かき氷機はチョウベーが1時間半で作ってくれました───その後30分で壊れました。
一時間半後。
他の仕事を済ませて再び、路地裏の金物屋『鉄の牙』に顔を出した私とマーサに、チョウベーさんは裏の工房に案内してくれた。
そして時間通りに魔改造された『アイスジロール ver1.0.0』を机にゴトッ、と置いた。
「さぁ、これが嬢ちゃんのアイデアで作ったかき氷機だ」
それは太い綱が突き出した、無骨な鋼の円筒やった。
「仕組みは単純だ。紐を引いて中の刃をぶん回し、重力で氷を押し潰して削る。やってみてくれ」
円筒の蓋をパカッと開けると、円盤状の氷が入れられるように、中はポッカリと空いとった。これなら、氷を叩いて腱鞘炎になるなんて事もないやろう。紐を引っ張るだけやし。
“ていうかこれ、でっかいブンブンチョッパーみたいやな”
そんなことを思いながら、私は慎重に持ってきた実験用の氷を『アイスジロール』に落とす。
蓋の裏には螺旋状の中心軸と、その軸に重りを兼ねた巨大な平刃がセットされてる。紐を引っ張ったら、この螺旋の中心軸が回転して、平刃が表面の氷を削るって寸法らしい。
「……よし、引っ張ってみな」
チョウベーさんの合図で、マーサがアイスジロールのハンドルを握った。
「では、参ります」
キィィィィィィィィン……ッ!!
耳を刺すような、鋭い氷の切削音。
次の瞬間、底面のスリットから、キラキラと輝く「雪」が器へと舞い落ちた。
「驚いた……一時間半で、ここまでの精度かいな」
積もっていくのは、波打つような純白の花びら。
光を透かすほど薄く、まるで最高級レースの切れ端みたいに落ちて行くそれを見つめる。
賞味期限は、持って三十秒。すぐに形を失い消える魔法のような一カケラを、私は指先で掬って口に運んだ。
「……っ、……美味しい。これや、間違いないわ」
(このシルクのような口溶け……心なしか、前世の夏祭りで食べたやつより数段『高級な味』がしよる。これなら勝てる……!)
これならイケる。そう勝利を確信して、マーサやチョウベーさんにも振る舞うと、「これは……まぁまぁ!」「馬鹿ウメェな!」と絶賛の嵐。
そんな最強のかき氷機が、なんと1時間半で完成してしまった。
いや、チョウベーさんが凄すぎるやろ。アンタ何者やねん。
「チョウベーさん、これだけの技術力がありながら金物屋さんだけやったら、勿体ないですよ!」
できるならすぐさま囲って、私のアイデアを形にする技術顧問になってもらいたい。
そんな願望混じりの瞳でチョウベーさんを見たけど、彼は頭をポリポリと掻いて、苦笑した。
「ちょっと隠すのは難しそうだな」
チョウベーさんはマーサに視線を向けると、マーサは頷いて私の方を向いた。
「バイカル様。こちらのチョウベー殿は、元五代目鍛冶師ギルドのギルドマスターでございます。現在は六代目に引き継ぎ、隠居中の身なれば。引き抜きなどは難しいかと」
「なんとっ⁉ おっちゃんレジェンドかいな」
「そう言うこった。嬢ちゃんの『ノヴァーリス商会』がもうちょっと大きくなったら、声掛けてくんな。名前は憶えといてやるからよっ」
私のノヴァーリス商会では、まだ彼ほどの人材を雇うだけの実力と名声が足らんかったらしい。もっと実力をつけた時に、またチョウベーを誘いに来てみようか。
「どんぐらい有名になったらウチに来てもらえる?」
「ノヴァーリス商会がかい? そうだな……嬢ちゃんのギルドが『世界レベル』で戦うようになった時に、俺も参戦させてもらうぜ。国内で戦ってるようじゃ、まだまださ」
そういってチョウベーは、ガッハッハッ、と快活に笑った。
それには私も仕方がないと諦める。
今の私じゃ手に負える人材じゃなかったってことや。素直に諦めよう。
けど、青田買いはできるかもしれんよな。
丁度、奥の扉から見てる彼の弟子らしき人たちもたくさんおるし。
残ったかき氷をご馳走して、今の内に唾つけとこうか。
「さあ、チョウベーさんが作ってくれたかき氷機や! これとウチの氷の抱き合わせ商法でもかなりのヒット飛ばせるで~!」
紐をマーサがブンブン振りながら次々と氷が器に盛られていくのを、お弟子さんが口にしていき、それぞれ「冷たくてうまい」とか、「おお」という無難な感想を漏らした。
氷を食べる習慣なんてない人たちやけど、この暑い日差しが差し込むマリーン・ヴェイルで、炉のような高温な場所におるんや。
アイスなんて冷たくて甘い甘味はたまらんやろう。
「うんめぇなぁ」「頭キーンってしてきた!」
「あっ、それ魔女の呪いやでー」
そうやって二十人以上の弟子さんたちに、ロハでかき氷を提供していた幸福な試食会が続く。
……本来ならそれで終わるはずやったのに。
勝利の予感はすぐそこまで迫っていた。……けど、悲劇は唐突に訪れてしまう。
ガリッ! メキメキッ!!
不吉な異音が、工房の熱気を一瞬で凍りつかせた。
アイスジロールが激しくガタつき、紐がぷつりと力なく垂れ下がる。
「……ひぃっ!?」
私の口から悲鳴が洩れる。
慌てたようにマーサが再びヒモを引っ張っても、アイスジロールは激しくガタつくだけで、新しいかき氷は作ることができんくなってしまった。
「……やっちまったか?」
半笑いでチョウベーさんが蓋を開けて中を覗く。
「んぉー……こりゃあ、噛んじまってるな」
どういう意味かと思って私も続いて中を覗いた。
すると氷の礫が刃に噛み込み、頑丈なはずの軸が、飴細工みたいにひん曲がってしまっていた。
「私のかき氷機がァァァ!」
私は、無残に沈黙したプロトタイプを見て膝をついた。
削りは完璧。せやけど、氷の『硬度』を舐めてたらしい。手回しの不安定なトルクでは、この「天然のダイヤモンド」には勝てへんかったんや。
「……やはり付け焼き刃じゃ、神様の作った氷には勝てねぇか」
チョウベーさんが悔しそうに呟いた、その時。
周囲でその光景を見ていた弟子たちの目に職人の火が灯った。
「チョウベーの親方!ぜひ俺にこの仕事を!」
「いや僕がこの玩具の担当になります!」
二十人近いむさい若者たちが、壊れたかき氷機を前に、親方に猛アピールを開始する。彼らもこの道具に大きな夢を見たのか、自分の仕事そっちのけで、開発に参加したいと言い始めた。
「いやそれは有難いけど……仕事の方は大丈夫なん?」
お弟子さんたちに訊くと、その一人が元気よく、
「不眠不休でやればすぐですよ! さぁ、その面白そうな器械、俺たちにもしっかり見せてください!」
と言ったので任せることにした。普通に不眠不休とか言ってる頭のおかしい奴らやけど、何とかするという責任感だけは感じられた。
◇
そこからの展開は、私を置き去りにした技術屋たちの「戦場」やった。
「いいか若造ども!これじゃ平刃の食いつきが甘ぇ! 押さえをダブルスプリングにして『定圧送り』にしろ! んで輪列を組み直して減速比を三倍に叩き上んだ! それでトルク不足を力業でねじ伏せんぞ! 軸受は低温脆性を殺した秘蔵のメタルでも嵌め込んどけッ!」
「「「「おぉおおおおおお!!!」」」」
専門用語と火花が飛び交う現場で、私とマーサは完全に「戦力外」として蚊帳の外へ。しょうがないから、私は職人たちの熱気を背中に感じながら、脳内手帳の『プランB』を高速で修正を加えることにした。
(……ふーむ。これでもしかき氷機が間に合わんかったら、あの砕いた氷を売らなアカンのか。
……よし、ミヤハに連絡して、野菜を棒に刺して氷水で冷やして売る『冷やしキュウリ』と『冷やしトマト』のラインも確保させとくか。いや春やから『冷やしイチゴ』か……?
ともかく最悪のパターン考えて、『八百屋ルート』も考えとくか……)
三日後のリハーサル。それが私たちの、デッドライン。
“最初はただアイスクリームを売るつもりやったのに、なんでこんなに私は追い詰められてるんやろう……”
そんな不安で胃がキリキリと鳴る中、別荘から一人の伝令が飛び込んできた。
「バイカル様! ヨトゥンヘイムより、増援が到着しました! ……門の前が、大変なことになっています!!」
「増援……? 誰や、聞いてへんぞ」
「嬢ちゃん行ってやんな。こっちは任せておけ。ぜってえ間に合わせてやるからよ」
チョウベーさんに背中を押され、私はマーサを連れて別荘へと急ぐことにした。
邸の前に待つのが一体何者なのか、不思議と嫌な予感はせんけど……面倒ごとの予感はした。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




