再び馬車の中へ───フロストは調停者としてうまくやったようです。
「えっ、皇帝になったら身動きとれへんの分かっててその話乗ったん?」
「ああ。こっちにもメリットがあったからね」
白ワインを飲む手を止めて、私は訊いた。というか、彼がそれを了承したら私も自動的に身動きできないことが確定してしまう。いや、婚約解消なんて案も浮かんだけど、たぶん世間というか、世界がそれを許さんし、私もそれは望んでない。
てことは私にも逃げようのない皇后ルートが待ってるみたいや。
「となると、問題は私たちがどれぐらい自由に動けるか。その境界線を兄さんとどう作るか。そこが争点になるわけや。兄さんのルール作りはガチやからな……どんな縛りを設けてくるやら……」
「え? サーシャがルールを作ったと聞いているけれど?」
「???」
どういうこと? 全く覚えがない。ていうか、兄さんとフロストが話すことを見越して、皇帝がどれぐらい自由に動けるかのルールを作っとくなんてできるわけがない。それが出来るのは未来を見れる兄さんだけや。……全然意味が分からん。
「これがそのサンプルだ。いやぁ、よくできてるよ。未来のルールと言われても納得できる。これを見てサーシャが作ったものだって思ったんだ」
ワインを端のグラスホルダーに置いて、渡されたスクロールを解く。書かれてる内容に目を通す。───いや、これ私の知る異世界の法や。前にカレー屋で兄さんと話した時に、私が口頭で喋った案、全部採用されとる。ジョン王子をガチガチに法で束縛するために作った法やのに。兄さん、逆に私たちを捕まえるための鎖に使ってきやがった。
「あぁ……これは良く練られたクソやね。マジで完璧やと思うわ」
権力が集中しない、文化の象徴としての皇帝というあり方。私たちにその役割を押し付けることで、無力化しようというつもりらしい。ほんま、よう考えたわ。
「それで? これだけ不自由押し付けられるなら、それ相応の対価をもらったんやろ?」
「三国を治める皇帝になったら、万全の状態で、ドワーフの国を攻められるって教えてくれたんだ。彼はその間にドワーフ国を攻められない国にすると言っていた。ようは時間稼ぎがしたいらしい」
「そんだけ? 兄さんを引き込むとかは?」
「来るように誘ったんだけど、ダメだったよ。けど、彼が仲介役になってくれたおかげで、三国とは綺麗に話が付いたし。攻めるためのコストカットもできた。金が浮いて、また次の冬に備えることができる。いいこと尽くめだ」
「ふうん……」
これは単に私の妄想でしかないけど、兄さんの目的は多分ドワーフの国と自分達の拠点を守る……なんてたいそうなもんじゃない。利益のためや。兄さんのギルドはドワーフの国にあるかも知れんけど、そんなん別に移動すればええだけの話やからな。
てことは、兄さんはフロストが皇帝になることで、莫大な利益を得る何かがあるはず……。
けど、象徴としての皇帝に求める利益ってなんや? 皇室御用達とかブランド戦略に利用するとか……? いや、それは費用対効果悪すぎ。ブランド欲しさに皇帝に押し上げるとか、しんど過ぎるわ。じゃあフロストが皇帝になって、兄さんが得することってなんや?
「何か不安かい?」
私の感情が伝わったのか、フロストは私を気遣うように言ってきた。けど、今は不安とかそういう話をしている場合やない。直面しとる問題に向き合わんと……下手したら時代に食い殺される。
「不安とかはない。論理的に行こうや」
「君のそういうところ、素敵だ」
眉を挙げて喜ぶフロスト。私はハンッ、と鼻を鳴らして今後の段取りについて話し合いへと移った。一番気になるのはやっぱり、次はどうするかやろう。
「次はヴァナヘイムの王とエルフの王女に、話付けに行くん? それはもう終わったん?」
「両者ともに、了解を得ているよ。アリステア君の筋書き通り、俺は二か国の調停者として船でここまでやってきた。サーシャに会いに来る前に、ヴァナヘイムでキャスパリーグ王を説得して、彼を連れて今度はニマーヌ様の所に行って話をつけてきたんだ」
「いつの間に……」
根回しの上手いことで。兄さんはともかく、フロストも以外に腹芸好きなタイプなんか?脳筋の怪物やと思ってたけど……まさかこっち方面も行けるとは。
「キャスパリーグ王はユグドラシルだけは絶対に譲れないって方向でね。ニマーヌ様も宗教的にユグドラシルは重要な木材だって主張してたんだけど、ここでサーシャがファインプレーをしてたんだ」
フロストは、馬車の窓からプラチナ鉱床のある大穴、【ニブルヘル】を指差す。どうやら基幹産業が別にあるから、エルフはユグドラシルにこだわらんでも、生計を立てられるってことになったらしい。
「エルフ側がよう納得したなぁ。森と一緒に生きる彼らが森を手放したってこと?」
「いや、ちゃんと伐採量は以前と変わらずって感じで、エルフが伐採を管理してる。けど、今まで通り決まった量を必ずヴァナヘイムに送るようにって取り決めを交わした。その代わりヴァナヘイムは、今度は逆に課役負担金をエルフたちに補助金として出すって方向に収まることになった」
「エルフたちが税やなくて、労働力としてヴァナヘイムに買われるようになったってことか。えらい複雑やなぁ」
「実際にはもっと複雑さ。けど、互いに一触即発の中で、妥協に妥協を重ねた結果って感じだ。おかげで迎えに来るのに、ずいぶん遅れたよ」
「ん……? てことは、戦争中にすでに、停戦の書類は纏まってたってこと? 彼らはなんでまだ戦争続けてんの?」
「彼らの国は、軍事と権力が別個で動いてるみたいでね。王が辞めると言っても、軍部が独立して勝手に動いてしまうらしいよ? だから彼らは、軍の上層部が辞めるというまで、たとえ自分達の王や王女様が辞めろといっても、続けるみたいだね」
「……上層部ってつまりヴィーダル? あの子無事なん?」
「いや、それが……」
───フロストが何か言いだす前に、馬車が急停止する。
何ごとかと馬車の窓に張り付いて外を見たら、どうやらエルフの集団が道を塞いでいるみたい。
……あれ、前にいるのヴィーダルじゃね?
「フロストさん! 私は貴方に決闘を挑む!」
鋭いレイピアを引き抜いたヴィーダルの声が、秋空の下に響いた。その声を聞いて、眼を輝かせたフロストは、餌に飛びつく肉食獣の如く、馬車から飛び出した。
「おぉ! ヴィーダル君ってやつは! 素敵過ぎないか! ヤろう!!」
牛を三頭一刀両断できる大刀を取り出し、笑顔で突進していくフロスト。防具も無しに突っ込んでいく様は、まるで神話の怪物のよう。これはマズい。
「アカーーーン! 逃げろーーーーッ! ヴィーダルーー!」
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