近づく運命の日───エルフはゆっくりと追い詰められているようです。
ヴィーダルに捕まって一ヵ月が経ってしまった。
怠惰なエルフたちを束ねるヴィーダルは、まともに正面から戦えば敗北する軍隊を率いながらも、持前の指揮能力と諜報能力を駆使し、ヴァナヘイムを内と外から攻撃し続けてるみたい。
元々暗い森から出ないという制約のもとで、圧倒的な地の利を生かして戦っている彼らが、一見優勢かと思いきや、普通に持ち場を離れてワインを飲んだりするエルフもいるため、うちのいくつかの拠点は、ヴァナヘイムの獣人によって制圧されてしまっていた。
そんな上と下で噛み合わない現場をまとめる頭目のヴィーダルは、今日も作戦室で、悔恨が口から漏れ出ていた。
「(基地が制圧されただと……⁉ 何故だ!)」
ユグドラシル製の鮮やかな色のデスクから立ち上がったヴィーダルは、血相を変えて状況の確認に努めるように、部下へ問い詰めた。
「(行商人より運ばれてきた果実酒に睡眠薬が入っていたようで……全員捕まえられ、現在捕虜という形になっております)」
「(バカか……)」
頭を抱えるヴィーダル。どれだけ優秀な指揮官がいても、戦場で戦う兵士が酔いつぶれているのでは意味がない。私は隣のデスクでソレを聴きながら、自分の仕事を無心で続けとった。というのも、こんな報告、この一ヵ月で何度もあったからや。
「(死傷者の数は……!)」
「(……報告によると、前線基地の兵士全てが眠っていたため、死者はゼロとのことです)」
「(そうか……よかった)」
何にもよろしくはないんやけど、ヴィーダル的にはオールオッケーらしい。つくづく上に立つのが似合わん子やわ。一ヵ月経っても、彼が奮い立たせてエルフを指揮しているなんて信じられん。誰かに唆されたとしか思えんかった。
(兄さんがヴィーダルを唆したんか……? 武器も見たところ、兄さんから買ってるし……それなら、一回兄さんはビンタしたいんやけど……肝心の兄さんはどっか行ってもうてるし……)
「(姉様、少しよろしいですか)」
「(ん……なんや?)」
呼び出しを受けて私は立ち上がった。すると、作戦室で小さなブーイングが起きる。
「(バイカル令嬢を置いて行け!)」
「(ここで話せばいいだろッ!)」
「(どうして俺たちがココで汗かいて働いてるのか分からないのか!若造!)」
沸き立つ文官のおじさま達。みんな若干目が血走っているようにもみえた。
「(我らの大地を取り返すためではないのか!!)」
ヴィーダルの正論に辺りは一変して静かになる。おじ様達の揶揄いに、馬鹿真面目に対応する若者。あまりいい構図には見えへん。
「(まぁ、そんな怒るなって)」
「(そうそう。別に負けたって、死ぬわけじゃないんだし)」
案の定ヴィーダルの一喝におじ様たちは肩を竦めて、言いわけを始めてしまう。そんなエルフたちを見て、ヴィーダルは無言で外へ出て行ってしまった。
「(すいません、若気の至りと思ってお許し下さい)」
私がそう言うと、おじ様達はニコニコ笑いながら頷いて、ヴィーダルの後を追うように指で扉を指示してくれた。
「(バイカル令嬢、我々も勝ちたいとは思っているからね。でも、いつも気を張ってばかりじゃ疲れるから、適度に息抜きしているだけなのだよ)」
そう言って金色の髭を撫でるエルフの文官。彼の言うことも分かる。緊張は伝染するから、上層部がどっしり構えてへんと、部下が不安になってしまう。それを見せへんためにも、常に冷静で緊張しているようではアカンということも。
ヴィーダルは周りが見えてへん。同じ仕事するんやったら、一人でどれだけ仕事して突っ走っても、後ろがついてこうへんかったら意味がないことを知らん。巧く空気を読んで、自分にできる範囲で、煙たがられへん程度に頑張らんと、残されているのは拒絶だけや。
「(分かってまっせ。そこはベテランの皆さんを信頼してるんで。今後もどうか、彼を支えてやってください。ちょっと話聴いてきますわァ!)」
もちろん彼らには微塵の信頼も寄せてへん。一回負けてる相手に、前と同じように戦おうとしている時点で、兵士がどれだけ成長しても結果は変わらんやろう。ヴィーダルはそれを肌で理解してるから、現場の空気感を変えようとしてたんやろうけど。
(立場で変えられるものもあるけど、立場じゃどうにもできへん空気感もあるからなぁ~。でも、逃げたらダメやわ)
兵舎の廊下に出ると、屋上で外を見ているヴィーダルを発見した。彼も私に気づいたようで、欄干に手をついて、気まずそうに下で手を振る私に手を振り返してきた。
「姉様……」
「ヨッ。お疲れちゃん」
階段を上って、屋上で彼の見ていた景色を隣で一望する。思えば初めてのことやったかもしれんかった。それから少しの間、森のざわめきが耳に煩く聞こえた。
───ヴィーダルが次に口を開いた。
「トップに立ったら、なんでもできると思ってました」
わざわざ人間の言葉で、ヴィーダルはそんな戯言を零した。人の言葉を泣き言零すために使うなんて、けしからんエルフや。
「トップに立っても、意外に何にもできへんかったか?」
それにヴィーダルは苦笑で返答した。
「───いずれ、私は村長になる。そのために今の村長である親には厳しく育てられました。私も当然、心構えはしているつもりでした。しかしいざ、人を束ねる立場となって痛感するのは、姉様やフロストさんとは違うということでした」
ヴィーダルの弱音に、色々言いたいことはあったけど。一番はやっぱり……。
「……いや、私はともかくフロストを目標にするのは止めとき?」
それに尽きた。
「それはなぜです?」
「……ヴィーダルは能力的には申し分ないねん。頭の良さやったら、フロストより偉いかも知れん。あと、演技力とかも一級品や」
そう言ってやったら、ヴィーダルは凄く申し訳なさそうな顔をしてきた。そのせいで真剣なお悩み相談やのに、吹いてしまいそうになったから、シリアス顔で話を続けてやることにした。
「けどな、フロストが凄いのは、武力でも爵位でもない。文化を背負ってることやねん」
「文化……ですか?」
「エルフにもあるやろ。木の上で暮らすとか、野菜ばっかり食べるとか。フロストはそういうのを作った人や。寒いところやから戦争を仕掛けて、勝って賠償金手に入れて、それで生活する、みたいな。殺して奪う文化を作ったのはあの人やで」
「……昔から強かったのではないのですか?」
「ちゃうちゃう。あの人の親は普通の辺境伯や。そこからフロストが生まれて、突然一代で子供の頃から戦場に出て、仲間を集めて、周辺諸国に戦争吹っ掛けまくるまで、成長したんや。公爵位やって、ミズガルズからこれ以上略奪しないことと、他の略奪者から守ることを約束に、手に入れたもんやからな」
それを聞いたヴィーダルは、目を剥いて驚いてるようやった。ここで例えるなら、ヴィーダルが強すぎてヴァナヘイムが降伏するようなもんやからな。彼の立場だからこそ、分かる異常性もあるやろう。
「せやから今のヨトゥンヘイムは、彼が作ったと言っても過言やない。アンタがあの人真似るって言うなら、エルフって文化をまた一から作り直すぐらいの気概がないと無理やで?」
あの人は根っからの蛮族や。そしてそれを広めて、人の世界で、一つの時代を作ってしまった。それを目標に掲げるのは、ちょっとハードルが高すぎるように思えた。
「なら私は、エルフを規律正しい種族にして見せます」
なぜか対抗するように、情熱を見せるヴィーダルやけど……根本的な問題があった。
「それは誰かが望んだことなんか?」
私の一言にヴィーダルは息を呑み、欄干を掴む指先に力が籠るのが分かった。それからしばらく、ブーゲンビリアの花びらが積もっていくのを眺める時間が増えた。
……南国のエルフたちにとって、好きな時に果実を食べて、好きな時にお酒を飲んで寝るというのが最高の幸せという民族じゃあ、フロストがいてもここまで大きくはなってなかったやろう。
その点でいえば、あの人は時代が望んだから生まれて来た人とも言えた。寒い場所で食べ物も限られた数しかなく、常に選択を迫られ続ける地獄のような環境で生き抜くには、優秀な指導者がヨトゥンヘイムには必要やったんやろう。
ある意味で民意を忠実に酌んだ結果生まれた化物ともいえる。彼らのような、鉄の掟を持ち、裏切れば即粛清、決まった時間に機械のように働きます、みたいな文化も、過酷な寒さが前提で成り立つもの。
土壌からして違うのに、真似して厳しくしようなんて、無理やと思った。一方で、そうやって突き放すのもどうかと思って、彼の指針になれる人は誰かとも考えるのが、姉心というもの。なのでじっくり考えた末に、適任が一人おることを思い出した。
「せや、真似するなら……兄さんがええかもしれん」
「アリステアさんが?」
突然名前の挙がった兄さんを不思議に思ったのか、ヴィーダルは訊き返してきた。
「せや。兄さんはああ見えて、成り上がり者やからな。バイカル家が潰れた後、真っ先に元手も殆どない状態で、成り上がったし」
「それにいつも困ってる人は見捨てられへんから、そこもそっくりや。規格化も、現場の人で数字が苦手で、そんな人でも作業できるようにって、前に言ってたからな。民衆のために働いてるところとか、ソックリやで?」
「……私には潔癖で白い手袋の武器商人、位のイメージでしたが……なぜか少し意外でした。姉様を見習ってはいけないのでしょうか」
「私とアンタは対極やで。たぶん。だって、エゴがないもん」
「そうでしょうか。規律を作りたいというのは、私のエゴのように思えるのですが」
「それも彼らのためを思ってやろ。なんちゅうか、とどのつまり、行動の指針が自分のためにあるか、他人にあるかやねん。アンタ、いっつも誰かのために動いてる人や。兄さんと一緒。せやから、私とかフロストみたいに、自分勝手に動いてる人ばっかりに眼が行くねん。たぶんな」
ヴィーダルはその話を聴いて、ポカーンと口を半開きにしていた。
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