公爵領は寒すぎる
ナニワ男子内蔵超美少女子爵令嬢こと、物流王の娘アレクサンドル・バイカルこと、美しきサーシャ様とは私のことだ。
そんな客観視に定評のある私やけど……正直北部の寒さは、予想を遥かに超えとった。吐く息は白を通り越して、ダイヤモンドダストみたくキラキラ凍りついとる。
暖房無しの北海道に転生したんか私は。しぬど?
まあ、せやけど冷蔵庫の中に住んでるみたいなもんやし。冷たい飲み物には困らんな。……飲みたくなるかは置いといて。
「ここがヨトゥンヘイム公爵邸……邸というか、砦やな」
馬車の窓から見上げた先には、氷柱を天然の装飾として纏った、要塞みたいな巨大な石造りの屋敷が鎮座しとった。
太い円柱状の石塔がいくつも立ち並び、その上には急勾配の黒い屋根が被さっとる。
「あれ、雪かきせんでええからか……」
「よくご存知ですね」
隣に座るミヤハは、流石博識ですね、なんて言いながら伊達メガネの奥から目を細めて、物珍しそうに外を見とる。
「なんでミヤハ、伊達眼鏡かけてきたん?」
「こっちの方が賢そうに見えるかと」
「ミヤハ……あんたはアホや」
馬車が滑らんように泥濘の中をゆっくり車輪が通過していく。公爵様が迎えの馬車を手配してくだはって、私はそれにミヤハと一緒に乗ってやってきたところやった。
馬車が中に入ると砦の中は簡素そのものと言った様子。
塔と塔は屋根付きの厚い石壁で繋がりがあって、内側の中庭は狭く、常に焚き火や松明で雪が溶かされとるから地面はドロドロや。
「これドレスに泥が跳ねるんちゃう……? 嫌やわぁ……」
「あ、あれ! お嬢様、公爵様じゃないですか」
ミヤハが馬車から身を乗り出して確認を取る。それに生返事を返しながら、私は静々と馬車が止まるのを待った。楽しみは取っとかんとな。
馬車の扉が開かれるその前に、私は手鏡で顔面の最終チェックを入れる。
プラチナブロンドの超ロングに、毛先だけ少しウェーブを掛けてある。コレが嫌いな男はおらん。維持費はヤバいけど……。
そんでもってこの一番のチャームポイントであるところの鋭いカッティングを施したサファイアブルーの瞳。これは言うまでもない。
切れ長で少し吊り上がった「猫目」気味の美女。スッと通った高い鼻筋と、薄いけれど形のいい唇。左目の下には泣きぼくろだってついてますから。
まあ、顔面偏差値で言ったらオックスフォード大学主席は間違いないわ。
「ほないくで、ミヤハ」
「畏まりました。お嬢様」
馬車のドアを開けた瞬間、ヒュオオオッ!と鼓膜を突き刺すような地吹雪の音が聞こえた。
空気はキンキンに冷え切っとって、焚き火の煙と馬の鼻息の匂いが混じっとる。
嬉しい田舎の匂いや。
吐く息を白くさせながら気合を入れて、私は馬車から泥濘にランディング。
迎えの者たちを見る前に、僅か数歩先にある石畳までの、那由他彼方の悪路を踏破していく。北の大地から熱烈な歓待を受けながら、私はやっとの思いで顔をあげた。
「出迎えご苦労様です。私はサーシャ・バイカル……って!?」
挨拶をしようと顔をあげての私の言葉は、目の前の“それ”を見て凍りついた。
なんやあれは。
整列した使用人たちの最前列。
そこに、直立不動の狼がおった。
いや、違う。
最高級の毛皮で作られたであろう、リアルすぎる狼の被り物をした男か? あれは。
首から下はパリッとした軍服を着ているのに、首から上だけが野生の捕食者。
シュールなんて言葉じゃ形容できん。
「……ワン!」
「は?」
「ワンワン!」
狼男は私の前で片手を上げて、まるで犬のように鳴きよる。
しかも、とても良い声で。
腹に響くような低音のバリトンボイス。無駄にイケメンボイスなのが余計に腹立たしい。
(何これ。試されとるんか? それとも北部の奇妙な風習?)
私が混乱しとる間に、狼男の後ろから、眼鏡をかけたクリーム色の髪をした、インテリ風の優男が忍び笑いを噛み殺しながら歩み出てきた。
一目で、「あっ、こいつ後で裏切りそうな顔してるなって」いうのが初見の感想や。
「申し訳ありません、アレクサンドル様。当主のヨトゥンヘイムは少々取り込み中でして。代わりにこの……ぷっ……私の愛犬の相手をしてやってくれませんか?」
「愛犬? あの、どう見ても人───」
「いえ、犬です」
人間に狼の被り物させて犬って、私は間違えて蛮族の基地に乗り込んでしまったんか?
……いやいや、住所はあってるはずや。ていうか迎えに来て貰ってるし、間違えるわけがない。
まかさこいつ、『目の前の犬でモノボケしろ』ってことか?
あ、あかん、御淑やかにさせてくれ。
私のメッキがそうそうに崩れ去ってしまうのは避けたい。
堪えるのよサーシャ。初対面でノリツッコミする女を公爵様がお選びになるわけがないわ。
───にしてもツッコミたい……この状況、ありえんぐらいツッコミ待ちの雰囲気やろ。
ていうか逆になんで背後の衛兵達はシラフで立ってられるんや。無表情やし。
上司の狂人ムーブに笑わん訓練中なんか?
「ええ、少し変わった犬でして。人語は解しますので」
んでこの眼鏡は、凄いノリノリで嘘つくやん。
お前はアレか? 鬼畜眼鏡なんか? 邸の主がいない事に好き放題やっとるな。
……というか、そもそも名を名乗らんかい!
「オホホ、嫌ですわ。どう見ても人間……というか貴方は?」
「申し遅れました。主人の補佐官を務めております、シュガーライクと申します。以後お見知りおきを。そしてコチラではこれが犬です」
「わんわん!」
楽しそうやな犬っころ。聖歌隊なら一発で首になるやろうお前さんがツッコまれんのは、一重に私が緊張しとるからや。
次、庭で見つけたらどつきまわしたるからな。
「へ、へぇ~……コチラの犬は二足歩行で歩かれるのですね」
なワケあるかい。と今すぐ自分をハリセンでしばきたくなる手を押さえながら、私は軽く受け流す。
どういうつもりかは知らんけど、歓迎されとらんみたいや。
◇
眼鏡の男――補佐官のシュガーライクと名乗った彼は、「公爵が来るまで、この部屋で犬と遊んでいてください」と言い残し、私と狼男を応接間に残して去って行きおった。
広い客間に、私と狼男が一人と一匹。これってなんかボケとかんと出られん部屋か?
「グルルルゥ……」
なんか狼男はこっちガン見してくるし。
暖炉の火で結構部屋の中は温かいから被り物は脱げばええのに。
絶対脱ごうとせん。
アイデンティティの問題か?
「………暇やな」
気まずい。
狼男は、じっとその硝子玉のような瞳で私を見つめてくるし。
「……はぁ」
私は大きな溜息をついて、ソファに体を預けて天井を仰ぎ見た。
ソファの革は使い込まれてて、座るたびにギィギィと鳴る。
暖炉ではパチパチと薪がはぜる音だけが響くぐらいで、あとは嘘みたいに静かや。
「防音防寒……ぼろいけど両方ちゃんとしとる、ええ部屋やな」
そんな失礼なことを口走る。
相手が公爵なら猫を被る必要もあるかも知れん、けど近くにおるのは変な被り物をした不審者(犬設定)だけや。
緊張するだけ無駄やろ。
「わんわん!」
無駄に良い声で鳴くなや犬っころ。あんたはおちょくって楽しいかもしれんけどな。こちとら、今後の人生左右する帰路に立たされてるんやぞ?
そんな無邪気な瞳で見られても、正直困るわ……。
「どしたんワンコ、騒がしいな。……アンタのご主人様、私に興味なさそうやで。なんか持て成しもあんまりやし……まぁ今回の縁談は破談やろうな」
丁度狼男はしゃがんで犬のポーズをしていて、頭が撫でられる位置にあったから、触ろうと手を伸ばしてみたけど、プイッと顔を背けられてしまう。
「お前さん可愛くないなぁ……まあええわ。……あかんなぁ、気抜けてまう。
───公爵様が来たらシャキッとせんとな」
可愛げのない犬と暖炉を交互に見ながら、時間を潰そうかとも思ったが、絶望的に暇すぎた。
「なあ、犬? アンタ話し相手ぐらいできるん?」
「……」
顔を向けてきよった。
そういや、人語は理解できるとか鬼畜眼鏡が言っとったな。
丁度ええわ、なんか話してみよ。
「私な、正直不安やってん。領主は無理な食料の徴収を繰り返して民を飢えさせてるって聞くし、そこの公爵様は『蛮族殺しの悪魔』なんて呼ばれてるみたいやし」
北部の最前線で北の蛮族と年から年中戦いに明け暮れている、そんな血の気の多い連中の総大将。それがヨトゥンヘイム卿だとか。
顔が良くても中身快楽殺人鬼は流石に私も無理や。暴力振るわれたら敵わんからな。そこはビクビクしとった。
「犬に話すことでもないかも知れんけどな……でも、お前さんがもし公爵様の犬なら、優しくするように言ってくれるか」
一人虚しく狼男に話しかける私の絵面は酷いもので、辺境に連れてこられて震える令嬢そのもの。
けど王宮の中で暗殺に怯える日々に比べれば、意外にも悪くないような気もしとった。毒で腹壊すことも少なくなるやろうし。
「くぅ~ん」
犬の分際で困ったようなフリをするので、私は話題を変えることにした。
「暗い話もあきたから楽しい話でもしようか」
狼男に私は夢を語ることにした。
「資料では散々来る前にみとったけどな。来てみて確信したわ。ここは“宝の山”やで」
私の言葉に、狼男がピクリと耳を動かした気がした。更に懐から隠し持っていたと思われるスケッチブックを取り出すと、サラサラと何かを書いて私に見せてきよる。
えーなになに?
『もし、あなたがここの女主人になったら何をする? ワン』
幼稚な筆で書かれた文章は読むのだけでも困難やったが、そう書かれとった。
「喋れない設定は守るんかい。変なところで律儀やな……てか妙に難しいこと訊くやんけ。犬の分際で」
私は苦笑しつつ、その問いかけに答える。
難しい言葉はいらん。
相手は犬なのだから、分かりやすく、私の夢を語ればええ。
「そうやね……。私なら、この寒さを売るわ」
『?』
狼男がクエスチョンマークを書いて、同時に首を傾げる。
「この領地には一年中溶けない氷があるやろ? それを使えば、美味しいお肉や魚を、腐らせずに遠くまで運べるんや。夏場に冷たい果物を食べる贅沢、想像できる?」
私は身を乗り出して、熱っぽく語った。
「この領地は寒くて作物が育ちにくい。でも、氷を使えば世界中の美味しいものがここに集まるし、ここの特産品を新鮮なまま世界に届けられる。そうすれば、領民はお腹いっぱい食べられるし、お金だって潤うんや。あんたみたいな変な犬の被り物してる人にも、きっと美味しいご飯が食べられるぐらいにはね」
ただの商売の話じゃない。
これは、私がここで生きていくための決意表明や。
「私な、ここを世界で一番豊かな場所にしたいんや。……なんて、犬相手に真面目に語りすぎたか? ……公爵様にはもっと御淑やかな感じで話すから、アンタは黙っときや? ええか?」
ふと我に返って、私は自嘲気味に笑った。
狼男は、身じろぎもせずに私を見ていた。
その瞳が、被り物の奥で真剣な光を宿しているように見えて、私は思わず手を伸ばす。
「ハハッ、大人しく聞いてくれてありがとうな。ワンコ」
ワシャワシャ、と。
私は狼男の頭を力いっぱい撫で回した。
毛並みはゴワゴワしてて野性的やけど、その奥にある体温がシルクの手袋越しでも分かるくらいには熱い。犬の体温が高い設定まで、準拠してんのか?
……本気で犬やってるやん。ここまでくると凄いなこの犬。
それに犬も今度は目を細めて、私の手に頭を押し付けてくる。
そこまで再現するか。
「なんやお前、意外に可愛いやんけ」
なんだか心を開いてくれたみたいで嬉しかった。
彼はきっと犬のプロに違いない。
そう思った、次の瞬間だった。
「……ワン」
狼男が短く鳴くと、躊躇いなくその被り物を、スポン、と脱ぎ捨てた。
───現れたのは、汗で少し濡れた黒髪。
「……はっ?」
獲物を狙うような鋭さと、燃えるような熱を孕んだ瞳。
心停止一歩手前。
呼吸が止まるほど美しい、彫刻のような美貌の青年がそこにいた。
(……いや、待て。こいつ、まさか)
肖像画の百倍はマシな――いや、もはや景品表示法違反レベルで男前の、ヨトゥンヘイム公爵フロスト。
その「中身」と目が合った瞬間、私の脳内レジは、景気良く爆発した。
毎日投稿です。
たまに修正もいれます。
よろしくお願いします。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




