ナニワの令嬢は重大な思い違いをしていたようです。
「アリステアさんのようになれ、ですか」
ヴィーダルは景色を見ながら何かを考え始める。追うべき指針を見つけたことによって、自分の輪郭がより明確になってきたのかも知れん。
「このまま武力の衝突ばかりやっとったら、確実に負けると思うけど。なにも戦争は、武力の衝突だけやない。自分の得意なフィールドに持ち込むのだって、重要な戦略やで」
「やってみます……姉様、直近でやった方が良いことって何かありますか?」
数秒考えて、ヴィーダルに……新しくできるエルフの国に必要なものは何か考えた。土地、金、人、はある。後は、それを他国が承認するかどうかや。
現在は南の大陸の唯一の統治者であるとされているヴァナヘイムから、エルフの村々が一斉に独立しようとしている状況で、他の大陸に住む種族たちは、このエルフたちが信用に足るかを見定めとる。
彼らにとって、自分たちが価値ある存在とするためには最初にするべきことが、一つあった。
「独立するって言ってんのに、ヴァナヘイムと同じ通貨使ってるのは変やな。国の特権って、通貨発行権がデカいし。プラチナの信用を担保に通貨発行したら?」
国として通貨を発行すれば、金という宗教に入信するのと一緒で、全体の価値基準が通貨を基準に据えられているということを、対外的に知らせることに等しい。国によっては、金よりも物々交換をメインにする文化が根付いている国だって、後進国にはある。
その点で考えれば、通貨で取引できるという情報は、他の国が『新エルフの国(仮)』を、信用するための安心材料になると言えるやろう。
「通貨の発行……ですか。考えたこともなかった」
ヴィーダルは顎に手を当てて、嬉しそうに口元を緩めている。けど、これには色々と基準を作る必要があって、とても大変なのも事実。『貨幣』を作るのには、厳格な『基準』が必要やからや。ただ、これにはなぜか適任がつい先ほどの話題にも出て来た男がピタリと当てはまる。
「兄さんを利用しよう。あの人を使えば、信用と流通と貨幣鋳造の三つを同時進行で進められる」
「協力してくれるでしょうか……? 実はすでに、武器の購入などで彼には少し、借金をしている状態なのですが」
「丁度いい。エルフの通貨で支払うと言えばええ」
「断られたら……?」
「兄さんが断ることは万が一にもないと思うけど、アンタらにはヴァナヘイムが失った、圧倒的に世界に誇れる商品がすでにあるやろ」
「有利な点……【宝珠ユグドラシル】のことですか?」
「そう。その木材は、今や独立したエルフしか伐採できへん。ヴァナヘイムやって、宝珠ユグドラシルに経済を支えられてきたんや。世界が認めるそのブランドを、貨幣の価値と結び付ければええ」
「具体的には……えっと、考えますね。……我々の通貨だとユグドラシルを安く買える、とかどうでしょう?」
「それがええやろう。木と一緒に通貨をアリステア兄さん経由で、世界に送り込む。貨幣を刷るということは信用を形にするということ。世界中に信用をばら撒いた時、エルフの国は正式に国として認められるって寸法やな」
「なるほど……朧気にしか浮かんでいなかった独立が、本当にできそうな気がしてきました」
衝撃的なことをいうヴィーダル。こいつ、まさか自分で独立運動扇動しておいて、ちゃんと独立できるか算段つけてなかったんか?
「アンタ……見切り発車でこれ始めたん?」
「……? ええ。やりたくなって。つい」
彼の言葉を頭の中で反芻する。たぶん理解を拒んだせいで、処理に時間が掛かってしまったんやろう。その情報を呑み込むのにほんの数秒の時間を要した。
「……アンタ、失敗したら死ぬって分かってる?」
「ええ。分かってますよ」
冗談やなかった。花びら舞い散る世界の中で、微笑を浮かべたヴィーダルは楽しそうに、今後についてあれこれと話してるけど、生返事しかできへん。彼はもしかして、我々の中で一番ヤバい男なのではないかと、思い始めた。
理想も大義も取り繕っただけの、ただやりたいから始めただけの戦争。
彼にとってこの戦争は、『チャンスがあったからやってみたら、意外とうまく行ってて面白い』程度のものなんかもしれへん。
気分屋のニマーヌ様にそっくりで、自分の内側にある衝動のためなら、平気で同胞の命さえも消費してしまえる、そんなエルフという種族に、私は久しぶりの恐怖を感じた。
これまで牢屋にぶち込まれたり、クーデターに巻き込まれたりしたけど、彼の無邪気な笑顔の方が何倍も怖く感じる。怠け者で緩み切った同胞を、自分の目的のために平気で戦争に巻き込む指導者、どちらが害悪かは言うまでもない。
「ヴィーダル……アンタ、結局最後はどうしたいん?」
「最後……ですか?」
「着地地点があるやろ。落としどころって言うか。ヴァナヘイムは国家主導でやってた基幹産業を丸々エルフに奪われてる状況やし、許すはずがないで。妥協点は探してるんやろ?」
「……特になにも?」
彼の言葉に、今度はこっちの口がポカーンと開いてしまった。
サーシャの勘違いは、ヴィーダルが他のエルフのために戦争をしていると考えていた事です。




