きで息を呑むその僅かな間だけ、俺は彼女を制圧した。
「どうせ数日しか俺は留まれないんだ。精々楽させてくれよ、ミヤハ」
覆いかぶさって、獲物の首筋を見る。
昔から陶器のように白い肌が、ここにきてから少し日焼けしたらしい。
良い色に焼けてやがる。
「バカンスは楽しかったか? ミヤハ」
「……あなたには関係ない!」
ミヤハは俺を枕元に突き飛ばすと、荒い呼吸を整えながら立ち上がった。
カツカツと苛立たしげにブーツを鳴らし、扉の外から鍵をかけて去っていく。
「チッ……傍にいろよ……」
独りきりになった部屋。ミヤハの持ってきた毛布にくるまり、俺は全身を襲う激痛を迎え撃つ。あとはただ、意識が途切れるのを待つだけの簡単な作業だ。
……あと何日これが続くかは分からない。
だが、なるべく早く消えてなくなりたいものだ。
こんな醜いだけの人格、とてもじゃないがフロストにだけは見せられない。
コメディ路線は変わりませんが、今回はちょっとだけシリアスに割きました。
書き方も少し実験的ですが、不気味さを少し出そうと頑張りました。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




