氷室のロックと白熊たち───蒼の洞窟は氷の金庫に変わるようです
陽が傾き始め、マリーン・ヴェイルの街がオレンジ色に染まり始めた頃。
私とマーサが別荘の門を潜ると、そこには「マリーン・ヴェイルの景観に対する暴力」ともいえるような光景が広がっとった。
「……なんや、あの白熊の集団は」
門の前に整列しとったんは、上裸に毛皮を羽織り、湯気を立てるほどにビルドアップされた筋肉を持つ男たち。ヨトゥンヘイムが誇る氷のスペシャリスト――アイスマンたちやった。
「おぉ、お嬢! 久しぶりだな!」
「アンタら……なんでここにおるんや? まさかストライキか? 労働改善要求なんか?」
私が戦慄と焦燥に浮き出る額の汗を拭いながら訊ねると、親方が自慢の僧帽筋をピクつかせて笑った。
「いやなに、北国も今は氷点下二十度。春の陽気で仕事も一段落したんでな。数人ずつ交代で『休暇』を貰って、お嬢の顔を拝みに来たんだよ。ほれ、土産だ」
(……氷点下二十度を『春の陽気』て。アンタらの細胞、シリコンでできとんのか?)
突っ込みを飲み込み、彼らが持参した巨大な木箱に目を向ける。耐熱材で何重にも包まれたその箱からは、周囲の熱気から隔絶されたような、猛烈な冷気が漏れ出しとった。
「土産が氷って……助かるけど……」
(ヨトゥンヘイム領の男ってみんなこうなんか?)
アイスマンたちを邸の扉前で和やかに出迎えていた私の婚約者様も、首を傾げながらこっちをみてくる。今日は一日ずっと外出してたフロストやけど、それにもひと段落ついたんか、邸に戻ってたみたいやな。
「フロスト、もう用事は済んだんか?」
すると彼はアイスマンたちから私に向き直って、泰然とした笑みで頷き返した。
「ああ。おかげ様で恙なく。サーシャの方も変わりはなかったか?」
彼の笑顔は優しく、私の疲れを飛ばしてくれる。そんな笑顔にこっちまで、オフモードになりそうなのをグッと堪えて、私はまだ仕事人の顔を維持した。
「問題ないわ。今日も朝からメニュー開発したり、かき氷機の試作品作ったり、色々あったけど。とりあえずはまとまりそうってとこ。───そういや、今日何してたん?」
「こっちはあまり面白い話でもないからな。それより、アイスマンたちの氷を洞窟に運んでもらった方がいいんじゃないか?」
そうにこやかに、話を逸らそうとするフロスト。
そんなことを言われてしまえば、余計に気になるっちゅーはなし。
そういえばフロスト私兵団の皆さんのメンツが変わってるような気がするけど、それに関係あることやろうか。
「……! サーシャ、よく気づいたな。……実は連れて来るメンバーを今日は入れ替えたんだ」
「ああー、確かに私のお守りをずっとさせるわけにもいかんしな」
私がそういうと、フロストの他に私兵団のみなさんまでも首を振った。
「サーシャ、それは違うよ。こいつらはみんな君といられることを喜んでる。強制されている、だなんて思ってないさ」
フロストはそうにこやかに言うと、後ろの私兵団のみなさんは指で×印を作った。それはどうやら違うらしい。
「やっぱりマリーン・ヴェイルも、所々に人目がつかんところもあるし、危険やもんなー。ありがとうございます、みなさん」
私はフロスト私兵団のみなさんにペコリとお辞儀をした。
頼んだわけやないけど、そういう優しさの上で私の活動は成り立ってることは承知してる。せやからお礼を言うのが筋やと思った。
「いや……これはなんというか、───お互い様な部分があるんだよ、サーシャ」
フロストは私が探りを入れていることが分かったんか、ポリポリと黒髪を掻いて、説明するべきか悩んどるみたいにみえる。
「お互い様って?」
「こっちに来ている部下は、俺と一緒でみんな戦場が忘れられない奴らなんだ」
「どういうことや?」
ずいっ、と近づく私に誤魔化しは無駄と観念したのか、フロストは“面白くない話”と前置きしてから話を始めた。
「言葉通り、全員帰る場所が戦場だと思ってる気性の荒い奴らでさ。このまま村に帰っても仕事も碌にできやしない。だから治療も兼ねて、こいつらにも平穏ってやつを楽しんでもらおうと思ってさ。気性の荒いやつから連れてきて、マリーン・ヴェイルの潮風に当ててるんだ。───サーシャの笑顔は彼らにとってもいい薬になるからな」
フロストはそう言いながら後ろに控えるフロスト私兵団を見る。
そこには全員鋭い目つきで、すぐにでも戦いを始められそうな、歴戦の風格を漂わせる古強者たちの姿があった。
確かにその瞳には油断や平穏とはかけ離れた、常に警戒を怠らない闘争心のようなものすら感じられる。
フロストが彼らを私の護衛に着けるのは、そういった日常には不要な神経の研ぎ澄ましを撓ませることにあるのだと教えてくれた。
「みんな君の前では穏やかになれるんだ。サーシャにはそういう『戦争』から俺たちを遠ざける力があるように思える。迷信の類だと思ってくれて構わないけど、俺はそういう力があるって信じてるんだ」
迷信深いなんて思わないでくれよ、と気恥ずかしそうにフロストは私にそう語った。
なんやこいつ、PTSD発症した仲間連れてきてたんかいな。確かにたまに邸の中で絶叫とか聞こえて来てたけど、そういう気晴らしなんかと思ってたわ。
「あそうなん? だったら、護衛のみなさんも楽しい平和を思い出せるようにたくさん連れまわしたるわ。そっちの方がご主人様は喜ばれるみたいやし」
フロスト私兵団のみなさんは指で×を作りながら、無言の抵抗をしてたけど、そういう茶目っ気のある人たちならすぐに平穏に帰れるやろう。
今はフロストに喋ることを許可されてないから、私との会話はできへんけど。
許されるようになったら話をしてみたいもんや。
……せやから今はまぁ、───せいぜい連れまわしたろうか。
まずは、アイスマンたちの氷を砂浜の洞窟に持って行くところからや。
◇
邸から浜辺まで馬車で五分。洞窟の入り口で、私たちはその「土産」と対面した。
木箱の蓋が開けられた瞬間。
現れたのは、直径一メートルはあろうかという、完璧な、あまりに完璧な『真球』の氷の塊やった。
「…………っ、……おぉ」
フロストも、運送係のロックも、その美しさに息を飲んだ。
鏡面のように磨き抜かれた氷の球体は、洞窟の蒼い光を反射して、まるで巨大なアズライトみたいな美しさで鎮座しとる。
(……ていうか真球って、こいつら偶然この形で持って来たんか……⁉)
「……親方、アンタ。なんでこの形にしたんや?」
「おう、よくぞ訊いてくれた。外で長く氷を持たせるならこの形が一番なんだぜ」
キラーン、と言いそうな真っ白な歯を覗かせて、アイスマンたちは自慢げに語る。
それに私は少し感動で体が震えた。
こいつらは自分達がどれだけ理に叶った形に氷を整形したんか、ほんまに分かってるんやろうか。
4πr²、つまり球体は、体積あたりの表面積が最小になる立体でもある。
前世やったらそれこそ中学生でも知っとる当たり前を、彼らは数学やなくて、自然との対話で「最も溶けにくい最強の形状」を導き出したってことや。
民間療法とか冷笑するタイプの私やけど、流石にこれには畏敬の念が湧いてくる。この形に至るまでに、どれだけの試行錯誤があったかは訊くまでもない。きっと何世代にもわたって編み出されてきた知恵なんやろう。
それが暗黙知にまで浸透してる彼らアイスマンの専門性には、前世の知識があるとは言え私も舌を巻く。氷のプロという肩書きに相応しいマッチョたちが味方にいるというんは、とても心強いものがあった。
「……さすがアイスマン。私たちの商売を支える、縁の下の力持ち達やな」
私が唸っていると、アイスマンたちの顔が急に険しくなる。見ると彼らは洞窟の床にできた「水たまり」を指差しとった。
洞窟の奥といっても最低限の熱は入り込んでくる。そのせいで一部が溶けてしまうのは仕方がないと、私は思ってたんやけど、アイスマンたちにはそれが許せんかったみたい。
「お嬢、……ここの管理、誰がやってんだ?」
「え? 運送係のロックたちやけど……」
ロックは鉄仮面の奥で「?(氷って溶けたらダメなの?)」という無邪気な空気を出しとる。
ロックたちにしてみれば、氷なんて初めて見るしどの状態が適切なんかも知らんわけで。教えたとしても、実際に溶けるのがどういう状況なんか。
どれぐらい溶けているのか、どれぐらいは許容範囲なんか、というのは体験してみんと分からんことやった。
せやからこれはアワアワしとる鉄マスクの巨躯のせいやなくて、ちゃんと説明をしてなかった私の落ち度やった。
「すまん、私の説明不足やった」
アイスマンの親方が溜息をつき、ロックの分厚い肩に手を置いた。
「いいか、鉄仮面のボウイ。氷の最大の敵は熱じゃねえ。『自分が溶けた水』だ。どういうわけか水滴のついた氷から溶けていく。スノコっていう特別なベッドを敷いて排水しねえと、氷は自分の出した水で溶けちまうんだよ」
「コーホー……?」
鉄仮面の巨躯が白熊の毛皮を被った巨躯に教えを乞うという状況が、シュールな笑いを誘うけど双方は至って真剣に話をし始めた。
そこからは、北国のプロによる怒涛の「氷室構築講座」やった。
アイスマンたちが持ち込んだ藁やおがくずが洞窟内に運び込まれ、湿った岩肌がみるみるうちに「機能的な壁」へと塗り替えられていく。
「へぇ~……そんな藁とかで変わるんやなぁ」
私もアイスマンの仕事を、勉強になるなぁ~、なんて思いながら悠長に見物する。
本来は門外不出のアイスマンたちの秘伝、みたいな方法なんやろうけど、今回は太っ腹にみんなに教えてくれるらしい。
私も勉強の機会を逃さんように、真剣にその作業風景を観察した。
中でも私が注視したのは、洞窟の中央に据えられたあの巨大な真球───土産に持ってきてもらった『マザーアイス』やった。
アイスマンたちは、地面に直接置くのではなく、厚手のスノコの上にその巨体を鎮座させた。そしてその周囲を、小ぶりな氷のブロックで隙間なく埋め尽くしていく。
「あぁ、なるほどな。冷気の『核』を作るんか」
中心に巨大な氷の塊を置くことで、冷気の熱慣性を最大化させる。周りの小石みたいな氷が「外壁」になって先に溶けることで、本尊であるマザーを死守する……。
なるほどなぁ。ただ並べるだけやと一つ一つの氷が個別に溶損されていくけど、こうやって集約させれば、洞窟全体が一つの「巨大な凍土」に化けるっちゅーわけか。よう考えられてるわ。
「おがくず撒いてけー、 氷の隙間をおがくずで埋めるんだ」
アイスマンの指示に、ロックたちが機敏に動く。
おがくずが氷の表面を覆うたびに、あんなに激しく立ち昇っていた白い冷気の漏れがピタリと止まった。これは冷気を逃がさんためだけやなくて、外の熱気を氷に触れさせんくするための、氷のための城壁みたいな感じか。
「すごいな。あんだけ洩れてた冷気を今は全く感じへんわ……」
「まだまだ。仕上げが残ってるぞ」
最後に彼らは入り口に厚い布と木材で二重の仕切りを作った。
マリーン・ヴェイルの熱風が、この「二重扉」というフィルターを通る間に、洞窟の底に溜まった重い冷気に押し返されて、中まで届かなくなっている。
「……よっしゃ、これで完成や。鉄仮面のボウイ、ここが今日からお前の戦場だ」
親方に肩を叩かれ、氷室の前に立ったロックが鉄仮面を「コーホー」と鳴らして深く頷いた。
数分前まで、ただ「氷が置いてある冷たくて綺麗な洞窟」やった場所が、今や『夏まで耐えれる最高の氷室』へと昇格しよった。
(……このスプリングフェスだけのために使うには、勿体なすぎる贅沢な氷室が出来てしもうたな。スプリングフェスが終わった後も、これならココを使い続けるのも全然アリになって来よった)
全く溶けない氷室を手に入れた私は、仕事を切り上げて海の家に戻ることにした。
リハーサルまで残り三日。看板とか、かき氷機とか、そもそも前提として本当にかき氷は売れるのかとか。色々不安は残るけど。
今日はたくさん動いたし、残りはまた明日の自分に丸投げしたらええやろう。
海の家に戻って、そんでアイスマンたちにも冷えたエールの味を楽しんでもらおうやないか。
氷室だからロックという名前にしたわけではありません。
偶然です。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




