ヴァイキングVSトリックスター
「食えない人だ。ヨトゥンヘイム軍は、サーシャを守るために全力を尽くすと思っていた。どうやら、少しアテが外れたな」
アリステアの挑発に、フロストは眉を上げてはにかんだ。
「俺に言わせれば、ヴァナヘイムとエルフの集団がやっているのは、そもそもが茶番だ。それもとびきり質の悪いね。力が拮抗している相手と戦争するなんて、泥沼化を警戒するのは当然だろうに」
「では今回の戦いには介入しないと?」
「介入するにしても、戦争は何処かが狂っていないと始まらない。宗教、イデオロギー、戦略資源……まぁ、ともかく複雑に絡み合う要因の中でも、譲れない争点ってやつが必ずある。まずはその正体を突き止める事こそ肝要かな……なんて、今さらアリステア君に説明するほどでもなかったか」
「いえ、フロストさんが言うと、また違って聞こえますよ」
「ハハッ、攻めて略奪するだけだと思ったかい? まあ、間違って滅ぼさないようにするには、色々と休戦協定も必要でね。そこで彼らが絶対に譲れない物を提示してくる。そこは刺激しないようにしていたら、その国の輪郭が分かるようになる。彼らが何に喜び、恨むのか、分かるようになる」
鹿を狩る時に習性を勉強するのと一緒だよ、とフロストは微笑う。あくまで相手を壊すためだけに相手を理解し共感する。おそらくこの怪物は、何度も戦争を繰り返し、その度に相手のことを友達のように知り尽くしたうえで、殺して来たのだろう。
そしておそらく獣人とエルフ、両者に対しても、同じぐらい彼らを尊重し、彼らの文化について勉強し、彼らの考えを掴んでしまっている。もちろん友好的に振る舞うわけではなく、狩るためだ。その事実にアリステアは震える。
しばしの沈黙の後、アリステアは次の疑問を口にした。
「では先行部隊として、貴方の部下であるムニンを送り込んでいる理由は? まさかサーシャがそこにいると知っていたわけではないでしょう」
「もちろん。ムニンがあそこにいるのは偶々さ。犬の獣人の軍事クーデターが起きた時、次はエルフだと思ったんだ。だから彼らが一歩踏み出せるように、軍事力に投資した」
「なぜ次がエルフだと?」
アリステアが無数に見た未来では、他種族国家であるヴァナヘイムにおいて、様々な種族が戦火の火種になることが確認できていた。だというのに、エルフに投資したのには、自分が知らない情報があるからだと、アリステアは考えた。
だが、帰ってきたのは想像もしていなかった回答だった。
「夫婦仲が悪そうだったからだけど……ヴィーダル君は予想外だったな」
王と王妃の仲が悪いという理由だけで、そこが綻びになるとフロストは踏み、エルフの武力強化に舵を切ったのだと言う。アリステアから見て、上手くやっていたように見える二人だったが、彼の目には違って映ったようだった。
「……夫婦仲が悪いというのは、具体的には?」
「猫獣人は毛並みで分かるし、エルフは言葉のテンポで、相手を信用しているか分かる。あぁ、俺が見つけたんじゃなくて、部下が教えてくれたんだよ? 俺はそういう、細かいことには気づかないからね」
他にも色々その土地に住む人の癖がある、と話すその内容は、全て値千金の情報ばかり。商人のアリステアが知らない、その土地のリアルな質感を話す彼の情報収集能力には、思わず尊敬の笑みが零れる。
アリステアは有益な情報を惜しげもなく話してくれる相手に弱かった。だが、そこで彼は気づく。もしも自分の弱点を彼が見透かしたとすれば、他の国同様に、自分もまたフロストに攻略されているのではないかと。
フロストの類まれなる人心掌握術に絡め取られ、なお心地いいと感じている自分に、彼は警鐘を鳴らし、話に集中することにした。
「ですが、そう簡単にヴァナヘイムが落ちると思いますか? 軍縮したとはいえ、大国ですよ?」
「エルフが南から、俺たちが北から挟み撃ちすれば、ヴァナヘイムは落ちる。だからちょうどミズガルズを落とした後に向かおうと思ってたんだ。そうしたら、少し軍を動かすだけで、ヴァナヘイムとは良い条件で交渉できると思って」
地理的なアドバンテージを利用し、フロストはエルフを使い、自分たちに有利な食料調達先をヴァナヘイムで確保しようとしていた。
さらにそこからヴァナヘイムからの軍事支援要請もあれば、今度はエルフを狩ることができる。そうなればヨトゥンヘイム軍にとって、厳しい冬の前にやってきた、ボーナスステージの到来に他ならなかった。
アリステアはそこで一拍置き、話の矛先を変えた。
「フロストさんは味方でも容赦なく斬り捨てるんですか」
「心外だな。アリステア君も含めて、身内には寛容なつもりだよ? 陛下だって、殺したりしてないだろう? ねぇ、陛下」
完全に空気に徹していたジョン王は、フロストに話を振られ、首肯だけで答える。陛下はぎゅっと握りこぶしを作りながら、ただこの時が早く過ぎれば良いと、ひたすらに願っていた。
フロストはそんな陛下を意地の悪い微笑を浮かべながら見やり、それから改めてアリステアの方を向き直った。
「元々二国とも攻め落とす気であられたのでしたら、なおのことヴァナヘイムとエルフに声明を出しましょう。無血開城となれば、戦力を使わず、フロストさんは皇帝になれます」
「話が急すぎないかい? やっぱり俺をどうしても皇帝にしたいんだね、君は」
「貴方こそが世界を統べる皇帝に相応しいと思った次第です」
「君が本音を話しやすいように、一つ俺から本音を話そう。皇帝なんて絶対にならない。今でさえ、公爵で不自由なのに、皇帝になったらもっと不自由だ」
アリステアはぐっと渋い顔をした。
「まさか、俺を不自由にするのが君の目的?」
確認を取るように、フロストは笑い混じりに訊いた。
「残念ですが、フロストさん、貴方はもう自由に遠征することはできない。皇帝になり、自分の国から出ないでいただきたい」
その言葉で確信を得たフロストの目が、炯々と、アリステアを鋭く射抜いた。彼が大切にしているもの、その在り処に気づいた瞬間だった。
「ハハッ。なるほど……そう言えば君はドワーフ国に拠点を持つ商人だったな。三国を犠牲にしてでも、ドワーフの国に戦争を仕掛けてこないように、せき止めるのが君の役目か」
「……」
内心でやはりこの男は単なる暴力装置ではないと認識を改めながら、アリステアは平静を装った。
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