ナニワの令嬢、帰り支度の途中で裏切られるようです。
このお茶会には、ヴィーダル(ナショナリズム)とニマーヌ(ニヒリズム)、それとサーシャ(ネオリベラリズム)の3人が座っています。ここにアリステア(グローバリズム)も加えたかったですが、諸事情により今回は参加できていません。
紅茶の一時は穏やかな時を刻んでいた。談話室は、綿の繊維で作った網を、希土類の溶液に浸したものに火を灯したものを使用しており、白熱した灯りが部屋を明るく照らしている。そこに不釣り合いの持ち込まれた大理石の机と椅子が三脚。異質に存在していた。
台に載った紅茶の匂いの他には、エルフが好む香木の香りが部屋を穏やかに満たし、神聖さすら感じられる趣深い空間づくりに貢献している。そのような場所で、お茶会は続いとった。
「姉様のその考えの根幹にある思想は、一体何なのでしょう? 全てが無意味だと思うから、全てを変える権利を主張しているのですか?」
彼は変えたいという衝動の在り処について、私に訊いているようやった。確かに現状維持がもっとも最善で最高であれば、変えようとする気にはならんやろう。
「無意味だから変えるというのは、まぁ、ちょっと極論やろう。現状に不満があるから変えたいと思うだけや。それに無意味なものに見えても、そこに価値を見出すところが……ある意味、商人としての才能ちゃうか?」
私の始まりである氷やって、もともと王家御用達のシャーベットに使われるぐらいのものやったしな。それを庶民用に切り出して流通網を整備して、売り出したのは、これはある意味では価値の創造と言ってもいいやろう。
虚無主義とは対極にあるというより、コインの裏表のような存在と感じなくもなかった。
「現状に不満を持ち、無意味なものに価値を与えることが才能……ですか」
「さっきの話に戻るかも知れんけど、ある意味でこれもクーデターと構造は近い。理想に近づけるために、暴力を使うか、金を使うかのどっちかや」
「理想……」
ヴィーダルはその言葉を呟き、俯いた。理想は空想とは異なる。現状から地続きの結果起こりうる未来に道標を立てる行為や。そこには今とは明確な差がなければならない。それはつまり、現状に不満があって、それを何かしらの形で解消した形を思い描くことに他ならん。
「自分が現状に不満を抱えていることを自覚するのは恐ろしいか?」
「……理想を描くと言うことは、自分と世界を客観視することに他なりません。私にとってこれはある意味ストレスになる。窓枠に指を滑らせて、埃を探すような行為とは思いませんか?」
「まぁ。神経質とも言えんくもない。気づかなければ、その部分と理想のギャップに悩まされることはないからな。けど、気づいてしまったら、その後の対応は十人十色やと思わへんか?」
ゴクリとヴィーダルの喉が鳴る。彼にも何か現状に不満があるのか、私の貌をマジマジと見てくる。私はそれを、話を聴いてほしいのだと認識した。
「ヴィーダル、アンタはもしも自分の理想に気が付いた時、どうする? 暴力を使うか、金を使うか。あるいは第三の選択肢を取るか」
「あるのですか。第三の選択肢が」
「そりゃ人の数だけあるって言ったやろ。あるはずやで。理想に近づくための、アンタだけの答えが」
そんな話をしていると、つんつんとテーブルの下で私の脛を蹴るつま先に気づく。その足の主の方をみると、とても退屈そうにスコーンを口に運ぶニマーヌ様がおった。
「このスコーンとっても美味し~でありんす」
「確かに! これめっちゃ美味しくないです? ついてるジャムがいいんやろうか。このジャムって全部ここで育ててるんやろうか?」
「各地に点在するエルフの村では、フルーツの物々交換もしているんでありんすよ。それと、ジャム作りはエルフの秘伝でありんす。教えることはできんせん」
スコーンに舌鼓を打ちながら、そんな最高級品のジャムの可能性を探る。ヴィーダルと難しい話をするのもいいけど、ニマーヌ様とこうして甘いお菓子の話をするのも楽しい。益体のない話は頭の休憩と心の栄養になった。
心とお腹が満たされた私は席を立って、食後の運動とばかりに帰り支度を始めた。
テントに一泊しただけやから、それほど私が触るものはなく、むしろ使用人に指示を出すぐらいしかやることはないけど、ナンバリングした行李に、何が元々入っていたかを記憶しているのは私とミヤハだけ。
大きさによっては、持って来た他の箱では入らんものもあるから、適した容器に入れる必要があった。
「扇は簡単に折れるから丁寧になー。そっちの扇は羽根付きやから七番に入れて」
「畏まりました、お嬢様」
そんな会話をメイドたちと交わしながら、テキパキと荷物整理を終わらせていく。そうしてほとんどテントも畳み終えて、ヴァナヘイムへ帰還する準備が整った。
「最後に村長の家に挨拶しに行こうか。……そういや、兄さんは朝食に顔出してへんかったけど、まだ寝てるんかな?」
村の中にある兄さんのツリーハウスに顔をだす。
「あれ……もぬけの殻や」
昨日あんだけ楽しそうに話してたのに、朝になったら姿形もなかった。てっきりニマーヌ様と一緒に国に変えるのかと思ったら、もう先に一人で帰ってしもうたんか。相変わらずせっかちな兄さんや。
「サーシャ様……これを」
ミヤハが兄さんのツリーハウスの中で拾ったのは、男ものの髪留め。確か兄さんに仕えてる執事のおじいちゃんが付けてたやつやった気がする。
「これ、あのおじいちゃんのやない?」
「はい、これはバイカル家の執事長の証です。これを落とすなんてありえません」
腕を組み、思案する様子のミヤハに、私は彼らに何かがあった体で状況をシミュレートした。
「ミヤハ、もしかして私たち、もう逃げられへんかも」
そんな私の声に呼応するように、聞きなれたいつもの声が耳元で響き、同時に首筋に冷たい刃物が触れた。背後に立っていたのはヴィーダルとニマーヌ様。二人がグルということは、つまりは、『あぁ、やる気なのだ』とすぐに理解できた。
「ヴィーダル……アンタこれ、冗談じゃ済まされへんで」
短い言葉に重い意図を含ませ、短刀の所有者の名を呼ぶ。左端の視界には、僅かに使い古された黒い短刀が、私の命を奪えるだけの近さに添えられていた。
「姉様。どうか私に従ってください」
淡々と告げるヴィーダル。護衛の人達が剣を抜きかけるのを、ヴィーダルは私の首筋に刃物を這わせることで止めさせた。細い首筋がチリチリと痒くなり始める。見れば、首筋からは赤い線が私のドレスに赤黒い染みを作っていた。
「なるほど……ウサギ小屋より上等な部屋で頼むわ」
そんな軽口を言う私の口は、いつもより、どこか少し乾いていた。
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