帰国───ミズガルズにサーシャ達は戻るようです。
「(よぉー帰ってきたで。おみゃーら。元気しとったか?)」
ヴァナヘイムの城で、でっぷりとソファに腰を下ろすキャスパリーグ王は、現在なぜか機嫌良さげに自分の顔を手で毛繕いなんかしていた。
王妃が不在となったヴァナヘイムでは、現在新たな王妃を見つけるための計画も進められているようで、大量の愛人が王宮内を歩いていた。当然彼の隣にも、新しい愛人が体を密着させて、こちらにアピールしてきている。彼女が今最も王妃に近い猫らしい。
ニマーヌ様に比べてその雌猫は品性の欠片もなく、お近づきになりたいとは思えんかった。
「(お久しぶりです。キャスパリーグ王。大変な目に遭いましたが、フロストのおかげで何とか救出されました)」
救出、という言葉にちょっと自分で言ってて引っ掛かりはありつつも、一応そういう体で報告した。
エルフの国で好き勝手やっていたのも、たぶんキャスパリーグ王は知ってるけど、フロストが隣におるお陰でニコニコしてる。腹の内がどうなっているかは知らん。腸煮えくり返ってるかも知れへんけど、そういうのは一切顔に出さへん王様やし。お陰で話はとても円滑に進んだ。
「(それでは出航は明日ということでええんか?)」
キャスパリーグ王が喋った言葉を翻訳してフロストに伝えてあげる。そうしたら、彼は穏やかにいつも通り頷いていた。
「(おん、そうかそうか。よいよい。しばらくは忙しいだろうが、暇があればまた来るといい。儂はいつでも、お主らを歓迎するぞ)」
「(感謝します。キャスパリーグ王)」
最後まで腹の底を見せなかった偉大で老獪な王よ。随分と痛手を負っただろうに、怒りの一つも貌に出さないとは。やはり本物の賢王らしい。
......フロストもこれぐらい我慢強くなってくれたらええけど、どんな皇帝になるやら......嫌な予感しかせえへんけど。そこは家臣が支えて行くしかないな。
簡単な挨拶を終え、席を立とうかというところで、キャスパリーグ王は雑談の一つに、面白い質問を投げかけてきた。
「(おみゃーがこの国の王なら、今後どうする? ……フロストは気にせんでええ)」
キャスパリーグ王は面白半分で、自分のピンと張った髭をゴシゴシ、と毛繕いしながら訊いてくる。私がこの数ヵ月の成果をココで発表しろ、ということらしい。私がエルフ達に捕まり、彼らの国を見て、実際に国家運営に口を出して得た結論。それを抽象化して言葉にするなら、一つやろう。
「(国民性にあった政策やないと、いかに優れた政策でも意味がないと思われます。獣人の国は世界的にみても、権力に対して諦めない国民性と強烈なエネルギーを持つ市民社会が基盤にあると思います。そこを上手く使った統治が一番かと)」
今をどれだけ楽しむか、みたいなところが獣人たちにはあるから、そもそも専制政治と向かへんけど、市民の代表として君臨してるキャスパリーグ王やったら何とかなるやろう。この人、カリスマはそれこそフロストと同等にあるし。
「(あい、わかった。そなたの意見、大事に使わせてもらうでの。また困ったことがあったら相談に乗ってくれ。頼むぞ。ビャーカル令嬢......いや、ヨトゥンヘイム夫人)」
王様が言い直してハッとしたけど、そういや私はミズガルズに戻ったら、それこそバイカル令嬢ではなくなるんや。名前変わるってなんか違和感あるけど、これからはそうなるんか。......はぇー。実感ないな。
なんでこんな実感ないんやろ。......ん? てか、そう言えば、フロストからプロポーズされてなくね? さらっとなんか皇后になるからヨロシクっ、みたいな感じのノリで言われたけど。一応婚約者であっても、プロポーズは受けてもええよな? あれ、てかこれって注文するんかな。プロポーズプリーズ? ......なんか変じゃね?
王宮からの帰り道、私はフロストと一緒に馬車に揺られながらそんなことを考えていた。その様子を不思議に思ったのか、彼が私の顔を凝視していた。
「なに?」
「いや……なんか考え事をしているなと」
「ちょっとね。そういやプロポーズされてへんと思って」
そう言ったら、なんか時が止まったみたいにフロストは口をポカーンと開けた。
「え? なんか私変なこと言った?」
「いや、あの......花は受け取ってくれたよね?」
花? 花、花......?……あぁ、そういえばフロストがエルフの兵舎にやってきた時、一番初めになんか白い薔薇を三本貰ったような。
……は?まさかあれがプロポーズのつもり?
「いや。アレはノーカンやろ。緊急事態やったし」
「えっ⁉」
カチーン、とフロストが固まってしまった。そんなん当たり前やと思ったわ。あんた、少女漫画やったら大ゴマでやるシーン、一瞬の流れ作業で終わらせる気やったんか? そんなん許さんぞ。
「もっと素晴らしいプロポーズを要求します。さらりとやられるのは、もう体験したので、次はロマンティックなパターンを」
かといって、臭すぎるセリフを吐きやがったらその時点でカエル化確定や。発言には気を付けたまえ。と、前提ルールの開示を行っておく。プロポーズとは公正に執り行われなければならないものなので、ルールは厳密に取り決めておく必要があった。
それにこれは、我々の今後の関係を維持するためにも必要な儀式でもある。適当にされたのでは、コチラも遺憾の意を表明せざるをえないのだ。
「分かったかね? フロストくん」
「......えーと、勘弁してもらえないだろうか。他国でそういう文化があるのは知っている。けど、俺にはそんな文化はない」
「なぁんでやねん」
「……なんでと言われても困る。俺たちは基本的に契約を結ぶのが婚姻だから」
なんか耳を赤くしてる野獣。醜態なら十分に晒してきたやろうに......。
「皇帝即位記念にもう一回やろ? 皇帝のプロポーズみせてや」
「......スゥー......、普通に却下だ。もう君は俺の嫁だし。無意味なことはしない」
「大丈夫、プロポーズしてきても断らんから。もう一回、思い出用に一回だけ!」
「く、食い下がってくるな。......そう言えばサーシャ、これは俺たちの意見が食い違った初めての問題じゃないか?」
「せやな。んなことどうでもええ。とりあえずいつプロポーズするか決めよう。あと場所も。予算はどのぐらいにする?」
「あー、もうやる気満々だ。恐ろしいよ。本気でやるのかい?」
「友達とか呼んで盛り上げてもらう?」
「ハハッ、普通にそうなったら殺してくれ」
爽やかな笑顔で皇帝の片目からは血が流れ出る。いわゆる血涙ってやつ?
どんだけ嫌なんか分からんけど、とりあえず断固拒否の姿勢らしい。プロポーズって日本独特の文化だったりするんか?……しらね。面白そうやと思ったんやけどなぁ。
次回エピローグ。




