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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
3章アールヴヘイム編

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エルフ達のエピローグ

血まみれの赤い月の晩に、ヴィーダルは再び彼に出会った。


彼女の姿をした彼が、白い椅子に腰かけ紅茶の香りに頬を綻ばせている。充溢した月の魔力を貯め込んだ魔性は、血の池に沈むヴィーダルに気づくと目を眇めて、微笑を湛えた。


「満足したか。ヴィーダル」


「貴方はあの夜の......確かアレックスさん」


サーシャの別人格である彼の魂を見て、ヴィーダルはこれが自分の夢だと自覚するのに、それほど時間は要さなかった。記憶を辿れば最後に憶えているのは、大きな体に撥ね飛ばされ、宙を舞った記憶だ。そこから落下に至るまでの記憶は欠落していた。


「頭の方は治しておいてやったぞ。まぁ、なんだ。こいつは俺なりの誠意ってヤツだ。あの夜、割り切れた、などと嘘をついたオマエを野放しにした俺にも責任があるからな」


「自分では、割り切っているつもりでした。......どうにも上手くいかないものです」


血の池に胡坐をかき、月を見上げるヴィーダルの瞳からは、紅い落涙が一筋流れた。


「お前はあのまま死を望んでいたのかも知れないが、戦争を起こしたんだ。当然報いを受ける必要がある。これからはその贖罪の旅だ。けどもまぁ、外の世界で待ってるヤツがいるってのは、幸運だったな」


───それがただ一人、心を捧げて愛したいと思った人ではないということだけは分かる。彼女は幸福を携えたまま、苦悩や憂いとは無縁の世界に旅立ってしまったのだから。


では一体誰がいるというのだろう。あらゆる状況を利用した、戦争の火種そのものである自分を恨みこそすれ、待ち続けるものなどこの世にいるのだろうか。


ヴィーダルはもはや、あの鮮烈な光を見ていたばかりに、酷く自分が朦朧としているように思えた。色彩を失った世界で、自分が生きる希望を見いだせずにいた。


「おいおい。戦争を始めたヤツが一丁前に人並みの幸福なんて求めんなよ。覚悟、してたんだろ? これからの人生、オマエが無為に死なせたエルフの数だけ、国に奉仕するんだ───」


彼の声がぼやけ始める。見れば、彼女の顔にあるはずのパーツが今は何処かぼやけて霞んでいた。最後に残ったのは乳白色の渦巻く霧と眼鏡だけだ。


「もう消えるのか?」


「天国行きの切符は取ってあるんでね。偶然最後にお前さんの所に現れてやっただけさ。───まっ、頑張って生きてれば、いつか許される時が来るさ。そん時までは精々頑張るんだな。それじゃあな、エルフの戦士よ」


そうしてアレックスの体は霧となって、世界に拡散した。

やがて夢の終わりを告げる重みが、彼の体を血の池に沈み込ませていくのが分かった。痛みと絶望が全身に満ち満ちてくる。彼にとってこのリアリティは、かけがえのない勲章であり、醒める夢と現世を繋ぐ彼の生きた印だった。


「......」


沈み込む混濁の意識の中、最後に思い出したのは、なぜか苦しそうな笑みを浮かべて拳を振るう男の貌だった。自分よりも遥かに重い荷を背負った男の、大きな拳。か弱い生き物を潰すまいと、手加減をしている様をなぜか思い出した。


恋敵であり、憎むべき怨敵であるはずの男の貌だが、彼の心に湧くのは後悔だけだった。


「フロストさん......なぜ、俺を殺してくれなかったんですか。俺は貴方に裁かれたかったのに......俺は貴方の妻になろうとする方に恋慕の情を持ってしまったというのに......なぜ、糾弾してくれなかったんですか。俺はそんなに......取るに足らない相手でしたか......」


最後の最後まで、フロストが自分を殺す気でなかったことを分かっていながら、彼の片目を奪ってしまった。あまりにも軟弱な自分を責め立てた。そしてその自責の念は、彼の終わらない責め苦の始まりを意味していた。


だがそんな彼にも朝が来る。



眩い朝日に照らされて、病室に横になった彼の瞳に光が宿った。全身を包帯に巻かれたその内側には、燃え盛るような痛みが乱雑に駆け巡る。不快なほど照りつける日差しに彼は目を眇めた。


野戦病院の一角に、ヴィーダルのベッドはあった。死臭の届かない清潔な白いベッドの上に仰臥している彼を、まんじりともせずに見守る影が一つ。丸いラタンの椅子に、細いドレスのシルエットが後光を受けて座っていた。


「どれぐらい眠っていた?」


起きようと横臥しようにも、体が言うことを聞かない。仕方なく仰向けのまま、彼女の貌を見やった。酷く疲労の溜まった目には、憔悴しょうすいの色が見え隠れする。


「ほんの五十時間ほどでありんしょうかね」


時間の連続を感じさせる彼女の言葉と、彼女の体臭。血と汗の匂いが、彼女の体に染みついていた。美しく整えられた部屋とは対照的に、彼女はずっとこの場所にいたように見えた。


「......ずっと傍にいたのか?」


「どこにいようと、妾の勝手でありんしょう」


そんな憎まれ口を叩かれながらも、ヴィーダルもそれが異常なことぐらいは承知していた。そして誤解がなければ、その状態たらしめる感情を、彼もまた深く理解していた。気づかないふりをしていた罪の重みに、彼は今さらながら気づくことになる。


「......ずっと待っていたのか」


万感の意味を持って告げられた言葉に、静かに目を伏せるニマーヌ。普段の彼女であれば、『痴れ事を』と一蹴するのが関の山であったが、此度の奇跡はそれを凌駕するほどの安堵を彼女にもたらしていた。


「どれほどエルフの民に心配をかけたか。......分かっているでありんすか?」


返す言葉もなく、ヴィーダルはニマーヌの貌を見た。久しぶりに見たような気がする幼馴染は、メイクも崩れ泣きはらしたような顔で、見ているだけで酷く罪悪感が湧いてくる。


「お前には......苦労を掛けるな」


口の中もズタズタで、喋るだけで血の味がするようだったが、これだけは言っておかなければと、ヴィーダルは感謝を口にした。


「貴方にはたくさん辛抱させられんした」


「ああ。だから今日からは少しずつ、我慢したぶん、返して行く。エルフの民にも、お前にも」


「......何を今さら」


「うん。だとしても。これからもそうやって見守っていてほしい。俺がこれまでに学んできたことを、この国のために活かしたいんだ」


「ふん......見守るかどうかは、妾の勝手でありんす。貴方は貴方で好きにすればいいでありんしょう」


強がる彼女にヴィーダルはクスリと笑って、口先が切れているのを思い出して悶絶する。そんな彼を見て彼女も笑った。


新興国アールヴヘイムの朝日が、キラキラと二人を照らしているのだった。



ヴィーダルの番外編とアリステアの番外編、別々になりました。

最初は救いようのない終わりにしようかと思いましたが、なんか最後は良い感じ?に終わったと思っています。前作がビターエンドっぽかったので、今回はハッピーエンドよりにしようというのは決めていました。


次はアリステアのエピローグになります。

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