ナニワ男子はお嬢様
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舞踏会の熱気が一瞬で凍りついた。
「サーシャ! 貴様との婚約を破棄する!」
第一王子ジョンの、舞台俳優のような高らかな宣言。 私は手に持ったグラスの中身――極北の聖湖から切り出されたという『神鏡氷』が、カランと音を立てるのを眺めていた。
(……今、なんつった? こいつ)
視界の端で、私の実家バイカル家が握る「物流利権」を狙うハイエナ共がニヤつくのが見える。 感情が動くより先に、私の中身――ナニワの男子としての本能が、冷徹に損害額を弾き出していた。
「殿下、何を言うてはりますの?」
私は努めて穏やかに聞き返した。
外は季節外れの雨。硝子窓を叩く雨音が、やけに鮮明に聞こえる。
「君のような可愛げのない女はもう沢山だ! 代わりは用意してある。二度と俺の前に顔を見せるな!」
王子の隣に、ふわふわとしたドレスを纏った令嬢、アリシアが寄り添う。
学園の「庇護欲をそそるランキング」1位。中身はスーパーの半額シールを貼られたメンチカツ並みに油っこい腹黒やが、王子にはそれが「純真」に見えるらしい。
「そうですか。お役に立てず、申し訳ございませんでした」
私は手元のワインを一気に煽り、グラスを音もなくテーブルに置いた。
周囲の貴族たちは、私が泣き崩れるのを期待して息を呑んでいる。けど、無駄や。 私の脳内そろばんは、すでにこの「バイカル家への負債」をいかに回収するか、その一点に集中していた。
「サーシャ、余裕な顔をしていられるのも今のうちだ。婚約破棄の慰謝料として、お前の持つ『物流ギルドの全利権』は没収し、王家が管理する!」
その瞬間、会場の空気が物理的に揺れた。 婚約破棄されたのは私やのに、慰謝料をこっちが払う? 道理もクソもない。それに、王族の「商売の素人」が、国の毛細血管である物流を奪う……?
(……詰んだな、この国)
私は、やってきた近衛兵たちに両脇を固められながら、王子の耳元に届くように言い放った。
「ええか殿下、商売舐めたらあきまへんで。道一本、馬車一台がこの国の血の巡りや。それをその『生牡蠣女』に渡すいうことは、国を食中毒にするようなもんってこと、分かってんのか?……後で泣きついてきても、私は知らんからな!」
王子の嘲笑を背に、私はダンスホールから「つまみ出された」。
◇
数日後。バイカル子爵邸の書斎。
私は机の上に広げた地図と、各方面から届く「絶望的な報告書」を前に、腕を組んでいた。
物流利権の没収により、バイカル家の資産は七割が凍結。王都の商人たちは、王家の顔色を伺って一斉に手を引き始めた。
「さて、どうしたもんかな……」
私は手鏡を覗き込む。そこに映るのは、プラチナブロンドの髪にサファイアの瞳を持つ、絶世の美女。だが、その瞳に宿っているのは乙女の恋心ではなく、獲物を狙う商人の光や。
そこへ、侍女のミヤハが一通の書類を持ってきた。
「お嬢様。北部を支配するヨトゥンヘイム公爵家から、縁談が届いています。……ただし、あそこは万年赤字の不良債権領地ですよ?」
私は資料をひったくるように受け取った。 北部ヨトゥンヘイム。広大な土地。年中吹雪く極寒の地。 作物は育たず、戦費ばかりが嵩む。他の令嬢なら、聞いただけで逃げ出すような場所や。
だが、私の指が止まった。
「……ミヤハ。これ、宝の山やで」
「はい? 頭を打たれましたか?」
「戯け、よぉ見てみ。農業ができんくらいの寒さってことは、そこには『一年中溶けへん氷』が無限にあるっちゅーことやろ」
この世界では、氷は王族が夏にワインを冷やすための、高価な贅沢品でしかない。 だが、物流王の娘である私には見える。
氷を使えば、肉や魚を腐らせずに運べる。「冷蔵物流」という名の革命や。
物流を奪った王家が、冬の寒さに震え、夏の腐臭に悩まされている間に、私は北の氷を「金」に変えて、この国を根こそぎ買い叩いてやる。
「ミヤハ、この縁談受けるわ。相手の顔は?」
差し出された肖像画を見る。切れ長の瞳、サラサラの黒髪、無骨な肩幅。 文句なしのイケメン……いや、最高級の「広告塔」や。
「手始めに、この北国のイケメンを私の軍資金の盾にさせてもらおか。……準備しいや、ミヤハ。北へ行くで」
「……承知いたしました。防寒具より先に、鉄の心臓を用意された方がよろしいかと」
私は邪悪な笑みを浮かべ、書斎を後にした。 バイカル家を切り捨てたツケは、利息をたっぷり乗せて、氷の代金で払ってもらう。
ヨトゥンヘイム。そこが、私の逆転劇の「本店」になる場所や。




