闇の中で───告解
「ホホホホホッ───けんども、そうなると、少々困ったことになりんしたね」
楽しそうに微笑ったニマーヌは、月を映しとったようなその銀の瞳に、無邪気な乙女とは打って変わった、計算高い謀略家の色を顕した。
「貴方が自らの意思でかの王に戦いを挑み、サーシャを放さないというのなら、いよいよ誰もが恐れるあの氷王でさえ、敵に回すということ。つまり場合によっては、多勢に無勢のままフロストと戦うことになりんすが、これはエルフの歴史始まって以来の窮地ではありんせんか?」
「そうでもない。戦う算段ぐらいはついている」
「あらあら……うふふっ」
一皮むけた彼の言葉に、目を眇める(すがめる)ニマーヌに、ヴィーダルは今後の段取りについて、自分の考えを口にした。
「フロストさんと敵対するならば、姉様の扱いに気を遣う必要もない。───磔にしてでも、あの人の前に出してしまえば、身動きは取れないだろう」
「愛する人を磔にしようだなんて。随分と鬼畜の素養があったようでありんすね」
「少しの間だけだ。我々が目指す獣人の国からの独立。その間だけ、彼女をこちらで拘束する」
「その後は? 事態が収束すれば、エルフはサーシャを差し出すでありんすよ。その時に、貴方を守るエルフは誰もおりんせん。味方に棄てられ、フロストに殺されるでありんすよ」
大義があれば、戦う覚悟も滾るエルフも、他人の恋路のために命を張ることはない。一時であれば、混乱に乗じてサーシャをアールヴヘイムに留めることができても、その後には絶望が待っている。
だが、
「……それでいい」
ヴィーダルの言葉に耳を疑うニマーヌ。彼は暗い地面を見ながら続ける。
「まあ。それはどういうつもり?」
「おまえを旗頭にしたクーデターが成功すれば、エルフは獣人から独立し、新たなアールヴヘイムの女王が誕生するだろう。私の役目はそこまででいい。フロストさんに殺されても文句はいわない。ただもう少しだけ彼女の傍にいたい。私の願いはそれだけだ」
「命を懸けるには安すぎる願いでありんすね。もっと、サーシャの全てを奪う。くらいに言うのかと思いんしたけども」
「サーシャはフロストさんを愛している。あの人もきっと彼女を幸せにできる。私という存在は邪魔でしかない」
「そうでありんすね。傍から見れば、我儘な間男か。質の悪いストーカーでありんしょう」
「……だとしても。私の人生に、再び色を与えて下さったのはあの人だった」
そう呟いたあと、胡乱げな流し目を向けるニマーヌの横で、ヴィーダルは胸の内を打ち明けるように語り始めた。
「戦争に負け、土地を追われ、婚約者を──ニマーヌを、エルフの総意によって差し出す形で奪われ、海辺の陽射しが強い地獄のような大地に追いやられた私は生きる希望を見失っていた。首を吊り、命を絶とうとも考えていた。───そんな時だ、村長である父が私に人間の人質という使命を与え生かそうとして下さった。そこで見た二つの光は、言うまでもない。私にとって未来を進み続けるあの二人はあまりにも、眩しかった」
ニマーヌはその物言いに、片眉だけをそっと上げた。彼の語る『総意』とやらの中に、あの日、自分を助けようともがく婚約者の姿など、欠片も見た覚えがなかったから。だがそれを、今更彼に指摘するつもりもなかった。
それは今まで決して明かすことはあるまいとしてきた、彼の思いの丈。戦いに一度負けた敗者の残酷な真実だった。同時にそれを聞いたニマーヌの貌の右半分は笑みを浮かべ、左半分はどこか暗い表情のまま、淡々と訊いた。
「そのような状況になっていたとは驚きんした。随分と薄情な男と思ってはいんしたけども。それとも、その言葉も妾を謀るための甘言でありんしょうか?」
ニマーヌはヴィーダルの人格を鑑み、そう問い詰める。ただそれに彼は、小さくかぶりを振った。
「救われたんだ。生きる目的を見失っていた私に、新しく生まれた気持ちだった。だからこそ、この気持ちを失ってしまうことが何よりも恐ろしい。また過去の私に戻ってしまうのは、もはや耐えられそうにない」
話を聞き終えたニマーヌは、この男を最も近くで処罰する特権を持ち合わせていた。何処までも他人に尽くすことが好きなこの男が持った初めての欲望。奉仕し続けたいという、彼女には理解できない類の望み。かつてそれを向けられていた身から溢れる形容しがたい憎悪。全てまとめて、笑みが漏れた。
「過去、でありんすか。羨ましい限りでありんすな」
身の毛もよだつ冷淡な声で、ニマーヌはヴィーダルの手を取った。
「では精々、妾のために。己のために。粉骨砕身でクーデターを成功してくりゃれ。その先に待つのが絶望だとしても……決して歩みを止めてはなりんせん。よろしいか?」
「それがおまえの望みであり、私の望みである以上、進むしかない」
こうしてヴィーダルとニマーヌは、互いに地獄に飛び込む覚悟を決めたのだった。




