バナナおじ様と会話───戦争はひっそり終わっていました。
瞬く間に一週間は過ぎた。きっと彼らは自分たちの国のため、命がけで働くものやろうと勝手に考えていた私は、ここ数日でそれが大きな誤算やったことに気づかされた。というのも、彼らは自己申告よりずっと盛った数を報告したり、そもそもやってない仕事を私に報告してきたりした。
なぜ彼らがそんな無意味なことをするのか理解に苦しむけれど、たぶん彼らは私以上に危機感のない、楽観的に物事を決める節がある。食べ物が豊富にある南国育ちやからか知らんけど、国を作ることには賛成やけど、それで疲れるのは嫌、みたいな性格の連中が凄く多い。
ヴィーダルがあれだけ軍服からルールを決めて、しっかりやってたのは、そうでもしなければ統率が取れないぐらいみんなが怠惰である証左やろう。ほんまありえん話やけど、エルフの中じゃしっかり働くヴィーダルみたいな人の方が、異端児らしい。
どれぐらい異端かと言えば、雪国で一人、誰にも手を借りずに怠けて暮らす人、ぐらいありえん存在とのこと。仲良くなった幹部のおっちゃんたちからは、その勤勉さを哂われることもあるのが、今のヴィーダルやった。
「それでヴァナヘイムと戦おうって言うんやから凄いよなぁ……」
どれだけ思い切れば、そんな不安材料で博打が打てるのか、ヴィーダルの狂気の一端に触れた気分になりながら、今日の私は、ミヤハと一緒にとある施設に向かっていた。
そこは私に与えられた家から十分もかからない場所にある。早々に顔パスでその施設には入ると、中からは鋭い鉄の棒が鉄板に刺さる金属音が聞こえてきた。
「バナナおじ様。来たでー」
「あー、麗しのレディ・バイカル。御機嫌よう。私の名前はムニンだ、それとも、そう呼ぶのが好きなの、かな?」
「せやで、ムニンさん。バナナおじ様って良くない?」
「ご令嬢の感性は時に新鮮な刺激を与えてくれる。好きに呼びたまえ。この世界で、そう呼べるのは貴女しかいないのだから」
なんやよう分からんけど、バナナおじ様もご機嫌みたい。今日はフロストの運営する団体の一つにお邪魔してる。フロストは戦争以外にも、戦いを教える仕事もやってたりするから、その仕事の一つや。
バナナおじ様はフロストの手伝いで、ここの施設を任されているらしい。元々フロストに戦いを教えていた師匠らしくて、昔は一緒に戦ってたらしいけど、今は現役を退いて、教鞭を振るっているんだとか。
鍛え上げられた体軀に反して、その所作には老練さが滲み出てる。まじまじと眺めて、まだ戦えそうやと思った。
「なんで引退したん? どっか怪我してる風には見えんけど?」
「こう見えて、もう五十は過ぎているからな。中々、従軍するには骨が折れる」
「全然見えへんな。三十代かと思った」
素直に感心していると、バナナおじ様は薄い唇の片側をちょっと上げた。
「ふふん。悪くないお世辞だ」
そんな話をしながらバナナおじと一緒に、ボウガンの音が響く訓練場に見学にやってきた。的に向かって沢山の兵士がボウガンの弾を発射しては、装填するまでを時間制限内にどれぐらいできるかの訓練をしている。
「連射式ボウガンは使ってへんの?」
装填に四苦八苦してるエルフの兵を見て、私はうちの護衛が持ってるボウガンのことを思い出す。あれを使えば、マガジンを変えるだけでボウガンが連射できるはずやけど、彼らはわざわざボルトを乗っけて、ハンドルを回して弦を張ってる。無意味なことをしているようにみえた。
「最新鋭の装備は彼らにはまだ早い。楽をするのは、しっかりと基礎を身に着けてからだ。あそこにいるのは、まだひよこもひよこ。新兵といってもいい。───なに、気にすることはない。貴女をお守りするのは、このような場所にはいない上澄みの兵士達だ。あれらのような使い捨てとはワケが違う」
バナナおじ様は、見学の途中で、サボっているエルフを見つけるや否や、蹴り飛ばし、何度もぶん殴ったあと、清々しい気持ちで拳についた血を拭いながらこっちへ戻ってきた。
「すまない。少し教育をしていた。それで? なんだったかな?」
「私の護衛が上澄みも上澄みとか。そういう話でしたやん」
「んぁ、そうだった、そうだった……貴女の護衛についての話だ。最近物忘れが酷くてね。やれやれ」
私は彼の顔に散った返り血を、持っていたハンカチで拭いてあげる。すごいハードな世界観で生きてるおじ様やけど、命を懸けて守るってなったら、これぐらい野蛮な方が向いてるんかもしれん。
「おぉっと、失礼。顔に血がついていたのか。気づかなかった。……あっ、というよりも、しまったな。フロストとの約束を一つ破ってしまった」
「なんか約束してはったんです?」
「あー、つまりだな。……貴女の前では暴力を見せることは一切が禁止なのだよ。これは内密に頼むよ。あと、ヴィーダル君の言っていた、三メートル以内に近づかないという約束も、あー、破ってしまったな。これも内密に」
「フロストがそんなことを?」
「そうだとも。もしこのことがバレれば、私はフロストに殺されるまではいかないかも知れないが、前歯の二~三本は覚悟しなくてはならない。歯はこの前差し替えたばかりでね。また変えるのは億劫だ。だからどうか、言わないでくれると助かる」
「それは別に構わへんけど……。というか、別に私も耐性がないわけやないし。武器も暴力も嫌いやけど」
「それは大変結構だ。しかし、貴女はフロストの嫁になるのだろう? であれば、知らねばなるまいよ。我々の商いを。その醜い部分を。───出来なければ、篩にかけることになる」
「……ふるいにかける?」
バナナおじ様は、拭き終えたばかりの拳を軽く握り、遠くを見るような目をした。背後では、変わらず矢が的を射抜く乾いた音が絶え間なく響いている。
「そう。これまでも、フロストに近づく女性はとても多かった。だが、誰一人として婚約者などという肩書きを手に入れるまでには至らなかったのだ。なぜだか分かるか?」
「バナナおじ様が消したんか?」
彼は喉の奥で小さく笑った。
「んん。さすがは物流王の娘。今回のは、どうやらアタリのようだ。素晴らしい。そう、私の役目は、篩にかけることだ。選別し、区別し、切り捨てる。育てもするが、もっぱら私の業務はそちらが専門だ」
網の張った容器で粉砂糖を篩にかけるようなジェスチャーをしながら、バナナおじ様は右の口元を少し上げた。
「そんで? バナナおじ様のお眼鏡に私は叶った?」
「もちろんだとも。私をそのような奇怪なあだ名で呼んで、未だに生きているのがその証拠だ」
ムッ……さては嫌なんか。バナナおじ様。貌を見ても全く嫌がってる気配すらなかったのに。
「私は好きやけどな、バナナおじ様。……そう言えば、帳簿見たんやけど。エルフたちがおじ様たちに払ってる金額って、結構な額やんな。昔からこの仕事してはるん?」
もし仮に、バナナおじ様が昔からこの軍事教練の仕事をしているのであれば、それはヨトゥンヘイム軍の収入や。それが私の眼に入らんってことはつまり、フロストは私に見せてない裏帳簿を隠し持ってることになる。
「フロストが隠し財産を持っているのではないかと疑っているのか。残念だが、彼はそんなものは持っていない。手に入れた先から武器と施設に全力投資の男だからな、彼は。ここでの収入は最近のものだ。ほんの二~三ヶ月ほど前だろうか。褐色のエルフたちから仕事の依頼が極秘裏にあってね。額も悪くなかったので、引き受けたというわけさ」
「二~三ヶ月……もう戦争が始まってた頃やな」
「んああ。そしてもう終わった戦争だ」
「うん…………───えっ……⁉ 終わった⁉」
バナナおじ様は、あくまで世間話でも続けるような、あまりにも軽い調子で言葉を継いだ。
「なんだ知らなかったのか。フロスト・フォン・ヨトゥンヘイムは、ミズガルズ王家をついに降伏させ、身柄は現在彼が保護するという形で監禁しているぞ」
頭の中で、色んな計算が一瞬にして狂っていく感覚がした。持っていたハンカチを、無意識に強く握りしめる。
「……それは聞いてへんわ」
「そうか。ソイツは教えられてよかった。あと一ヶ月もすれば、貴女の下にも迎えの船がやってきたはずだが……そういえば変だな。なぜ貴女はここにいるんだ?」
状況を整理すると、バナナおじ様は私がココにいる可笑しさに気づいたようやった。
「ずっと仲良くしてたエルフの子がおるんやけどな。その子が独立運動を指揮する組織の親玉やってん。ほんでなぜか捕まって、暇やから、仕事手伝ってるって感じ?」
「おぉ、なんということか……。凄いアグレッシブなお友達だな。あと君も」
「そうかな? ヨトゥンヘイムじゃもっと悪質なデモとか日常茶飯事やろ? あれ見てるからか、別になんかクーデターって言われても、そんな非日常感ないんよな」
向こうじゃ氷点下-40度とかの世界で、全身鎧を着て、盾と剣を持って邸の前で仁王立ちする人とかいるし。近くにおらんだけ、まだ全然怖くもなんともなかった。
「なーるほど。……フロストめ、繊細だとかなんだとか、抜かしやがって。全然逞しい子じゃないか。ここまでの鋼メンタルは早々お目に掛かれるものじゃないぞ」
「いや、私は一応繊細な乙女なので。そこのところしっかりと、ガラス細工を扱うように頼みまっせ」
バナナおじ様は目を丸くしたあと、堪えきれないというように喉を鳴らして哂った。
「……いや。なるほど、扱い方が分かった。気遣い無用というわけだ。では、もう少し、深淵を覗いて行きたまえよ。貴女の好きな商売の話も転がっているやもしれないぞ」
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




