悪魔のプランテーション ――調停者への値札
ジョン王はこのシーンでは20歳で、アリステアは23歳、フロストは26歳となっております。
それぞれの身長が手前から172㎝、166㎝、193㎝なので、フロストに相対しているだけで、二人ともとても勇気がある二人です。
荒唐無稽な商人から発せられた突然の一発芸に、フロストは口を手で抑えて大笑いし、膝から崩れ落ちそうになるのとほぼ同時に、ジョン王は昔の嫌な記憶を掘り起こされたように、渋い顔になった。
上々の雰囲気になったところで、アリステアはついに本題を話し始めた。
「此度の戦争で、フロストさんは世界にその力を証明されました。金を奪い、国に仕える人間を奪い、ミズガルズに残されたのは僅かな使用人と識字率の低い国民だけだ。当然、彼らは復讐に駆られるでしょう。そうなったら───」
アリステアがそう言うと、フロストの先に応えたのは敗戦国であるジョン王だった。
「我々はそのようなことは全く考えていない!」
二人の視線がジョン王に集まる。彼の貌に嘘はなかった。ある意味、裏表のないこの性格だからこそ、人望だけはそこそこにあったのだろうと、アリステアはこの王を評価し、視線をフロストに戻す。
一方のフロストは何も言わず、その前提こそ大間違いだと言わんばかりに目を眇めていた。最初はただ何も考えず、上の空になっているようにも見えたアリステアだったが、次第に漏れたフロストの微笑に、アリステアは彼の悪魔のような事業スキームに気づいた。
「まさか……わざと恨まれるように?」
確認を取るように訊くと、フロストはYESともNOともとれるような、邪悪な微笑を浮かべたまま沈黙する。その静寂が、アリステアに最悪の答えを演算させた。
───根こそぎ奪ってしまえば、次はない。 だが、少しの食料と、戦う力を持たない弱者だけを残しておけば、彼らはまた必死に大地を耕し、食料を蓄える。復讐という甘い燃料を糧に、再び実るのだ。
「……あなたは、悪魔だな」
アリステアの喉から、掠れた声が漏れた。目の前の男にとって、肥沃な緑の大地は、ただ数年おきに「実り」を収穫しにくるための、広大なプランテーションに過ぎないのだ。
「その悪魔に国を売りたいんだろう? いくらだ? ドワーフの国を滅ぼすより安く付くなら買おう」
フロストはすでに、ミズガルズに武器を売ったドワーフ国を滅ぼすのにいくら必要か、頭の中で計算を終えているようだった。
「いえ、金では買えません。その代わりに幾つか条件を飲んでいただきたい。一つ、ミズガルズから奪ったものをできる限り返還すること。彼の子供や妃、それに派閥の貴族の処刑も取りやめていただきたい」
そう言った途端に、フロストは席を立ちあがった。これ以上の滞在は時間の無駄として、部屋を出て行こうとするフロストの背中に、アリステアは次の条件を叩きつけた。
「二つ、現在ヴァナヘイムと戦争中であるエルフに捕まった妹を助けていただきたい」
その瞬間、フロストの足が止まる。指をパチンと鳴らすと、何処からともなく人が現れ、フロストに耳打ちをした。
「ふむふむ……あぁ……はいはい。ヴィーダル君が獣人の国から独立したのか。いいね」
数分に渡る間諜とのやりとりの後に、席に戻ってきたフロストは、先ほどと同様に楽しそうな様子で椅子の上で足を組んだ。
「ご理解いただけましたか」
「捕まったなんて、真っ赤な嘘じゃないか。酷いな。取引相手に嘘をつくなんて。サーシャは、あっちで船作りをしているんだって? 」
ヴァナヘイムとエルフの国、両国の戦力を把握しているフロストにとって、戦況がどう動くかのシミュレーションは容易いことだった。よって、サーシャがどのぐらいの期間、安全なのかも情報からはじき出すことができた。
「フロストさんって、本当にやりにくい人だ。まいったな~」
わざとらしく肩をすくめるアリステア。情報戦を仕掛けるのは難しそうだと考え、仕方なく、定価で売りつけることにした。
「このまま戦争を継続すれば、うちの妹もただでは済まないでしょう。しかし、フロストさんなら助けに行ける。うん、ここまでは話さなくても良かったですね。話はこれからですよ、お客さん」
「つまりこうじゃないかな、アリステア君。君が売りたいのは、このミズガルズとヴァナヘイム、そして新しくできるエルフの国。違うかな?」
「おぉ、話が早くて助かりますよ。正しくその通りです。もしこの三国を掌握して頂けるなら、貴方は三国から認められた皇帝の地位につくことが出来ます。ミズガルズは言わずもがな、ヴァナヘイムとエルフの国、両者を泥沼の戦いから救い出すには、これしかありません。三方よしの考えです。どうでしょう。そのためフロストさんには、二国を取り持つ調停者になっていただきた───」
「こらこら。アリステア君。また嘘をついたね」
揺れる蝋燭の炎が、フロストの白い歯を不気味に照らし出した。
「……何かご不満でも?」
「君は武器商人だろう。戦争が終わって困る人間の一人だ。なのにどうして、戦争を終わらせたいんだ。ミズガルズから奪った資産の返還だけならまだしも、二国の調停まで行くと、流石に怪しさが勝る。違うかな?」
「そこまで私を疑うのであれば、なぜ妹の下へ行かず、私の話を聞いているんです?」
鼻で小さく笑い声が部屋に響く。アリステアはなぜフロストが笑っているのか、理解できなかった。
「そんなの、単純な知的好奇心じゃ駄目かな。自分で想像するよりも面白い未来を、サーシャの兄である君なら、知っているんじゃないかって思ってね。ほら、俺たち年も結構近いだろ? 俺の周りは賢い奴らが多くてさ。そういう奴らに支えてもらってると、賢人の言葉にはもっと耳を傾けるべきなんだろうなって」
実践するかどうかは置いておいて、とりあえず訊きたい、そんなスタンスでいるフロスト。人を弄しているわけでもない、真面目な顔をしたフロストの言葉に、アリステアは唖然としてしまった。
「サーシャを助けに行くよりも、話を訊く方が重要だということですか。フロストさん」
アリステアは慎重に言葉を選ぶ。まさか、自分の妹を切り捨てるつもりなのかと、考えたからだ。しかし彼の返答は違った。
「サーシャの? 助けだって? ハハハッ、そんなもの最初から行かないよ。俺が行ったら、それこそサーシャがあの場所にいる理由を奪うことになるからね」
「……しかし、最初に話を訊いた時、あなたは確かに助けに行こうとしたのでは?」
そう、彼は確かに席から立ち上がった。あの行動は彼女を溺愛するからこその行動だと、アリステアは認知していた。だが、そんな彼をフロストは驚いたように見た。
「え? ……いや、それは違うよ。戦争を始めたなら、サーシャ奪還を大義名分に、戦争へ介入するチャンスだと思ったんだ。まぁ、でも、ここで話を訊いている方が有意義だと確信した。さぁ、話を続けてくれ」
フロストの話に、身震いするジョン王とアリステア。そんな二人を見て、フロストは「冗談だよ。実は助けに行こうか悩んでた」と言って、笑ってみせた。それが真意か、アリステアには、にわかに判別がつかなかった。
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