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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
アイス・イン・ワンダーランド編

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看板娘と、売れない絵画の損益分岐点

 別荘の最奥、普段は国賓(こくひん)級の客を招くための優雅な客間。

 しかし、今のそこは二名の囚人を捕らえた「缶詰部屋」に成り果てとった。

 【ノヴァーリス商会・デザイン戦略室】。……またの名を、『看板を仕上げるまで一歩も出られへん監禁部屋』。


 私の資産(びぼう)を無断でポスターにして街中に晒した愚か者たちが、その罪を筆で(あがな)うまでを見届ける、慈愛に満ちた説教部屋や。


 看守役は、フロストが自ら買って出てくれた。


「サーシャをビキニで描くなど万死に値する。そしてそれを止められなかった俺も罰を受けなければならない」


 フロストは私以上に怒り狂い、そしてその怒りはヴァイノと自身に向けられとるようやった。ヴァイノは部屋から出さず、自分もまた部屋の前に立つことで反省しとるらしい。……暇なんやろうか?


 一方、共犯者のウルスラを同じ部屋にブチ込んだのにも理由がある。

 本来なら彼女の分厚い財布から「損害賠償(モデル代)」を(むし)り取って解放するのが商人としての正解やけど、ミヤハがこう(ささや)いたんや。


「同じ部屋に二十四時間閉じ込めれば、否が応でも相手の『嫌な所』が見えてきます。それで幻滅すれば、ウルスラ様の片思いも覚めるかもしれませんよ」と。


 我がメイドながら恐ろしい提案をすると、その時は戦慄したものや。

 さらにミヤハは、「出てきたら酒の肴にどうやって冷めたか話してもらいましょう」と、血も涙もないことを言ってたから、私もその甘い悪魔の囁きに負けてウルスラを部屋に閉じ込めてしもうた。


「さーて、どんな熟成された陰の空気になっとるんやろか。楽しみやなぁー」


 私は、扉の前で抜刀したまま待機しとる「最強の番犬(フロスト)」に合図し、重厚な扉を開けてもらった。


 その瞬間、鼻腔を突いたんは油絵具の鋭い刺激臭と、徹夜を重ねた人間が放つ「絶望の臭気」。

 私はそれに扇子で笑いをこらえる口元を隠しながら、シンッ……と静まり返った部屋を見渡す。

 床には描き散らされたクロッキーが雪のように積み重なり、壁には描きかけのキャンバスが屍のように立てかけられとる。


 隅には、消しゴム代わりに食い散らかされた「パンの残骸」が山をなし、ウルスラはソファで抜け殻になっとった。


「……進捗はどうや、二人とも。締め切りという名の死神は待ってくれへんでー。滞留しとる在庫(アイデア)はよう吐き出さんかい」


 懐から取り出したハリセンを持って、パシンパシン、と手の内で鳴らす。


「……無理。インスピレーションが、マリーン・ヴェイルの海底に沈んじゃった……」


「サーシャさん……描いても描いても、納得いかなくて。……いっそ、今度は裸体とかどうですか。写実の極致を目指したいんです」


 ヴァイノがバキバキに充血した目で、震える筆を握りしめたまま迫ってくる。


「……やはり、生かしておいては後顧(こうこ)の憂いになるな」


 笑顔で部屋に入ってきたフロストが、迷いなくブロードソードを振り上げた。


「待てフロスト! お座り!!」


 慌てて彼を椅子に押し込める。危ない、この部屋を事件現場にするわけにはいかん。


「よーし……フロスト、アンタはそこで睨みを利かせといて。ヴァイノは私に借金があるんや。やるなら『納期』を守らせた後、好きにしなさい」


 どーどー、とフロストを鎮め、私は散乱したデザイン案を数枚拾い上げた。

 透き通るようなミーミル湖の氷。躍動感あふれるマリーン・ヴェイルの波。どれもヴァイノの写実力が光る、非の打ち所がない出来栄えや。


「ええやん。これで行こうや。損切りも大事やで?」


「No!」


 意外にも、二人が同時に声を上げた。


「これじゃ『普通』なんだよ! ノヴァーリス商会は、マリーン・ヴェイルの常識を壊す店でしょ!?」


 ウルスラが食い下がり、ヴァイノもフロストの殺気に耐えながら訴える。


「そうです……! これらはただの『景色』です。僕が描きたいのは、見た瞬間に客の足を、いや、心ごと氷漬けにするような……逃げ場のない『美』なんです……!」


 ……あかん、芸術家モードに入りよったわ。この二人、銭勘定より「こだわり」に走り出しおった。というかヴァイノはともかくウルスラまでどうしたんや……?


 ───いやそんなことより、今は商売人として、この停滞は看過できん。


 なんとかこいつらの頭にあるもんを言語かせんと。頭でこねくり回しとるだけやったら、何も生まれるもんも生まれてこうへんわ。


「……わかった。アンタらが求めてるんは、景色やなくて『欲しくなる美』やな?」


「欲しくなる美……?」


そうなのかな、と疑問符を浮かべる二人を相手に私は会話で二人の思考を誘導する。


「せや。私のビキニポスターがあれだけ人を集めたんは、そこに『生々しい欲望』があったからや。二番煎じは三流やけど、あのインパクトだけは継承せなあかん。あんたらもそう思ってるんやないの?」


 そういうと、二人は「そんなこと全然考えてなかったけど、そうなのかも」という顔をし始める。

 私は埒が明かんと思って、ソファで項垂れる「金融の魔女」を指差した。


「せやったらヴァイノ、アンタが描くべきは、そこに座っとるウルスラや。ノヴァーリス商会の真の『看板娘』の肖像や」


 ウルスラが「……えっ?」と顔を上げた。ヴァイノの筆が、ピタリと止まる。


「ウルスラは、アンタから見てどうや。華奢で、(はかな)げで、磨かずに光るダイヤモンドの宝石そのものやないか」


 ヴァイノは俯き、筆を折れんばかりに握りしめた。


「それは……その通りだと……思います……けれど……」


「アンタの『ありのままを暴き出す筆』で、この少女の真実をキャンバスに叩きつけてみ。その衝撃で、マリーン・ヴェイルの連中を黙らせるんや」


 ヴァイノの視線が、ゆっくりとウルスラに向かう。


 夕暮れの斜光が窓から差し込み、ラベンダー色のドレスに身を包んだウルスラの白肌を、紺碧の海からの反射が淡く、神秘的に染め上げていた。


 その瞬間、ヴァイノの瞳の中に、言葉では言い表せんような「(もや)」がかかったのを、私は見逃さへんかった。


 それは、ビジネスライクに私を見ていた時にはなかった、ひどく重く、濁った、それでいて純粋で野性的な『独占欲』という名の情動のように、私の眼には映った。


「……ウルスラ様を……描く……」


 ヴァイノは呻くように呟き、筆を置いた。


「サーシャさん。……一つ、聞いてもいいですか」


「なんや」


「……『売れそうにない絵』になっても、いいですか?」


 横で聞いていたウルスラの顔が、一瞬で凍りついた。


「……え? それって……そういうこと……だよね」


(……私は看板娘になる魅力もないってこと!?)と、ウルスラの心の声が顔に悲しみとしてダダ漏れとる。彼女は物悲しそうに自分の平らな胸に手を当てた後、私の胸をチラ見して、深いため息と一緒に項垂れた。


「アホ。たぶんアンタが考えてる意味で言うたんとちゃうよ、ウルスラ」


 私は放心状態になりかけた悪友の肩を抱き、床に散らばったボツ案のクロッキーを一枚拾い上げて、ヴァイノの目の前に突きつけた。


「なぁヴァイノ。アンタが描いた私のポスター、あれは確かに素晴らしかったわ。構図もダイナミックで、何より流行を取り入れた『売り』がハッキリ客観視できてた。『この女を官能的に描いてやるぜ、お前らもこういう胸のデカい女が好きなんだろ』っていう、冷徹なまでの計算が透けて見えるくらいにな。……せやけど、この描き殴ったウルスラのスケッチは何や?」


「あ、……それは、その」


 ヴァイノが目に見えて狼狽し、顔を赤くして視線を泳がせる。

 私が拾い上げたのは、休憩中にウルスラをこっそり描いたと思われるラフ画やった。それは私のポスターの時とは明らかに「筆の熱量」……いや、執着の深度からして違っとった。


 看板としてのインパクトや視認性は完全に無視され、ただ、ウルスラの長く繊細なまつ毛の影、ふくれっ面をした時の唇の柔らかな質感、ペンを握る細い指先の角度……。


 第三者が介入する隙間のないほど、執拗なまでに「彼女の愛らしさ」だけが、偏執的な細かさで塗り込められとる。この『可愛いだけでどこを見て欲しいのか分からない絵』を見て、私は確信が持てた。


「……なるほどな」


 後ろで腕を組んでいたフロストも、そのラフを覗き込んで、何かに得心がいったように呟く。


「フロスト、アンタも気づいたか?」


「ああ。絵のことはさっぱりだが……ヴァイノ。君は、彼女を衆目に晒したくないんじゃないか?」


「ッ…………!」


 フロストの『武人の野性の勘』によるド直球の指摘に、ヴァイノは耳まで真っ赤にして俯いた。


 ビンゴや。こいつ、ウルスラを不特定多数に消費される「商品」に落とし込みたくないんやな。


 自分の筆で彼女の全てを詳細に暴き出し、独占したい。

 でも、それをスプリングフェスの有象無象に『見せびらかす』のは、一人の男としての独占欲が許さへん。


 だからこそ、彼の「本気」は、万人受けする商業用の絵にはならん……つまり無添加の『売れない絵』に()()()()()()、ということなんやろう。


(ちゃんと言葉にせえよ。……と言いたいところやけど、この絵を見てしもうたら、もうこれ以上は無粋でなんも言えへんなぁ……)



「……おもろいやん。ヴァイノ、アンタの言う『売れそうにない絵』ってのはな。商売の言葉で言えば、『ターゲットを極限まで絞り込み、純度の高い熱狂を生む強固なブランド戦略』や。その『感情の重み』、看板に乗せてみ」


「……いいんですね」


 私はヴァイノの肩を力強く掴んだ。


「やってみ。アンタが本気で描いた『売れない絵』。もし本当にそれが描けるなら、この部屋から出してやるわ」


(最悪、売れんかったら氷の絵に差し替えるだけやしな!)という非情な予備プランは心の金庫に隠して、私はヴァイノの背中を叩いた。


「……本気で描きます。僕にしか見えていない、売りたくない(売れない)ウルスラ様を」


 ヴァイノの血走った目に、かつてない光が宿る。


 一方で、ウルスラは相変わらず「売れない……私、可愛くない……」と、部屋の隅で体育座りして、キノコが生えそうな勢いで拗ねとった。



高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。

ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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