メイドと悪友の姑息な罠───いつの間にかビキニでポスターになっていました。
入江の洞窟という新たな氷の保管庫を見つけた私たちノヴァーリス商会の次なる仕事は、人材発掘にあった。
正社員であれバイトであれ、人材不足に偽りはない。来た者拒まず、去る物逃がさず。兎にも角にも人集め。
スプリングフェスまで残り一週間という、超過密スケジュールの荒波に耐えうる人材を私たちは求めとった。
そうして始まった人材登用一日目。
化粧をバッチリ済ませて、ミヤハの用意した服に袖を通す。今日の服装は至って真面目。首元はキッチリと詰まった高い襟に、シルク素材の光沢あるサファイアブルーのアンサンブルにロングスカートや。
最後にウエストを太いレザーベルトで締めるとあら不思議、気分はまるで女社長。
「さて、面接会場は別荘の庭ザマスね。行きますわよ、ミヤハさん」
「なんですかその変な喋り方……まぁ、変なのはいつものことですけど。今日は輪をかけて奇妙ですね」
ミヤハはそう言いつつ、自分のメイド服を改めて確認する。彼女のメイド服には一点の汚れもほつれも存在せん。
普段と違うところを上げるとすれば、今日は伊達眼鏡をかけていないところやろう。
「眼鏡どうしたん?」
「今日はシュガーライク様の眼鏡と交換しているのでございません」
掛けるわけにもいきませんので、とミヤハは言いながら私に紅茶を淹れてくれる。色々と前提条件からおかしい気がするけど、第一に───
「……あれ伊達眼鏡やないん?」
と、当然の疑問を口にする。度ナシレンズなんてシュガーライクがかけたら全然見えへんやろ。
「はい。ですから今日は仕事をしている間、彼はそれに気づかず、資料に顔をつけながら……ふふっ…頑張っていらっしゃいましたよ」
シュガーライク様は朝が弱いんです、とミヤハは笑いを堪えている。
私の着替えとか自分の着替えとか色々あったはずやけど、その僅かな時間を使ってシュガーライクで遊んでいるらしい。
もはやここまで行くと意地なのでは? と思えなくもなかった。
「フロストの準備はええかな?」
「後からいらっしゃるそうですよ。……フロスト様は完成されたポスターを見てから、少し『情緒』が不安定なご様子でしたので」
……情緒とは?
「なんやそれ、嫌な予感しかせえへんけど……」
「有り体に言えばご乱心といいますか。街の掲示板に貼られていると分かった途端に、衛兵の皆さんを置き去りにして、ポスターの回収に走って行ってしまいました」
「なんでそんなこと……? ミスでもあったんか?」
フロストが裏で何をしとるかは知らん。けど、今まで彼が私のやることを邪魔した覚えはない。とすれば有益なことには間違いないんやろうけど……情緒というのが引っ掛かった。
……せやけど今はそれに構っとる余裕はない。
一人か二人、いてくれるはずの応募者のために、私は全力を尽くす必要があるからや。
「まあ、そういうことなら……先にどんな人が来てるか見てこようか」
面接会場である客間には一人ずつ入ってきてもらう予定やった。それまではホールに並べられた椅子に座って待機してもらう。
まあ、そもそも椅子に座るだけ人が来てくれるかもわからん状況やけど、ヴァイノたちが作った募集チラシの効果を期待して、椅子は三つ用意させてもらった。最低でも五人は欲しいところ。
そうでなければ、氷の搬送などフロスト私兵団の方々に頼まんとあかんくなる。あの人達は私の部下じゃないから、単純に善意で私を守ってくれてるにすぎん人達や。彼らの本来の仕事は私じゃなくてフロストの護衛にあるからな。
そう言う人たちを顎で使う気にはなれんかった。私から給料を払ってないなら猶更に。
ちょっと意味合いは違うけど、友達の友達に文化祭の手伝いしてもらう、みたいなもんやからな。気まずいなんてもんやない。
だから私は最低でも二人、私の指揮下で動かせる人材が欲しかった。
……そしてできれば女性が望ましい。
……できれば二人とも。
「フロストのやつ……もうちょっと警戒心緩めてくれたらええんやけど……あれだけはほんま玉に傷というか。勿体ないよなぁ」
どんな時でも、たとえそれが自分の護衛であっても。
男が私の近くにおると、フロストの機嫌はすこぶる悪くなる。
主に私の近くから離れなくなるので仕事にもならん。
なので面接は女性有利で。というか、来てくれた女性は全員採用してもいいとすら考えとった。それぐらいの人材不足に私たちは喘いでいるということやった。
それから私は二階にあてがわれた私室から、ミヤハを連れて退室した。
ミヤハが言うにはすでに一階には、今回の応募者が椅子に座って待っているのだという。
これで一人や二人なら涙を呑んで、人材募集を早くに仕掛けなかった私を叱責するほかないけど、この数日でポスターや広告の効果はあったやろうか……?
「さてさて、どのぐらいいるからな……っと」
中央階段に差し掛かった瞬間、私は足を止めた。
吹き抜けのホールから上がってくるのは、穏やかな別荘の空気やなくて、ねっとりとした熱気と、……野太い喧騒やったから。
“なんか異様に騒がしくないか?……空気の入れ替えで扉を開けてるんやろうか?”
小首をかしげながらも、カツカツカツ、と。
再びハイヒールの音を鳴らして二階の廊下から中央階段と、一階の様子が徐々に見えてくる。そしてはっきりと聞こえてくる喧騒。
五人十人ではない───
───百人以上の人の呼吸?
その全てが見えた瞬間、私は脊髄から声が飛び出した。
「コミケ会場か!!」
十人十色では収まらない個性豊かな人、人、人。
ホールの椅子を埋め尽くし、壁際に立ち並び、入り切らずに庭まで溢れ出した――優に二百人を超える人間の群れ。
数日で集まったなんて考えられない量の人間が、なぜかノヴァーリス商会の出店のスタッフとして応募してやってきとった。
「なんやこれ、圧倒的就職難でもおきとんのか⁉」
そして私が姿を現した瞬間、ホールに溜まっていた熱気が爆発した。
「あっ! 掲示板の女だ!」
「おい、見ろ! ポスターの女だ!本物だぞ!」
「美人だなぁ!」
「あれ? ちゃんと服着てるぞ?」
下層から応募者たちの好奇の視線が集まる。みんな私を見てポスターの女、とかよく分からんことを言っとるけど、あれはどういう意味やろうか?
「ミヤハ、あの人たちの言ってること、心当たりある?」
「あぁ……それでしたら、ウルスラ様とヴァイノ様がおつくりになられた新しいポスターによるものでしょう。そういえばまだ、サーシャ様は御覧になっていませんでしたっけ?」
失念しておりました、とわざとらしい口調でミヤハはメイド服の袖から一枚の完成後の求人募集のチラシを私に見せ……ようとして、自分でみてミヤハは噴き出した。
「ブフォ……!」
「な、なんや。そんなおもろいチラシなんか?」
どれどれ、と見たチラシ。
そしてポスターを視界に捉えたその瞬間、私の時が止まった。
「なんや……これ」
街の掲示板に貼られているというポスターには、マイクロビキニを着た私の投げキッス姿が大きく描かれており、ご丁寧に口元には「あなたのご応募、お待ちしております!」と吹き出しにセリフ付きで書かれとった。
これをポスターにして街の掲示板に貼っていたと。なるほど。へぇー。
「アー……ナルホド。ホホホ……ヴァイノ君。殺すわ、キミ」
私は冷酷にポスターをビリビリに破いて廊下に棄てた。
エロポスターを街のど真ん中にある掲示板に貼って、応募者を釣った不誠実に怒ってるんやない。
リアルに描き過ぎて水着からはみ出た肉まで詳細に書き込んでる変態性に、ケチをつけたいわけでもない。
「私の美貌に、凡夫如きが手軽に手垢付けやがって。……ぶっ殺す」
当然のことながら、私の価値を知らずに無断使用した、その浅はかさにキレていた。
“私の絵を描くのなら、それこそ描く側がお金を払って然るべきや。
石膏像やって高い金払って、買ってデッサンするやろうが!?
モデルに金を払わん芸術家がどこにおるんや!? アァん⁉”
「殺す前に金だけ搾り取って、その後はギザギザのパイナップルにしてやるわ!」
私はどうやってヴァイノを拷問にかけようか楽しみに考えながら、嬉しい誤算としてこうして、集まってしまった大量の応募者様方を選別する方法を考える。
「朝から頭痛がするけど、頑張って捌いていかんとな。個人の感情より、今は現場の処理の方が優先や」
クスクスと背後で笑うミヤハに舌打ちしながら、私は一人ずつの面接は不可能と考え、集団面接を執り行うことを急遽決定した。
「早くから来てくれてた人から順番に五人ずつ面接室に入れて。採用枠は……予定よりちょっと多くなりそうやけど……まあええわ」
仮に今回のスプリングフェスが残念な結果に終わっても、アイスを作れる人がいれば、そのままマリーン・ヴェイルに新しく作る予定のアイス屋のオープニングスタッフとしても雇用できる。
せやからこの場で選ぶスタッフは、これからも末永いお付き合いになる可能性が高かった。せやからしっかりと見定める必要がある。本当はもっと冷静に見定めたいけど、こればっかりは仕方がない。
「あぁ~……というか、これにオッケーだしたウルスラも同罪やでほんまにぃ~……!」
抑えられぬ憤怒にその身を焦がしながらも、私は冷静に努めて、面接室に向かった。
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