選択の朝───ナニワの令嬢とイレブンジズ
早朝。といっても、日が差し込まへんからずっと暗いまんまやけど、朝がきた。
時間の把握は手持ちの歯車仕掛けのミニ時計で確認できる。テントの外はまだ全然暗いから、おかしくなったかと思ったけど、時計もない癖に規則正しい生活をするエルフたちを見たら、もう起きる時間なんやろうなと思って、横臥状態やった体をベッドの端まで滑らせた。
テントの外を開けると、幻想的な淡い光の中でエルフたちが早朝の畑仕事に向かう姿を見た。共有の農地があるようで、皆木の上から梯子を下りて、下にある農地へとぞろぞろと、農具を持って行進して行く。
私はそんな彼らを横目に筋トレとストレッチを始めた。今日は商談も一段落したから、下山して各所に情報伝達をして周ろう。手紙でやり取りするのでもええけど、私がココにいる間はせめて対面で交渉したいし。
「今日は午後から三件……行けたらええな」
食事を終えたら、身支度を済ませて下山する。そんな予定を立てながら、アキレス腱を伸ばす。
「ココは寒くとも、山を下りればまた猛暑が続きます。ルートはこの順番が良いかと」
手を挙げて脇の下を伸ばしながら、事前にミヤハが用意してくれたルートを確認して頷く。確かにこれなら、最短ルートで、陽射しを避けて通れるルートやった。
「朝食にはニマーヌ様も出席されるようです。少し気合を入れて化粧を致しますか?」
「別に朝からごりっごりに化粧せんでもええやろ。かえって相手に気つかわせる」
「かしこまりました」
タオルで汗を拭って、支度を済ませると、足早に私は朝食が用意されている村長宅へ向かった。そこで出された料理は当然野菜や。生野菜のサラダに、みそ汁、きんぴらごぼうみたいな甘辛い味付けの和え物に、沢庵、米、何処かすごーく馴染み深い料理の数々が出され、そして全て薄味やった。
「健康になってまうなー……」
そんな言葉を呑み込む。味は確かやし、腹やって満たされる。ただその満たされ方が沢山食べたというよりも、食物繊維によって腹が膨張した。と、形容する方が正しいような、膨れ方やった。
ぱんぱんになった腹を撫でながら、食後にはエルフが用意してくれた特産品のフルーツティーを口にする。フルーツという繊細な果実を大切に育てているからか、舌が他の種族よりも格段に良いような気がした。
「ていうか、エルフって五感が人間より敏感なんとちゃいます? なんか繊細な感じがしますわ。香辛料とか、料理にほとんど使われてへんように思えましたし」
「どうでありんしょう。香辛料の多い料理でも美味しいと感じんすけど。確かに故郷の料理はどこか懐かしく、それでいて温かみのある味でありんすね」
そんな私とニマーヌ様の他に、気まずそうにお茶を飲むヴィーダル。どんな反応をしてよいものか探るように、無言でただお茶に口をつけていた。
「なぁ、ヴィーダル」
「なんでしょう、姉様」
カップから顔を上げたヴィーダルは、何処か寝覚めの悪かったんか、思い詰めたような顔をしてる。これは私が話を聴いてやるしかないな。
「面白い話して」
「えっ……面白い話、ですか」
「うん。はよ」
寝起きのせいかまだしっかり回ってなさそうなヴィーダルの頭。こいつまさか、昨日は夜更かししてたんか? 悪い子やでほんま。私みたいに夜の九時には寝えへんとな。ていうか、二人ともどっか眠そうなのは何なんや。エルフって夜型多いんか?
「そう言われても……えぇ? 面白い話……ですか?」
何かを捻りだそうとしているのは分かる。けど、寝起きに呆けた頭じゃそんなすぐに、面白い話も浮かんでこうへんようやった。
「二回も訊くな。なんでもいいから今考えてること言ってみ、はい、3、2、1……」
「───も、もしも話なんてどうでしょうか……!」
益体のない話ベストスリーをココで持ち出してくるとは……。なるほど、恐れいった。そこまでの自信があるなら訊いてやろうやないか。
「おぉ。もしも話って? 金が無限にあったら何したい~みたいな? 」
「はい」
ヴィーダルの自信気な表情に、私は微笑を浮かべて頷く。ニマーヌ様をみたら、相変わらず何考えてるか分からんけど、仄かな笑みを浮かべてはる。私たちは優しい。
「具体的には? 金なんて、いくらあっても足らんが答えや。世界が全部買えたとしても、私が金に困らんことはない。一生金が要る」
「……姉様は相変わらずというか、満ち足りるという感覚に乏しいかたのようで。強欲というか……。お金が全てだと思っていらっしゃる」
失礼なこという馬鹿犬に、私は少し講釈を垂れてやる気になった。不足しがちな必須マウント酸を摂取するための、私が気持ちよくなるためだけの語りをする気になった。
「商人が強欲やなかったら意味不明やろ。それに貨幣は世界で二番目に流通してる通貨やしな。欲しいと思わんほうがおかしい」
「……二番目? 一番流通しているのではなく?」
期待通りの返しをしてくれるヴィーダルに口元を緩めながら、私は持論を展開していく。
「貨幣は何かと交換するための代替商品や。ほらっ、そう考えたら自ずと分かるやろ。みんながある程度は持ってる、物を手に入れる手段といえば?」
「……金以上に便利な入手方法ですか? 言葉、でしょうか」
「なワケあるかい。言葉で商品が手に入るなら、今頃私は神様になっとる。正解は───暴力や。成人したらある程度の人間は持ってる万国共通の通貨や。違うか?」
そういったら、あからさまにヴィーダルの貌は不機嫌になった。見損なった、というわけではなさそうやけど、義憤に満ちた顔をしてる。
「姉様、それは話が少し飛躍しすぎでは? 暴力は万能じゃありませんよ。振るえば、仕返しをされるし、社会的信用を失います」
「それを言うなら金やって万能やない。でも両方、ある程度のものは手に入るし、ある程度の物は従えることができる。貨幣と一番の違いは、法によって価値が定められているかどうか。あと、正の信頼で動くか、負の信頼で動くかの差や」
「暴論だ。であれば、世の中に蔓延るあらゆる暴力を姉様は肯定なさるんですか?」
「肯定するかしないかやない。実際問題そうなってるって話や。でも、あまりに便利過ぎるから昨今じゃ規制も多いな。あと言っておくけど、私も当然、そのやり方は好きやないからな? 物の価値を著しく下げることもあるし、高くつくこともあるし。……ただ、その通貨でなければ手に入らん商品もあることもまた事実や」
そう言ってフルーツティーを口に運ぶ。ヴィーダルは私の言葉を反芻でもしているのか、黙りこくって一杯のフルーツティーを飲み干して、お代わりを要求した。
そんな折にふとニマーヌ様は微笑んでいらっしゃって、何か面白いことでもあったのかと、彼女の貌を見た。
「どうかされましたん?」
「いいえ。貴女がもしもクーデターを起こすなら、その暴力で一体何を買うのかと思っただけでありんす」
ニマーヌ様の言葉に、なぜか私の頬に変な汗が浮かぶ。もしも話にしては、リアリティがあり過ぎたからやろうか。
「クーデターをしてでも欲しい商品か……国営のインフラとかが欲しかったら、あるかも知れへんですね」
「姉様はクーデターを肯定されるんですか?」
ヴィーダルは慎重に言葉を選ぶように、私に訊いてきた。
「クーデターを肯定するかっていうより、何かのために戦うことは悪いことやないやろ。早とちりでもっと別の選択肢があるのに、その選択肢を選ばんのは愚かやって話。全部やり尽くして、他に選択肢がないならやってもええやろ」
「それはとても身勝手な考えではないでしょうか」
そういう割に、ヴィーダルはその先の答えを求めているようやった。
「ヴィーダル、あんな。人は誰しも生まれたからには、この世界を変える権利がある。アンタにも現状を変える権利があるんや。暴力はスマートやないけどな。それはアンタの言う通り、身勝手な行動やろう。周囲に迷惑もかける。せやけど、それで諦められへん理由があるなら、人生を賭けてやる覚悟があるなら、やるべきやと、私は思うで」
なんて、熱く語ってしまってちょ~っと、恥ずかしい感じになってしもうたけど。なんや、ヴィーダルが物凄いやる気の眼になってるのがちょっと怖い。こいつ流されやすそうやし、私の言葉で変な行動に出んかったらええけど……。




