エピローグ
こうして私の、世界を股に掛けた氷売りの物語は幕を閉じた。
最初は船を手に入れるつもりやったけど、帰ってくる頃には皇后になっているという、波乱万丈な夏の物語だ。
それを語り終えた私は、膝の上で眠る子供の頭を撫でて微笑む。子供には少し難しい内容やったかもしれん。そんなことを思いながら、ベッドに運び寝かしつける。
「そうしていると、人の親みたいですね」
ミヤハがクスクスと笑う。なんで私がコイツの娘の世話をせなアカンねん......とか、思ったり、思わなかったり。私の私室で寝てるこのガキは、ミヤハとシュガーライクの娘や。
ヴァナヘイムから帰還して、三年後。
相変わらず私は多忙を極めとる。それでも何とか正気を保っていられるのは、私よりも忙しい人間が他にも沢山おるからやろう。具体的にはフロストとか兄さんとかそこら辺。
フロストは、一日十四時間以上仕事をしている地獄のようなスケジュールをこなしていた。口癖が「戦争したい」に変わったぐらいで、体は健康そのものや。
兄さんはというと、ミズガルズ王家がボロボロにしたバイカル家の物流ギルドを取り返したので、現在はその再建に取り掛かってもらってる。
王家も赤字ギルドをすぐに手放したがっていたし、兄さんもバイカル家の長男やから、二つ返事で了承してくれた。
兄さんはたとえどれだけボロボロでも、バイカル家の物流ギルドは私たちの歴史ということもあって、存続させることが自分の使命とか言っとった。
けど、再建は簡単なことやない。なんたって、何兆って額を赤字で垂れ流してるみたいやし、そもそもかなりの人が独立してしまって、ほぼ形だけのギルドになってると聞いてる。
五年で建て直すと宣言して、三年経った今でもまだ黒字には程遠いとか。最盛期の状態に持っていくにはまだまだ時間がかかるみたいやった。
最盛期と言えば、今ホットなのは人の国よりも格下とされていた南の国々が、現在は空前絶後の好景気を迎えとった。
ヴァナヘイムと新たにできたエルフの国───ニマーヌ様の生まれ故郷の名前からとって、アールヴヘイムと名付けられたその国は、相変わらず仲は悪いようで、喧嘩するように発展しとる。
どっちも隣国には負けたくないっていう、チンケなプライドバトルで、国家運営が成り立ってるらしい。全くもって馬鹿馬鹿しいけど、笑えんぐらい発展してるから、ウチも見習う必要があるかも知れんとか、最近思ったり思わなかったり。
産業に関しては、ヴァナヘイムは木材を、そしてアールヴヘイムはニブルヘルのプラチナ鉱床を使い、世界から資本を呼び込む商業のフロントラインとなっている。
そこでは未だに正妻を持たない賢王キャスパリーグと、優秀な宰相を抱える女王ニマーヌが、毎日の如く利権で揉めているのだとか。
もちろんその優秀な宰相というのはヴィーダルのことで、彼は今アールヴヘイムで宰相の地位にいるとのことやった。直接の連絡は取れてない。というのも、ヴィーダルとはあの決闘以来、会うことは許されてへんのや。
なんか噂に聞くと、フロストが全部シャットアウトしてるらしい。嫉妬なんてするわけないと思ってたけど、顔に出さへんだけで、意外に怒ってたんかもしれん。それは本人に訊かんと分からんし、訊く気はなかった。理由はなんか怖いから。
けど、ヴィーダルはアールヴヘイムでニマーヌ様と一緒に国造りを頑張っているとか、そういう話は聞いていた。本人からではなく、ニマーヌ様の手紙経由で。
本人からの手紙は一通もあれから来てなかった。もしかしたらあの一件以来嫌われたのかも知れん。まぁ、無事ならなんでもよかった。元気ならまたいつか会えるやろう。
一方でミズガルズはというと、王政は続いてるけど、彼らは皇帝であるフロストの意見を一番に取り入れなあかんようになっていた。
王様であっても中間管理職という、なんとも不思議な社会の構造にジョン王は組み込まれてしまったみたい。
彼は私と婚約破棄をして自由を手に入れたはずが、結局誰かの下で意見を聞かなければならないという皮肉な状況に終わり、なんとも彼らしい立ち位置に落ち着いた。今では、部下の意見を取り入れる、柔軟な王になったとのこと。
改心した......というより、一回自分で国を滅ぼしかけたから、自分に自信がなくなったんやろうな。そのおかげで、ここ数年はおっかなびっくりの愚策も聞いてない。民衆にとっては、凄い嬉しい時代がやってきていた。
そんな時代を作ったのは誰かと言えば、当然フロストと私なワケだが。なぜか、私たちが一番不幸になっているような気がするのは、気のせいやろうか。
戦争を止めたフロストは、あの時の決闘で片目が失明してしまって、現役を引退することになったし、私も皇后になって気軽に商売ができる身分ではなくなってしまった。
曰く、国のトップが商売をすると、それに有利な法律を作るから、民の不信感が募るとかなんとか。
「当たり前やろうが、それぐらい許せ!」
......とか、言ってみたいところやけど実際問題許されへんかった。
フロストの方は「この目は彼に上げたんだ。後悔してないよ」とか笑って今の状況を享受してるみたいやったけど、私は納得してへんかった。
結婚式は疎か即位式もまだという有様で、フロストは未だに、正式な皇帝にもなっていないのに、日々の公務に明け暮れていらっしゃる。それで納得しろというのが、土台無理な話やろう。
そもそも即位式を行うにも皇帝の城がなければ話にならないということで、それを作らなければ話が進まないということもあり、三年かけて急ピッチで築城を進め、ようやく完成が見えてきたという状況や。
そんでもって、せっかくなら結婚式も正式に皇帝になった後で、ということで先延ばしになっているため、私はまだ正式に皇后ですらない。
そう、全てはアリステアとかいうヤツが、無茶ぶりで皇帝という数百年前の役職を歴史の奥底から引っ張り出してきたのが悪い。全て丸く収めるためだったとはいえ、城も持たない皇帝がこれまでいたんやろうかと思いながら、私は皇后(仮)の公務に勤しんでいた。
◇
私はいつになったら皇后に慣れるのでしょう。
クソッ......権利と義務のバランスが悪すぎるわ。もう、何もかも全部兄さんのせい。私が飛行船の上で寝泊まりせなアカンのも、全部兄さんのせいや。
ぶるるるる、という耳障りなプロペラの音も聞きながら私は、私室の外を見る。外はちょうどドワーフ王国が海の向こうに見えてきた頃やった。
「もう見えてきたんか......ハァ」
悲しいかな、私は皇帝フロストの頼みで、外交官として世界中を飛び回っていた。修好通商条約の更新を各国と行ったり、技術監査をしたり、商人の視点で自国の発展のために働いている。
現在も大きなバルーンが上についた航空船の中におり、あと三十分もすればドワーフの国に到着するやろう。
「サーシャ様、お忙しくなったらいつでも仕事はキャンセルできますからね。もっと、皇帝陛下とのお時間を大事にされたいとかあったら......」
「いや、二人でおっても、別にやることないやろ。普通にたまにあって、キスするとかでええんちゃうの?」
実際にはキスとかもせえへんけど、なんかハグとかグータッチとかはしてる。それで充分愛の確認はできているという認識ではあった。
「......本当に新婚ですか、貴女たち?」
「いや、前に言うたやん。私は前世男って。それもあるんやろう」
「なんか言ってましたね。そんな戯けたことを......」
そう、それは私がヴァナヘイムから帰還して一年後のとある日のこと。
私はフロストに自分の前世が男だったことを伝えた。昼食が終わって二人で食後の紅茶を飲んでる時のことや。
ふと、ミヤハが妊娠したっていうのを聞いて、私からフロストに子供とかどうするって聞いたのが始まりやった。
「子供か。俺はどっちでもいいよ」
「いや、アンタ皇帝やろ。欲しくないの?」
そういうと驚いた顔をして、彼は首を振った。
「ハハッ。皇帝の座は血統では決まらないよ。皇帝の座は力によって簒奪してこそ意味がある、だろ? だから仮に子供が出来ても、弱い子供に継がせることはしないよ」
「ヨトゥンヘイム軍を率いるのは、次の最強だ」という決意は固いようで、フロストは血統よりもその文化を引き継いでくれる後継者を探しているようやった。なので、実質子供は私の自由ということになるが、ここで私にも問題があった。
「なるほど......じゃあ、ちょっと話しやすくはなったな」
「ん? どうしたの?」
「実は私な、魂は男やねん」
「おぉ......だろうね?」
「だろうね?」
ん? ちょっとそのリアクションは戴けないな。だろうねとは一体どういう意味か。おい。
「だろうねは違くない?」
「......すまない」
なんか、納得いかない様子で謝ってくるフロスト陛下。
「心が男ということはつまり、女の子が好きということや」
「あぁ、だからミヤハさんと寝ているのかい?」
フロストの言葉を聞いて、ミヤハはサッと自分の胸を隠す。こいつらどついたろうかな。
割と真面目な話をしてるんですが?
「いや、それは関係ないわ。アレとはもう姉妹みたいなもんやし。私が年下の姉みたいなもん」
なぁ? と聞いたら、ミヤハは全力で首を振って否定してきた。まぁ、どっちが妹かはこの際ハッキリしてもええけど、話がそれるからその話はまた今度。......決闘で決めよう。
「じゃあ男は好きになれないのかい?」
フロストに訊かれて、私は自分の中で、もっとも混乱している部分を彼に打ち明ける事にした。
「いや? それが変なところでな。魂が男であっても、肉体はちゃうねん。普通に、体はフロストのことは好きなんや。おもろいやろ」
「ふむ......混乱してきたな」
「つまりは、男の精神的にはアンタのことを友達とか仲間やと思ってるけど、女の体はフロストを見て発情してるって感じ?」
「へー......」
私の説明にゆっくり頷くフロストから、ツゥーと流れる鼻血。
「あっ、鼻血......」
私はハンカチを取って、彼の鼻血を拭いた。フロストの目がなんか凄い虚ろになってる。なんか隠そうとしてるけど、めっちゃ興奮してるっぽかった。
「ちょっと......刺激の強い話し過ぎたか?」
けどいつかは言わなあかんことやったし、ずっと小骨みたいにつっかえてたから言えてよかった。でも、喋ってまさか喜ばれるとは。
「思えば、色々と思い当たる節がある。......なるほど、魂が男か。それで......」
「嫌じゃないんか?」
「まさか。むしろ魂が男なら、お互いに理解できることもあるってことだ」
「それはそう。えっ? 超ポジティブすぎん? なに、エッチな恰好とかお願いしやすいとか、そういうの考えてる?」
「......良いのか?」
ゴクリと喉を鳴らすフロスト。あれ? コイツキャラ崩壊してね? いや、というかこういう話をできるのも、ある意味お互いが男と了解が得られたからか?
「うぉ......真剣な顔で訊いてくんのキッショいなぁ」
「女の子相手にこういう話は良くないかと」
なるほど一理ある。......いや、まてまて。
「いや、一応女の子ではあるんですわ。今まで通り丁重に扱え、分かったか?」
「りょーかいした......。男の魂だけど、女の子として扱えってことか」
「そうじゃな......いや、そうそうあってる。───あれ?」
あっかん、私までおかしくなってきた。私はホモじゃねえ、ってことを言いたかったんか?
「今のサーシャは女の子も好きだけど、男を見てもその......発情すると。つまり、どっちも問題ないってことだな?」
「あー......ん? そうなるん......か。いや、でも誰でもイケるってわけやないで? フロストやから安心できるって話で」
「おう......まぁ、それが普通かと」
「確かに」
あ、あれー? 私は一体何で悩んでいたんやー? 両方いけるってことでファイナルアンサーなんかー?
「わ、私はこれからどっちのことを性的に見ればええんや⁉」
「......一旦どっちも、ということにしておけば、楽しみ二倍になるんじゃないかな?」
「おぉ......天才か」
つまり私は男と女、両方を好きになれる博愛主義者になってしまったということか。むぅ......こりゃ非常にめでたい頭になってしまった。
◇
「コホン......」
そんな思い出を振り返っていると、飛行船の中でミヤハのジトーっとした目線に晒された。
「前世男だからって、関係ありませんよ。今は公人なんですから。ちゃんと皇后としての立ち振る舞いを自覚してくださいね」
「アンタも普通に順応してるけど、ヤバいよな。私の頭がおかしくなったとか思わんかったん?」
そう言ったら、ミヤハは眉を顰めて、
「貴女は昔からおかしいでしょう。何を言ってるんですか」
と凄い真面目な顔で言われた。
「グッ......ひ、酷い」
「そう言うことは、真面目に生きて来た人が、ある日突然言うから心配するのであって、普段から奇行の激しい貴女が何を言っても変とはなりません。いつもの発作だと思うだけです」
「発作ってアンタ、本当に皇后のメイドか......?」
「いえ、私はサーシャ様のメイドです」
相変わらず口達者なメイドやでほんま。
「ちぇ───ほんなら、次の交渉相手の下へ行こうか。うちの国の氷を全部金に変えてやりますわ。行くで!」
未回収の伏線を回収する番外編が3つあります。
それを回収したら、一旦この物語は終了となります。
1つ、ヴィーダルのその後とアリステアのその後を書いたストーリー。
2つ、プロポーズ回、あとデート回。
3つ、結婚式とアレックス成仏回。




