アリステアのプロローグ
ドワーフ王国物流ギルド、レーヴァテインの一室で、アリステアは白い手袋を装着して、机の上に置かれたプラチナ製の小さな錘を丁寧に磨いていた。
ココは彼の仕事場、あらゆる規格がこの部屋から創造される。提案という形であれ、皇帝とその皇后を法の支配下に置いた点において、歴史上はじめての功績を打ち立てた彼は、今日も新たな規格を定めるための準備をしていた。
そんな真っ白な家具で統一された、常人ならば気が狂う部屋にノックの音が響く。扉を開けたのは、黒いジャッカルの頭をした獣人の女性、リコポリスだ。大きなお腹を擦りながらやってきた彼女に驚いたアリステアは、錘を置いて彼女を席に通す。
後ろにはツンと尖った犬耳を生やした、4歳~5歳ほどの人間と獣人のハーフの少年がついて歩き、隣に凛然とした表情で座った。
「どうしたんだ? ここに来るなんて珍しい」
アリステアは部屋の温度を確認する。妊婦と子供には少し寒いかと思い、壁に取り付けられたレバーの角度を変え、温風を足元に流す。手を足元にかざして、温かい風が来ているかどうか確認を取り、数度頷くと頭をあげた。
「この子がどうしても、お仕事を見学したいって聞かなくて」
大きなお腹を擦りながらリコポリスは、困ったように微笑を浮かべ隣の子供を見た。少年は父の姿を目に焼き付けようと、眼を輝かせている。
「あまりママを困らせちゃダメだよ。フェンリル」
フェンリルと呼ばれたアリステアの息子は、ギラりと犬歯を覗かせ、バウッ、と吠えた。
「ハイッ! 父上!」
両手を膝の上に置いたまま背筋を伸ばす少年は、部屋の中を余すことなく見るためグリグリと首を回す。貴重な父の仕事場に好奇心を隠せないようだった。
「父上は何していましたか?」
「僕はね。今世界のルールを作ってるところさ。ゆる~い、誰でも守れそうな、あってもなくても良さそうなルールさ。フェンリルも帰ったら手を洗うだろう? あれも、ルールだね」
「はい! 習い事に行ったら手を洗う。ご飯を食べたら歯を磨く。お仕事をする人には頭を下げる。です!」
少年にとって父とのルールは、ぜったい遵守のお約束だ。
「そうだね。とっても偉いですよー」
「えへへ......ママを困らせちゃダメっていうのも、ルールにする?」
フェンリルの質問に、アリステアは微笑を浮かべて小さく横に首を振った。
「それはルールにしなくていい。ただ、そう思うならそうしなさい。オマエなら、そのルールがなくてもしっかりママを大切にできるはずだよ。ルールは最低限、憶えられる数だけにしておこう。今のお前さんは三つまでだ。分かったね?」
「はい! 父上!」
我が子の返事に、僅かに貌を綻ばせるアリステア。外では飄々と王族たちを手玉に取る商人も、ここでは一人の親でしかなかった。
「規格化は順調ですか?」
妻の声掛けに、良い報告ができることを嬉しく思いながら、頷くアリステア。
ついさきほど、フロストが支配する領域───直轄領ヨトゥンヘイム並びに、ミズガルズ、ヴァナヘイム、アールヴヘイムの三国を総称して、フロスト朝アースガルズと名のついた彼の庭に、規格案が通ったばかりなのだ。
まずは皇帝がプラチナの錘を認めたことで、完璧な重さを計ることが可能になったアリステアが最初に行ったのは、小麦の量だった。他の領ではそれぞれの尺度で測られていた小麦が、アリステアによって完璧に統一された。
そのおかげで、今度は比較や統計といったデータを取りやすくなり、今までの王国ではありえなかった土地の状況によって、税金を調整するという仕組みまで可能にした。一律で取っていた税を免税してもらえる領地が出たということだ。
それによって彼は、見ず知らずの大量の帝国民を困窮から救い出していた。もっとも、ルールを作り出している張本人である以上、彼のことを悪くいう人間は大勢いたが、彼の身内はその功績を何よりも誇っていた。
彼は二人を連れて、窓の外を見る。ドワーフの商業区を一望できるその部屋からは、規格化された数多のボルトやネジを取り扱う鍛冶師たちの姿があった。
「見なよ。全員、僕の規格で動く人々だ。帝国もいずれ、こんな光景がみられるようになる」
「規格を守ったら、みなさんも父上に褒めてもらえる?」
無邪気なフェンリルの言葉に、苦笑を漏らすアリステア。少年にとってルールを守ることは、善悪ではなく、褒められるかどうかの損得でしかないというのが分かって、早くも商売人の顔を覗かせる息子の頭を撫でた。
「大人はね、規格を守ったら褒められる代わりに、お金を稼げるようにしたんだ。真面目に規格を守ってる人にはご褒美がいるだろう? 大人はこれからみんな規格を守るようになるんだよ」
「守らないと悪い?」
「悪くないさ。ただ、みんなから仲間外れにされて、飢えて死んじゃう。だからみんな規格を守ろうって動いてくれているのさ」
ポカーンと、いまいち死に対する実感のないフェンリルは、父の言葉に何となく頷き返す。そんな少年を見て、アリステアはこんな真面目な子が得をする世界になるように、もっと世界に秩序をもたらすために、新たな規格を頭の中で考えるのだった。
最終的にはフロストを皇帝にして戦争をできなくしたり、サーシャを皇后にして商人という枠組みから追い出したりした、仇役?のようなアリステアですが、彼には彼なりの考え方があり、この結末に至ったという話を、ここで書きたかったので書きました。
次は色々悩んだのですが、おそらくデート回になるかと思います。
そして最終回は、結婚式からのアレックス成仏回となっております。
残り2話で終わりですが、気を引き締めて書き切りたいですね。
最終回まで宜しくお願い致します。




