美容の化物と、恋の損益分岐点
「ん……やば、寝とったわ」
エステ台のひんやりした感触から顔を上げると、窓の外はすでに黄金色の午後に差し掛かっとった。
隣では、脱ぎ捨てられた抜け殻みたいにウルスラが大きな欠伸をしながら立ち上がる。
すぐに控えていたメイドたちが、音もなく、それでいて軍隊のような手際の良さで、私たちに「戦闘服」を着せ始めた。
ウルスラが纏うのは、幾重にも重なったレースが波打つ、ラベンダー色のティアードワンピース。対照的に私が押し込まれたのは、ミッドナイトブルーから白へと溶けるようなグラデーションのシルクサマードレスや。
「うわー、オフショルダー? 大人のお姉さんって感じー、憧れ~」
「……アンタのそれも大概やで。三段重ねの特注ウェディングケーキか。一針ごとに職人の怨念……やなくて、執念がこもっとるのが銭の匂いでわかるわ」
部屋着ガチ勢のウルスラは、外出着でさえ「いつでもベッドにダイブ可能」な機能性と、家が一軒建つほどの人件費を両立させとる。この格好で砂浜を歩くとか、もはや動く札束のパレードやな。
扉を開けると、エステ室の香油の匂いから一転、潮風の香りが鼻腔をくすぐる。
胃袋の「リバース・フェスティバル」もようやく終演したみたいや。……となると、次にやってくるのは猛烈なエネルギー不足か。
「アフタヌーンティーでもしばきながら、画家君を落とす作戦、練り直そか」
「ヴァイノさんね」
「せや、ヴァイノ。……あかん、脳を回すための糖分が足りへんわ。マリーン・ヴェイルが誇る最高級の茶菓子でもあれば、私の知能も三倍に跳ね上がるんやけどなぁ。あー、もう喉まで出かかってるわ、妙案が!」
私の「たかり」を察して、ウルスラが「もう! 覚えてろよ!」とメイドを呼びつける。
私は実にいい友達を持ったものだと、口から涙が零れそうになった。
「朝からサラダしか食べてへんからな。できれば、しっかり腹に溜まる資産が欲しいわ」
「サーシャって、食べたもの全部胸にいくの? なにその不公平な資産分配」
「どう考えても脳やろ。胸のはこれ、胸筋や。日々のプッシュアップの結晶やで」
「えっ……嘘でしょ、触感はあんなに柔らかいのに」
信じられんといった顔で私の胸部を凝視するウルスラ。
今の私はオフショルダーのドレスで「外面」を整えとるけど、その中身は鋼や。
「……支えてみるか? この重量感を」
その言葉に、ウルスラは畏怖の念を込めて頷き、私の下に潜り込んできた。
視界から彼女が消えた瞬間、肩の荷が下りる。
「おぉー、楽ちん。アトラス様、下はどうや?」
「重い……! これが『筋肉』の重圧なの……!?」
両手で天空を支える神話の巨人のような恰好で、ウルスラがうめく。
この重みを支えるにはまだウルスラは早いかもしれん。なんといってもこの峰は、バイカル家長女の責任と、ヨトゥンヘイム領の未来がかかってる重みやからな。
◇
テラスに用意されたのは、ウルスラが意地で用意させた「お菓子の塔」やった。
だが、今の私が求めているのは甘美な誘惑やない。
「カナッペ!」
そう、塩味! 欲望のままに手が伸びたのは、総菜パンの親戚、カナッペや。
ナツメグで風味付けされたジビエ肉のブロックが乗った一切れを放り込む。
(あかん、染み渡る……。肉の脂が、酒で荒れた胃壁を優しくコーティングしてよるわ……)
「ねえ、もう十分食べたでしょ。本題に入ろうよ」
ウルスラがジロリとコチラを睨んでくる。どうやら食べて眠られては困るらしい。
私は最後の一口を紅茶で流し込み、商売人の顔に戻る。
「……覚えてるで。ヴァイノを手に入れる戦略や。まずはこれを見てみ」
私は、机の上にミヤハ特製の求人チラシを広げた。
「この無味乾燥なチラシを、『看板』に変えるデザイナーが必要やねん。依頼理由はこうや。『海の絵を拝見し、その筆致に惚れ込みました』。……芸術家は、金に困っても『自尊心』だけは捨てへん。そこのなけなしのプライドを突くんや」
「なるほどー! じゃあ、今すぐ金貨一枚で発注してくる!」
「アホ! 待て! 餌のやり過ぎはご法度やぞ!」
私は悪友の頭を抱えた。
「え、なんで?」
「それは『仕事』やなくて『貢ぎ物』や。対等な関係を築きたいなら、相場よりほんの少しだけ低い報酬を提示せえ」
「なんでなんで!? 私、あの人の才能を高く評価してるのに!」
「あのな。過剰な報酬は、相手の金銭感覚を破壊するだけやない。相手を『あんたの財布』の所有物にしてまうんや。アンタ、自分の資産目当ての男と結婚したいか?」
私の問いに、ウルスラは腕を組んで「……ちょっと嫌、かな」と答えた。
執着の割には、ちゃんと「愛されたい」という乙女な部分が残っとる。なら、余計に慎重にならなアカン。
「依頼は明日。今日はお休みの日や。しっかり寝て、むくみを取って、相手の印象を最高値まで持っていくんや。いいな?」
「は……早くヤギ乳の風呂に入って香油をつけて、最強の私にならないと……!」
いや、どこのクレオパトラやねん。
私のそんなツッコミを置き去りにして、ウルスラはすでに「ボディラップ! ヘッドスパ! ネイルも追加!」と叫びながらメイドを引き連れて走り出しとった。
「……あかん。備えすぎて、美容の化物になってもうたわ」
夕暮れの風に吹かれながら、私は塔に残った最後の一つを口に運ぶ。
明日の商談……いや、逆ナン大作戦。
ノヴァーリス商会のロゴデザインという名目で、一人の画家の運命を買い取る準備は整った。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




