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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
アイス・イン・ワンダーランド編

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黄金を吐く獅子の幻想、崩壊。――実態はゲロまみれのトロルでした

マリーン・ヴェイル到着から別荘に来て二日目の朝。


と言っても、もう昼過ぎやけど……。まあ順調に予定は進んどった。体調はさておき。


「おろろろろろろろろろろろ………」


もはや便器には胃液しか残っとらんちゅうのに、肝臓だか胃だかは元気に暴走中。私は内臓をひっくり返す勢いで、水を飲んでは吐き、飲んでは吐きを繰り返しとった。


「ハァ……ハァ……ミヤハぁ……もう大丈夫や」


吐くのやって慣れてへんかったから、ミヤハに指を突っ込まれて無理やり吐かされること数回。私はようやくフラフラと貧血気味の頭を起こして、立ち上がることが叶った。


「普段そんなに飲まないのに、どうしてそんな無茶をしたんです?」


背中を擦られながらミヤハの言葉が頭の中をバウンドする。グラグラする。それは吐き気と共に、再び口から吐き出された。


「まぁ、汚い♪」


内容とは裏腹に、メイドの声は愉快とか、愉悦に似た声音で聞こえてくる。

コイツはそんなに人の不幸が嬉しいんかと、怒りが湧いたような気がしたけど、そんなんもすぐに消え失せた。怒りってこんなエネルギー使うんやっけ……と、口を拭いながら思う。


代わりに出るんは、涙と涎だけ。なんでこんな無様な醜態を晒しているのか、私は記憶を遡ろうとしたけど、寿司屋から出たっきりの記憶がまるでなかった。

ミヤハが言うにはフロストがここまで連れて帰って来てくれたらしいけど、私が家に帰ってきた記憶がないということは、つまりそういうことなんやろう。


まさか自分という理性の塊が、酒如きに屈服するとは思いもせんかったけど、迷惑をかけたのは間違いない。速やかに、今後は外で酒を飲むんは止めることにした。……後でフロストにも謝りに行かなあかん。

……うぅ、なんでこんな馬鹿な真似をしたんや私は。


「外の空気を吸いましょうか。サーシャ様」


ミヤハの肩に手を回して、私はいつの間にか着替えていた青のショートドレスのまま、自室のバルコニーに出る。欄干に手をついて、キラキラと輝く海を眺めて吐き気を抑えようとするけど逆効果やったみたいで、すぐに胸の内が焼けるような感覚に陥り、早々に撤退してしまう。


ベッドの上に膝をつき、土下座みたいなポーズでいると、なんだか凄く落ち着いた。


「サーシャ様……無様を越えて、哀れですね……」


ミヤハの憐憫に顔をのそりと上げ、硬い体を動かして何とか机に座ろうと努力する。

机に用意されたシジミの冷製スープにのばした手は、アンパンマンの親戚みたいにむくんどった。


「すんごいな……パンパンや」


たぶん顔も生後何か月の赤子みたいにブサイクになっとることやろう。


「そう言えば、『元気になったらまた話しがしたい』、と公爵様からの言伝です」


私はスープを啜りながら、聞こえないフリをする。


「今日はお会いになりませんか?」


「サーシャなんて人はココにはおらへん。ココにおるのは化粧落としたムーミン谷のトロルだけや」


「一体それはどこの何ですか?……全く。まだ酔いが醒めていらっしゃらないようですね」


『お代わり』と無言の視線で皿を突き出す私に、溜息で返事をするミヤハ。事前に予測しとったんか、ミヤハが指をパチンと鳴らすと、サラダや果物などが運ばれてきた。


ありがたい……。

でも、できればもっとガッツリした食べ物も大丈夫やで……?

こちとらお腹ペコペコやねん。


……けど乱れた髪を櫛で梳かしてもらいながらの注文は危険やから、私も黙ってサラダを口に詰め込んだ。たぶんこれ以上我儘言ったら、櫛で頭皮がズタズタにされるような気がしたからや。


というか、そんな未来が容易に想像できてしまった……。


私の背後に立つこの魔性は、陰湿という点においては一日の長がある。たとえ主人やからといってその手が緩まることはない。


目には目を、歯には歯を。迷惑を掛けられた相手には迷惑を。彼女にとってそれは当たり前のことで、他人にとってはいきなり降りかかる災厄と言っても過言ではない、異世界ハンムラビ法典なのである。


今日の借りも、いつか近い内に返させられる日が来るやろう。それが金銭か、奉仕かは分からんけど。そういう根回しも得意なやつやから、今日か明日にでもそれとなく恩の返済を迫られるはずや。


主人なんやからメイドの要望なんて無視してもええんけど、ミヤハの場合は利息が付くから、それも止めといた方が今後のためになるやろう。


『借金はしても恩義は返さなあかん』


それは我がバイカル家の家訓でもあった。


「───そういえばこちらの件ですが」


……ほらきた。……意外に早かったな。

こんな具合の悪い美少女一人に、この悪魔は一体何をさせるつもりかしら……。

ミヤハが机に置いた紙を私は恐る恐る、目を細めながら眺めた。


『ノヴァーリス商会でアイスの販売店員募集!』


達筆で書かれた宣伝文句。これはそう、督促状の類ではなくて。


「……人員募集のチラシ?……あぁ、出店で雇うバイトのことかいな」


それは彼女からの要望書ではなく、モノクロで味気のない、募集要件だけを乗せた求人情報の紙やった。新聞に載ってる怪しげな薬でさえ、もう少し宣伝に趣向を凝らしているというのに。うちのメイドには未だ芸術性の何たるかは理解できてへんようやった。


「先に作ってくれるなんてほんま気が利くメイドやで。デザインも自分でやってくれたん?」


「もちろんです。褒めて下さってもいいですよ」


当の本人は「力作です」といって鼻高々やけど、善意やなかったら何回かテコ入れさせてもらうところや。せやけど、その優しさが今の体には清水のように染みわたる。

……ていうか、今日はやけに気が利きすぎて、若干気味が悪い。


「あとは新聞屋に頼んで、載せてもらうだけか。ありがとうなミヤハ、それじゃあちょっと頼めるか」


他の使用人でもええから新聞屋にお使いに行かせて、と頼んだところで、ミヤハの目尻がキラリと輝いたような気がした。


「それじゃあ私一人では不安ですので、護衛を一人つけていただきたく思います!」


「へっ……? アンタが行くん?」


「もちろんでございます」


ミヤハはトラバサミに獲物がかかったような興奮した笑みで返答をしてくる。

それでようやく、午前中からの不気味な優しさの理由に得心がいった。

……なるほど、それが狙いか、と。


「分かったわかった。それじゃあ護衛にはシュガーライクをつけたる。私は今日だけ別荘に籠るから、好きに遊んできてええで」


「その言葉を待ってましたよ、サーシャ様!」


眼を輝かせてメイド服をバサッ、と脱ぎ捨てたミヤハの下から、私が一度も見たことがない新作の深緑色のドレスが姿を現した。


ウエストはコルセットによって細く整えられ、立ち姿からして美しい貴婦人のように見えるミヤハは、最後に羽飾りのついた帽子を被ってニッコリと微笑む。


五秒とかからぬ早着替えは、主人の心変わりを許さぬためのものか。


私は未だぼんやりとする頭で肘をつきながら、彼女がクルリと回転するのをみて頷く。


「よう似会っとるで。流行の造花にフリフリのレースに大きなリボン。どれをとっても一級品や」


強いて言うなら、日傘があってもクソ暑い恰好というぐらい。薄手でも足を出して歩くことはまだはしたないとか言われるご時世やから、熱中症覚悟でデートする気やろう。


死地に出向く戦友に敬礼や。


「金払いのいいご主人様に感謝です」


ミヤハは私のやる気ない敬礼に、優雅なカーテシーで答えると、楽しそうにスキップで部屋から去っていった。


その代わりというように、部屋には五人のメイドと五人の執事が、各々ミヤハの伝言通りに部屋の清掃や私の世話を粛々と始める。


「この様子じゃ、昨日の時点で今日の予定は練られとったみたいやな」


私は苦笑が洩れる。ミヤハの思い通りに動いてしまったんは癪やけど、コレがいい気分転換になるんならそれも良しやろう。


私は私で、ドレスから覗くカエルのようなふくらはぎを揉みながら、外の空気を吸うことに専念した。

乾燥した風は丁度いい酔い覚ましになる。部屋も風の入れ替えが多いし日陰やから、適度な温度で涼しくできるし……って、……おぉ。


そういや氷はなんも食べるためだけのもんやない。涼むというなら、冷気にしたってええんやった。


───と、メイドに用意させた氷をデコと脇に挟んで、新たな儲け話を考える。


銅貨を溶かして涼むような行為は商人にあるまじき姿やけど、私は『私の体』という資産を守るためなら、いくらでも資産を投じることは惜しまん。


他の資産と違って、こればっかりは無価値になったりせんからな。


まあ今日みたいな日は著しくその価値を落とすのは考えものやけど、普段なら私が切れる中で最強の手札や。


”せっかく異世界転生したんなら、むくみ解消チートとか欲しかったわ”


なんて無駄な事を考えながら、春風と氷を共に楽しむ。口うるさいメイドはおらんし、今日ぐらい静かな一日を過ごすのもええかもしれん。


「まあ精々楽しむとええわ。新しい商売も考えたし、こっちはこっちで邸の中でやれることはある」


そんな私のぼやきは、気持ちのよい春風に溶けてなくなった。





ミヤハが出発してから数十分後、まだ太陽が真上で照り付けている頃。

揺り椅子の上でうつらうつらと舟をこいでいた私を叩き起こしたのは、廊下をバタバタと走り回る子供の足音やった。


「サーシャいる~?」


ドンドンドン、と脅迫めいたノックに、私は呆れて返す言葉を失う。昨日は地に足すらつけようとせんかったくせに、別荘の中やと元気に走り回る力があるらしい。


「恋バナ~それか、儲け話~どっちもいいね~、どっちもね~」


と、妙にテンションの高いウルスラ。何か恋の進展でもあったのかと聞けば、


「その停滞を打破するために、お店を開くんでしょ~!」


と、特に案はない様子。


「……じゃあなんでそんな元気なんや」


頭に響く声やからボリュームを下げろと、私はそのお喋りな口に指を置く。今日は誰にも会いたくない日。たとえそれが自業自得であっても、このむくみオバケを退治せんうちには外へ出る気はなかった。


「じゃあ邸探検~、もとい邸案内はいかが~」


「明日付き合うわ」


「嫌だ~、今日がいい!」


チーン、と頭の中でおりんが鳴った。

───この笑顔、もはや逃げ場なし。

気まぐれな猫が飼い主のご機嫌を伺うことがないように。この悪友に二日酔いの友人を労わるという気持ちは皆無のようやった。


「そっか。……それならせめて顔洗わせて。あとメイクとエステ。二時間後に再集合ってことで何卒」


こちとら別荘内を歩くのだって命がけや。公爵様に今の顔を見られたら、無言の内に切り捨てられかねん。


「じゃあ私も一緒にしたる! 普段サーシャがどんなことしてるか気になるし」


ウルスラの視線がすぅーっと、私の胸部やお尻をなぞって顔に戻ってくる。

その資産形成をしたいなら、正直エステだけじゃなくて、筋トレとかいるんやけど……生憎とそれを正す気力もなし。今は時間稼ぎができるならなんでもよかった。


「そんじゃ、大人しくしとりなさい。あとはメイドさん達がええ感じにやってくれるから」


その後のことは、まな板の鯛ならぬ、エステ台の令嬢として、煮るなり焼くなりしてもらえばええ。

体が温まったら、少しは大人しくなるやろう。いや、なってもらわんと困る。


別荘の中にあるというエステルームに向かって、私たちは公爵様に見つからんように、コソコソと足音を消して忍者のように出向いた。


高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。

ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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