迫る物流の壁───絶望のラストワンマイル
※今回2話分の長さあります。
陽光が暴力的だった。
春と誰もが呼称してはいるのだけれども、港湾都市マリーン・ヴェイルの空気はすでに初夏のそれ。地中海性気候特有の、乾燥した熱風が、日焼け止めで塗り固められた私の肌をジリジリと痛めつけていた。
「浜はやっぱり潮風が髪に絡んでベトベトするなぁ~」
私は、砂浜の端に建つ「ノヴァーリス商会・マリーン・ヴェイル臨時支店」───またの名を、悪友ウルスラから借り受けたボロい海の家───の特等席に鎮座しとった。
特等席というても、ただの白塗りのビーチチェアにパラソルを立てただけや。せやけど、今の私にはここが「司令官の玉座」や。
目の前では、フロストが連れてきた屈強な私兵団の面々が、上半身裸で釘を打ち、ペンキを塗り、砂浜の上の廃屋を「店」へと叩き直しとった。
それも今日で二日目になる。デザイナーが仕事をしとるのに私たちが仕事をせんわけにはいかんからな。同時並行でやれるだけのことをやって、スプリングフェスに間に合わせなあかん。
「キビキビ動きや!」
なんて口にしながら、パラソルの下で白のビーチチェアの上で寝返りを打つ。
服装はもちろん水着や。理由はもちろん士気の向上にある。
「サーシャ様……その、流石にそのお召し物はどうかと思うのですが」
作業中の使用人達に飲み物を配り終えたミヤハが、私の水着を見てドン引きしたように、文句を言ってきた。
そういうミヤハも今日は(私が命令したんやけど)、シースルーのワンピースの下には水着を着とる。
色はネイビーブルーでホルターネックビキニや。落ち着いてて上品というか。面白味がないというか、無難なチョイスをしとった。
「いえ、サーシャ様の水着に比べたら全員面白味のない水着になると思いますよ。なんですか、白のマイクロビキニって。それが令嬢のする恰好ですか?」
ミヤハに指摘されて私は自分の恰好を顧みる。
こいつは天然の果実を利用した大胆な思想のもと作られた特注のビキニや。
フリルとかレースとか、そういう可愛いに逃げようなどという妥協は一切ない。
Iカップという暴力的な質量を支えるために、ひたすら引き上げる事を目的に作られたこれは、それだけで私という素材を最大限に生かし、際立たせる。
セクシーも度を越えれば神々しく映る、というのが今回の私の水着コンセプトやった。
「いや、普通に痴女です」
「うっさい。……これでええねん。私の羞恥心を生贄に野郎どものやる気を底上げする。今日の作業が早く終われば、それだけ後に残ってる作業も早められるからな。私が作業の手伝いができん分、ここでアンタらを応援してるわ」
そう堂々と宣言して、作業中のフロスト私兵団の皆さんにウインクして手を振る。これで歓声が上がるのは中々に気持ちがよかった。
フロストだけは、肌の露出が多いことにご不満みたいやったけど、後で特別に間近の観察を許可してやると、ニンジンを前にぶら下げられた馬みたいに利口に動くようになった。
こればかりは前世の記憶を有効活用せん手はなかった、まさかここまでうまく動かせるとは思ってなかったけど。
そうして満足気に男どもが再建作業に従事しているのを眺めていると、ミヤハは隣に立って私に用意してあったピッチャーからジュースを注ぎ渡してくれた。
「知らずに喉は乾燥するものです。どうかお気をつけて」
「ん、ありがとうな」
ジュースを口にしながら作業を見守る私は、予想外の所からの視線が気になって、帽子の影から覗くように上を見上げると、ミヤハがジッとこっちを見ていた。
「な、なんやねん……そんな気になるんか?」
そこまでガン見されると流石に、沈めたはずの羞恥心が顔を覗かせてしまう。
「もしかしてサーシャ様、一人作業を手伝うことができないことを気に病んでいらっしゃいます……?」
「───」
私は自分の表情が上手く取り繕えているか自信がなかった。
こいつはどうしてそうどうでもいいことに気づくのか。私の従者だからといっても、私のことを知り過ぎる相手というのは面倒この上ない。
「別にお恥ずかしいのでしたら上着を持ってきますけど───」
「バ……馬鹿言ってないで早く手伝ってこい!」
そう言って私はミヤハをみんなが汗水垂らす仕事場へ蹴りだした。
胸の内に探りを入れようとしてくる悪い女は、パラソルの下にはいさせられん。
時にその推理力は藪蛇になると知るがいいわ、我が侍女よ。
「おい、そこ! 梁の角度が三ミリズレとる! 構造の歪みは経営の歪みや、やり直し!」
「へ、へいっ! 令嬢様!」
ビーチチェアに足を伸ばして扇子をパタパタさせながら、私は熱血で指示を飛ばす。
傍から見れば、汗一つかかずに労働者をこき使う、傲慢な悪役令嬢そのものやろう。
せやけど、これには深い訳がある。
(……だって、みんながココに座っていて欲しいって言ったんやもん。仕方ないよな。そりゃ木材は散らかすし、釘は撒き散らして無くすし、ペンキは転んで床にぶちまけてしまったけど。私だって手伝えることならいの一番にやるよ)
しかし悲しいかな、私のスペックは「首から上」に全振りされとる。運動神経という名の資産は、前世のどこかに置き忘れてきたらしい。
「なんか私にもやれることはないやろうか」
私は手元の冷めた雑種味のジュースから口を離して、視線を砂浜の向こう……街の高台へと向けた。
「……そう言えばここからでもフロストの別荘って見えるんやったな」
殆どの家が白と青のコントラストで彩られる中、街の景観を意識してか、フロストの別荘もまた石灰を使った真っ白な壁が基本で、アクセントに屋根や柵が青色をしていた。
今の私たちの「氷」は、あそこの地下にある石造りの冷暗所に保管されとる。到着時に特急から運び込んだミーミルアイスは、石炭の粉にまみれながらも、静かにその冷気を保つため、速やかに運びこまれたんや。
あの時ですらかなり時間が掛かって、氷の表面がかなり溶かされた。もしも、本格的にスプリングフェスが始まって氷の持ち運びが頻繁に行われるようになったら、邸からここまで、氷を溶かすことなく運べるやろうか。
そう考えたら、実はかなりマズい状況なのではと思い始める。
「フロスト~! ちょっとこっち来てー!」
私兵団と一緒になぜか自分も丸太を担いで「フンッ!」と筋肉を躍動させていたフロストが、私の声に気づいて砂を蹴ってやってくる。
「どうした、サーシャ? 喉が渇いたらそこから自分でジュースを飲むんだぞ」
「んなもん言われんでも分かっとるわ。ちょっとそこ正座。いや、たちっぱでええわ……ちょっと氷を運ぶ時間について聴かせて」
フロストを立たせたまま、私は手帳を見せた。そこには、マリーン・ヴェイルの地図と、細かな数式が書き記してある。主に平常時と渋滞時に馬車がどれぐらいのスピードで、別荘から氷を運べるのか数式にしたものや。
「アンタ、あそこの別荘からここまで、馬車でどれくらいかかったか覚えてる?」
「そうだな……確か空いていれば二十分というところじゃなかったか」
「うん、私もそのぐらいやと思う。けど、フェス本番になったらそうはいかへんよな」
「……なぜだ? 道がグネグネしたり伸びたりするわけでもないだろう」
とフロストは真面目な顔で言う。ちょっと天然さんやけど、彼の真剣な表情のせいで、怒るに怒れん。寄ってしまう眉間の皺を押さえて私は話を戻した。
「たぶん中央通りとかは観光客で埋まりそうやない?」
「ん、ああ……!……確かに。言われてみればそうかも知れないな」
「そうなったら馬車は牛歩、人混みは壁や。そうなれば移動時間は一時間を超える、と予想を立てた」
「普段の三倍もかかるだろうか?」
私も確かにそれは言い過ぎかとも思った。けど、機関車があるって事はそれだけたくさんの人をスプリングフェスのために遠くから呼び込めるってことや。そしてこの街は着々とその受け入れ準備をしているようにもみえた。
「マリーン・ヴェイルの街に貼ってある張り紙とかを見たら、この港湾都市全体で盛り上げようという熱気が感じられるやろ? たぶん、国外からも大勢のお客さんが来て、大通りとかは馬車で荷運びできへんようになると思われる」
実際に建設中の海の家でデザインの仕事を手伝っているウルスラに訊いたら、
「うん。馬車で氷を運ぼうとしてたの? 絶対無理だから安心して!」
とにこやかに言われてしまった。
「予想外というか……完全に規模感を見誤ったというか……」
かなり絶望的な状況ということがわかり、私は天を仰いだ。
「別に人を雇って運んでもらえばいいじゃないか」
俺も手伝うよ、と協力を申し出てくれたことは感謝するし、献身的でとってもいいヤツで涙が零れそう。けど、人力での長距離輸送は何かと不安がつきものではあった。
特に馬車なら数十分でつくところを、人の足なら三十分以上かかる場所とかに氷の保管場所がある時は猶更な。
「ちょっとあそこ見てみ」
私は扇子で、砂浜の上に続く町の石畳を指差した。
「マリーン・ヴェイルの石畳は、この日差しでフライパン状態や。その上を、保冷機能もない人間が風呂敷に氷積んで運ぶなんて至難の業やと思わんか?浜辺に着く頃には、うちの最高級の氷は二割……いや、最悪三割は『ただのぬるい水』に化けてまうやろう。溶けた分だけ、利益が蒸発していくんやで。それは最後の手段にしたいと思わん?」
「おぉ、三割の損失か……。戦場なら兵站が崩壊しているレベルだな」
大変だな、と笑うフロスト。こいつはことの重大さが本当に分かっているのかと私は割と真剣で心配になった。
「せや。しかも石畳の上から運んだとしてもそっからは更に砂浜や。熱せられた砂の上を、重い氷を担いで歩く……。きっと損失はさらに跳ね上がるに違いない。物を運ぶ時は大体いっつもこれに苦しめられるのに……なんで忘れてたんや」
ラストワンマイル問題とも言う。
どうしたって人が運ばなければならない、物流の最小単位といっても過言ではない短い距離で膨らむ人手不足、コスト増大といった課題のことや。
私は手帳を叩いた。
今のままでは、アイスクリームを作るための「原石」が、客の口に入る前に消えてなくなる。
別荘という「遠隔の倉庫」に頼っている限り、このフェスという戦場では勝てへんことがわかった。
「現場の近くに、『氷の金庫』が必要なんや。それも、この三十度を超える潮風から、うちの氷を完璧に守り抜ける金庫がな」
私は頭を抱えてしばらく色んな情報を歩いて見て調べた。
具体的にはフロストに頼んで、砂浜に大きな穴を空けてもらったりした。
「こんなもんで良いかー?」
穴の底からフロストと彼の護衛の声が聞こえてくる。
「ええで。ありがとうー! 上がってきてええでー!」
その声を聞いて、次々と梯子を使って生還してくる男達。
そして最後にフロストが上ってくると、後にはぽっかりと空いた穴だけが残った。
そこから私が分かったことは、知らないうちに、私たちはどん詰まりの状況に陥っていたということ。大勢の人々の生活が懸かった私の計画は、暗礁に乗り上げてしまったということだけだった。
「あかん……ストレスでお腹痛い……」
「ジュースでも飲み過ぎたのか?」
大丈夫か? と心配してくるフロストが今はなんだかとても憎かった。
調査の結果、今から海の家の地下に巨大な雪室を作るなんて無理やということがわかった。
第一に乾いた砂は恐ろしいほどに熱伝導率が高いということ。五十度とか六十度にもなるような砂浜に、氷を補完する場所なんて作れるわけがなかった。
第二に掘ったらちょっと海水の影響で湿ってる砂が出て来たことがまずい。水は空気よりも遥かに熱を通す。下に掘って日光を避けても、これでは本末転倒や。
最後にさらに掘り進めたら、地面から水が出てきた。コレが何かと一番まずかった。日の光が当たらん場所に倉庫を作りたいのに、掘ったら二十五度超える水が湧いて出てくるせいで、深い倉庫が作れへんということがわかった。
まあ、なので床に作ることは不可能ってことがこの三十分ぐらいで証明されてしまったというわけやった。
だったら範囲を広げて、少しでも近くの場所に倉庫を借りる、なんて手を考えつくわけやけど、それはこのスプリングフェスに出場する店、全員が考えてることやった。
「───すでにどこの倉庫も一杯?」
「はい、軒並み全ての倉庫がスプリングフェスの参加者が共同で借りているそうです。現在共有でコチラの荷物を置かせてもらえないか各所に打診中ですが、返答はありません」
「せやろうな。そりゃ、数週間前になって倉庫一緒に使わせて下さいはまかり通らんわ。他の店なんて何か月も前から準備しとるところもあるみたいやし」
私はストレスでキリキリする胃痛を押さえながら、必死に思考をフル回転させる。
もっと速い輸送手段? 砂浜を走れる魔法の馬車なんてあったらこんな悩んだりせん。
氷を投石器みたいに邸からぶっ飛ばすのはどうや? ……真面目に考えろ、私。
この短期間に冷蔵庫を開発して実用レベルに持っていくとか?
───そんなチートがあるなら今すぐ寄越してくれ、神様。
考えられるだけ色々考えて、やはり私は天を仰いだ。
「……万策尽きたか。やはり、マリーン・ヴェイルの神は私に『ぬるい水』を売れと言うとるんか……」
白目剥いて海を見つめていた、その時やった。
「……あの、サーシャさん。お話中、すみません」
蚊の鳴くような声で、私たちの会話に割り込んできた影があった。
ウルスラと並んで、ノヴァーリス商会の求人募集のチラシデザインについて小一時間ほど議論をしていた画家……確か名前はヴァイノや。
今や彼はチラシだけやなくて、この海の家をデザインする存在にまで昇格しとった(というか元からそのつもりやったけど、こっちは気づかれず、万事上手くいき、取り込めていた)。
そんな彼が色あせた画材カバンを抱え、緊張で指先を真っ白にさせながら、おずおずと口を開いた。
「商売のことは……よく分かりませんが。もし『近くて、涼しい場所』を探しているのなら……僕たち絵描きが、夏場に避難する場所がいくつかあります。ご案内しましょうか」
まさかのサードパーソン登場によって、私の意識は一気に覚醒した。
「……詳しく聞かせてもらおうか?」
……古い廃屋でも紹介してくれるんやろうか。
若干の期待と共に、背筋を伸ばして彼の話を聞いた。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




