終決───ナニワの令嬢は選択をするようです。
振り返る必要もない。バナナおじ様の声や。彼はゆっくりと拍手をしながら、獣道から降りてくる。それを見て、フロストは今までに見たことがない歯軋りをしながら、バナナおじ様を睨みつけた。
「おいおい......ここからが楽しい瞬間だろ」
普段聞く彼の声音と違う誰かの声。地獄から響いていそうな恐ろしい魔王の声が、フロストの口からは出ていた。近づいてきたバナナおじの頭を嗤いながら掴み、ミシミシと音を鳴らす。そのまま頭を潰して殺してしまいかねないような殺意が充満している。
「こぉら、勘弁したまえ。正気を失うとは何事か。お前さん、その姿を見せたくなくて、自分の婚約者を戦地には連れてこなかったんじゃないのか。見られているぞ」
バナナおじ様がそう言うと、片目しか開かなくなったフロストの充血した赤い瞳が、私に向けられた。その目に殺意はない。むしろ、何かを怯えるようなビクビクとした目がこっちを見てる。アイツ......私のこと怖がってる......? まさか? えー......?
「お前ら心の整理はついたか? 全く、メスの取り合いぐらいもう少し上品にできんものかねぇ......。見せられるこっちの身にもなってくれたまえ。......まったく。帰るぞ。おい、救護班。治療だ。手早くな。あー......そっちの青年は良い。エルフたちがするだろう。(だな? 君たち)」
両指でエルフ達を指して、バナナおじ様は首を鳴らす。それから溜息をつくと、暴れるフロストを五人がかりで取り押さえ頭に包帯を巻き、パパっと馬車にぶち込んでしまった。
「おぉ......なんという手際のよさ」
「別に今回が初めてではない。これはそう、慣れだ。残念ながら」
バナナおじ様は苦笑しながら、私の肩をポンポンと叩いてくる。それで無意識に震えていた私の肩を抑えてくれてるようやった。
「怖かっただろ」と、バナナおじ様。
「そりゃそう」
どっちも奇跡的に生きてるけど、下手したらどっちも死んでた可能性すらある。ヴィーダルは言わずもがな、フロストやって最後の一撃の当たり所悪かったら、普通に出血死してる可能性があった。ホンマに何を考えてこんな決闘を受けたんか、まるで分からん。
「どうだ、フロストとはもう一緒にはいられないか? 無理だというなら、こちらで手続きをしておこう。ヨトゥンヘイムには残ってもらうことになるが、婚約者という立場は解消できる。んんッ、もちろん命の心配もない。安心して商人ライフを満喫したまえ」
「はい?」
「強がらずともいい。アレは見ての通り、ウチに秘めた獣性を理性で押さえつけているような獣でね。次は君に牙を剥けるかも知れない。そうなる前に、手を引くのも賢い女というものだ。違うかね」
なんとバナナおじ様は私の身を案じて、婚約関係を解消した方がいいと提案してきた。おじ様的には、それが私の幸せだと思ってるみたい。
......ふむ、まぁつまり、お節介な爺やな。
「こんな男同士の喧嘩ぐらいで、芋ひく女やないって。というか、感情でそんな大事な事決められるかい。バナナおじ様はお節介過ぎやで」
そう言ったら、バナナおじ様は口を窄めて、ヒューと口笛を吹いた。それで、笑顔でサムズアップした。
「いいねぇ。合格。フロストと一緒の馬車に乗るといい。これからもよろしくお願い申し上げます。我らが王妃よ」
バナナおじ様はそう言って恭しく頭を下げたら、なんか後ろの軍人さんたちもみんなこっち見て頭を下げ始める。なんか変な光景やと思いながら、怪我したフロストが乗ってる馬車に乗り込んだ。
「アンタ......大丈夫かいな」
包帯でぐるぐる巻きになっているフロスト。片目の包帯は血まみれで、血がダメな人やったら卒倒間違いなしの大けがしてた。
「全然問題ないよ。これは俺たちに必要な儀式だったんだ。後悔はない」
「なにを意味不明なことを......まぁええわ。ヴィーダルも無事っぽかったし。エルフの人達も道開けてくれたし......ちょっと心配やけど、ヴァナヘイムに戻ろうか」
「あぁ。帰ろう」
馬車が動き出すと、窓の外には夕焼けに染まる稜線がゆっくりと流れていった。
あれだけの騒ぎがあったとは思えないほど、山はもう静けさを取り戻していた。
「そういや、あんなにボコボコにしてもうたけど……ヴィーダルは友人代表スピーチやってくれるやろうか」
「鬼畜かな?」
凄く真面目な顔でフロストはこっちを見て来た。
「え?」
そんな私たちの結婚スピーチに選抜するのって罰になるんか? ……確かに言われてみれば、色々準備せなアカンやろうし、スピーチ読むのは割と緊張したりするんかも……?
「サーシャは俺たちがなんで戦ってたか、本当に分かってないみたいだ」
「えっ⁉ ……もちろんですが?」
喧嘩して仲直りとか、そういう流れか? 元男として、分からん展開ではない。けど、あの終わりはどっちかって言うと喧嘩別れみたいになってへんやろうか。私は後から手紙出して謝るけど、フロストはそんなことせえへんやろうし……。まーじで、何がしたかったんかわからん。
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