プロポーズは秒速、愛は特大。北の公爵様がグイグイ来すぎてツッコミが追いつきません。
野生の公爵が現れた。
今、私の脳内のレジ係は全員避難訓練中につき、鳴り止まん警報のせいで公爵の甘い声が半分も入ってこん状態に陥っとった。
「な、なんで……こんなとこに」
ソファの隣に座った狼男から極力距離を離すように、反射的に私は体を身動ぎする。
心停止一歩手前の鼓動は高速に脈打って落ち着きがない。
「いや、悪いな。騙すつもりはなかったんだけど。……いや、あったかな」
ヨトゥンヘイム公爵フロストは、悪びれもせずにそう言うと、私の手を取った。
その手は大きく、剣ダコで固く、そして火傷しそうなほどに熱い。
てか服の上からでも分かる筋肉すんごいな、パツンパツンですやん。
ていうかこの上腕二頭筋はなに? 丸太かなんか?
「いつもの見合い相手は、俺の地位か顔色ばかり見てくる。だから、素の君が見たかったんだ。試すようなことをして悪かった」
謝罪されるのかと思いきや、ソファに覆いかぶさるように両手を置かれ逃げ場を封じられてしまう。
「は、はあ!? え、っとでしたらその……お騙しになられ遊ばされたのでしょうか!?」
「ああ。全部聞いた。……悪くない気分だった!」
フロスト様は、私の言葉を遮って、顔を近づけてくる。
近い。顔がいい。もはやそれ以外にないといっても過言。
ああ、それは言い過ぎや。
せやけど、パーソナルスペースという概念は完全に死んどる。
キスまでしようとしたら、右ストレートでぶっ飛ばす。
そこまで考えてはいるものの、ほかの考えはまとまらない。
私の思考回路がショートする寸前で、彼は真剣な眼差しで言い放った。
「君の語る未来を俺も隣で見てみたい。……結婚しよう!」
ソファの上で逃げ場のない私に脅迫まがいの求婚を迫ってくる公爵。
私の頭は何度目かの爆発を済ませたおかげて、逆に冷静に、
「は、はいぃぃぃぃ!?」
なれるわけもなく。
なおも元気に混乱中であります。
部屋の外から、シュガーライクの「あーあ、いきなり求婚しちゃったよ」という呆れ声が聞こえた気がしたが、私の耳には届かん。
こんなストレートに感情表現してくる犬が、こんな周りくどい方法を考えたとは思えん。もっと陰湿なヤツがこの計画を練ったに違いない。
そう、陰険眼鏡、絶対お前やろ。
そのせいで顔から火が出るほど恥ずかしいのと、騙された怒りと、目の前のイケメンの迫力で頭がおかしくなりそうや。
そして何より、ここで断ればビジネスチャンスが消えるという打算。
自分はホモではないと言い聞かせながら、私は彼の手を取らざるをえなかった。
「ま、まずはお互いのやるべきことが叶った後に……そういう契約はしましょう。その時は、結婚でも何でも……今はとりあえず、お互いの商業的パートナーという妥協案を提案したく……」
「よし、決まりだな。全て終わったら結婚だ!」
「あ、あかんコイツなんも聞いてへん……」
ようやくヨトゥンヘイム卿に見逃されると、私は息も絶え絶えに状況の確認に全リソースを回した。それで気づいた。
……なんで結婚先延ばしにしたんや? と。
公爵夫人なら色々やれることが増える。せやのに、あえてまだアレクサンドル・バイカルであり続けることに何か意味があったやろうか。
そうやって考えたら、私は喉奥に詰まった骨の正体に気づいて小さく笑った。
私も私で、面倒な奴やということが分かった。
「私はまだ、貴方に価値を証明できてない。それで貴方が納得したら、その時は結婚という形で契約を結びましょう。……それでよろしいでしょうか、フ、フロスト卿」
「俺は何でも構わないさ。サーシャと呼んでも良いかな?」
「そんなあっさり……え、ええ。友人にはそのように呼ばれていますので……お好きなように……」
あかん、コイツといると調子狂うぞ。
冷静になれ、私。
◇
それからは陰険眼鏡が用意したと思われる羊皮紙に綴られた契約書を見て、不備を訂正して貰いながら合意を進めていく。
陰険眼鏡のやつ、幾つも書類に罠を仕込みおったせいで、合意にまでかなり時間を取られた。抜け目のないヤツや。どんだけ切羽詰まってんねん。
……それは私もか。
「抜け目のない方ですね」
陰険眼鏡は面倒くさそうに、眼鏡を光らせて笑みを浮かべとる。何も書類に触れんかったら、一方的に鴨にする気やったやろ。
「そーなのか?」
私の隣をいつの間にか陣取っているフロスト卿は、書類を見ながら怪訝な顔をしながら、目を通しとる。どうやら書類仕事は好きじゃないみたいやな。
まあでも陰険眼鏡の策謀抜きにしてもこの契約、私にはメリットが大きい契約や。危ない匂いがするけど、何か騙されているような気もするけど、書類上は何も問題はない。
あとは隠しているであろう爆弾を探すのが私の仕事になりそうやった。大体なんも問題ない領地が、貧乏になったり、民衆からの反乱起こされそうになったりせんわ。絶対に何か隠しとる。
「何を隠しているかは知りませんが、開示はなるべく早くお願いしますね」
オホンッ、と咳払いをして私は本来の立ち回りに戻るべく、言葉遣いを改める。
一応私なりに防衛策も追記させてはみたものの、それが効力を発揮するかは分からん。
なるべく早く一度領地を軽く見て回る必要があるやろうな。
「それよりも邸を案内したい。俺について来てくれ、サーシャ」
そんな契約の最中に? と思ったけど、いつの間にかシュガーライクは書類を持ってルンルンでどこかに消えよった。逃げ足の速いやつめ。
「いえ、それよりも挨拶周りをさせてください。ご両親はこのお邸に?」
部屋の案内よりも先に、彼の親とその仲間に挨拶をして周る。
そうしなければ、誰が敵で誰が味方かわからん。それがはっきりせんうちは、迂闊な行動もとれんちゅー話や。しかし彼の解答は思いもよらぬ、いやある意味では身に覚えのある解答を口にした。
「いいや? 両親は王都に住んでいる。ここは寒いからな。老骨には答えるみたいだ」
「おどれはギャルゲーの主人公か!」
袖に隠した本来は四角いボックスにコンパクト化してあるハリセンで、思わずフロストの頭を叩いてしまう。そんな都合よく両親と別居してるなんてあるか?
まあ、あるんでしょうね。なんたって今目の前にいますから。
「……何、意味分からないこと言ってるんだ?」
唖然としながら、なぜ叩かれたのか理解できないといった様子で、コチラを伺うフロスト。アカン……ついハリセンが飛び出てもうた。彼の前では御淑やかにしてたいのに。
「あ、いや申し訳ございません……でしたらなるべく早い段階で……ご挨拶に伺いたいですね」
品高く、背筋を伸ばして微笑を浮かべる私。辞書でエレガントを引いたら、私と書いてあるぐらいには、現状かなりエレガントでございますわ。
「それよりもサーシャ。その喋り方、止めないか?」
「え?」
ピシっ、と私の顔にひび割れのようなものが走ったような気がした。
「いつも通りの喋り方にして欲しい。なんだかよそよそしいじゃないか」
「普通はそのぐらいの距離感であるべきですよ。私たち」
「いーやだ」
一応、出会ってまだ一時間も経ってないんやで、私たち。
隣の席になったクラスメイトでも、もうちょっと仲良くなるのに時間かかるやろ。
これが公爵様の人心掌握術か?
「……我儘すぎるやろアンタ」
「おぉ! それだよ、やっぱりサーシャはこうでなくては!」
「……アンタが私の何を知ってるっちゅーねん」
「これから知るんだ。たくさん教えて欲しい。サーシャのことを」
キラキラと目を輝かせるのは良いにしても、コイツがホンマに蛮族殺しの悪魔って呼ばれてる男なんか?
「さっきのハリセンも刺激的だった! あんなことをされたのは初めてだぞ!」
うきうきで語るフロストを前に私は、背中に冷や汗をかいた。コイツが本気を出せば、私なんて秒でぶっ飛ばされる。そうせんのは彼の優しさが全てやろう。
「……ええコホン、まあ話すこともあるやろうけど。まずは色々やることがあるんやろ? あんた、私の夢に惹かれたみたいに言っとるけど、正直打算的な面もあったやろうし」
彼もまた、数多の商人を束ねる物流王の娘、という肩書きに惹かれた人間の一人に違いない。
けどその流通網の殆どは、今や王家に握られてしまって手元にない。
それをこの公爵様は知っておられるんやろうか。
……全然分からん。
……楽しそうにしていること以外まるで感情が読めん。なんやこいつ。
「そうか? そんなつもりは殆どなかったんだけどな。ハハッ」
嘘つけや、とは言わんかった。
確認するのも怖いしそれ込みで私の評価や。どれだけ功績をあげても私は所詮、物流王の娘。
それ以下はあっても、以上の評価を望むことはできん。
せやから公爵として私の人脈を利用したいと考えているならば、むしろ歓迎するところやった。
「まあ、下心ない人間なんておらんからな。部屋の案内が終わったら一旦、今後どうするか話し合う?」
「とても建設的だな⁉」
「なんや悪いん?」
「い、いいや! 悪くない! ……心強い奥さんだ!」
「婚約者な」
次回はこの領地にある根本的な問題と関わります。




