棚から牡丹餅───怪我の功名とも言えそうです。
「(サーシャ、そのプラチナ、一体どこで見つけたでありんす?)」
ニマーヌ様が私の手の中で転がる偽物の銀を見て、確かにそう言った。
「(これがプラチナやて……?)」
私は席を立ち、卓上のランプへと石を持ち寄る。明るくなった炎の下で、再度じっくりと小粒の石を観察した。兄さんは最悪な状況に陥ったと言わんばかりに、顔を顰めて、今まで聞いたこともない大きな溜息をついた。
観察を終えた私は、ニタァ~、と邪悪な微笑が零れた。
この手にあるのはまごうことなきプラチナ。なんでこんなものが、あの地下牢にあったんかは知らんけど。これを隠していたなんてニマーヌ様もお人が悪い。プラチナがあるならば、この取引───全て三方ヨシで片付く方法がある。
兄さんはテーブルに肘をつき、指を組んで私を見据えた。「サーシャ、お前は大損したいのかい?」
兄さんは、プラチナの用途について黙っていて欲しいんやろう。遠回しな言葉で、それも人間の言葉でわざわざ止めてきた。
「兄さんがプラチナを欲しがる理由……なんや、化学実験でもしたいんか?」
「……きっと私とお前の用途は違う。だがプラチナの希少性だけは、その顔を見れば知っているな?」
「当たり前や。人間の国じゃまだ流通もしてへん。幻の貴金属やで」
その言葉を聞いて、がっくりと肩を落とす兄さん。どうやら、ここにわざわざ足を運んだのはこのプラチナのためらしい。それが分かるとストンと、兄の行動が腑に落ちたような気がした。
私はエルフの二人には申し訳ないけど、少し人間の言葉でやり取りすると最初に申し上げてから、兄さんとの交渉を開始した。
「兄さん、最初に言っておくけど、私はこれでも氷売りや。雑食になんでも売る兄さんとは違う。この案件、兄さんに任せてもいいと私は思ってる」
前提として私のノヴァーリス・ホールディングスは氷に特化した会社や。貴金属を取り扱うノウハウは持ってない。対して兄さんはドワーフ国にコネがある。それを利用すれば、金属加工はお手のものやろう。
バイカル家として繁栄を最大化するなら、兄さんにこの案件を丸投げする方が得と考えた。
兄さんは椅子の背にもたれ、値踏みするような目で私を見た。「……その見返りとして何が欲しいんだい?」
「このエルフの村長とニマーヌ様に大きな恩を売りたい。これは金で買えへんものや。兄さんの協力がいる」
そういうと、兄さんは『この妹馬鹿だな』と、内心思っていそうな笑顔で、頷いてくれる。私だってプラチナの価値は分かってるけど、まだプラチナが本格的に必要になるのは少し先やし、私が持っていても宝の持ち腐れになることは明白やから渡したまでのこと。
それに維持費も鉱山となったらたぶん凄い金額になるし、キャスパリーグ王がこの話を聞いたら絶対黙ってないのも、私がこのプラチナの鉱脈に手を出したくない理由の一つやった。
「そんなことでよければいくらでも手を貸してやろう。お前のシナリオに乗ってやる」
「うん、あんがと。あとニマーヌ様に恩を売るために、採掘権のパーセンテージは、ニマーヌ様五十五パーセント。せやから彼女に採掘権は帰属する。それでええな」
「……流通網の独占さえ、こちらで握れるなら、採掘権は譲ろう」
「そこはニマーヌ様と取引してや?」
「良いだろう」
兄さんが右手を差し出す。私はその手を軽く握り返した。取引成立の合図やった。
兄さんとの取引を切り上げると、次にニマーヌ様と村長に向けたプレゼンを開始した。
「(お待たせしました、ニマーヌ様、フレスヴェルグ様。先ほど兄と話していたプラチナ、この石についてのお話です)」
「(希少な石なのでありんしょう?)」
ニマーヌ様は、簡単には手放すつもりはないと笑顔で訴えてくる。当然、私だって兄さんの勝ち抜けは絶対に許さん。私だって利益は欲しい。
「(まずはこのプラチナ、という石に関してですが、希少ですがとても用途が限られる石です)」
最初に無意味な値上げをしてこないように釘をさす。それにニマーヌ様は、
「(わかっているでありんす。錘に使うのでしょう?)」
と返答した。恐らく兄さんの受け売りやろう。せやけど、おそらく兄さんはこのプラチナを単に錘として使うだけやなくて、工業用にもっと大事なパーツとして使う日が来ることを知ってるんやろう。それぐらいプラチナには様々な活用方法がある。
「(ええ。錘にも使います。ですがニマーヌ様、アールヴヘイムでは石ころ同然のこの偽物の銀は、兄さんにとっては他に代えがたい石です。なので売れば高値になります。もし、この鉱石を兄さんに適正な値段で売れば、エルフの村どころか、ヴァナヘイムのお金の問題はすぐに吹き飛ぶでしょう。これは兄さんから絞り取る他にありません)」
お金の問題が吹き飛ぶ、というところに村長の眼が光る。
「(それは冷風大鞴が何台買える金額だ?)」
今までで一番大きな買い物だったのか、冷風大鞴換算で訊いてくる村長。しかしそれに私は困った。プラチナの価値は世界の進歩に比例して高くなる。今はそれほど価値がなくとも、いずれは価値が増える……というのをどう説明したものか考えた。
「(今のプラチナにはそれほど価値はありません。冷風大鞴を一台も買うことはできないでしょう。しかしこれから先、プラチナの価値はどんどん上がっていきます。この石ころ一つで、冷風大鞴と交換できるぐらいの価値がプラチナには秘められています)」
そういうと、村長は驚愕の表情を浮かべ、椅子からずり落ちそうになる。
「(し、信じられん……こんな石ころが……⁉)」
ちょっとオーバーに言ったけど、純度の高いプラチナにはそれだけ潜在的な需要が眠ってる。
「(兄には採掘権の四十五パーセントで妥協していただきました。ニマーヌ様とフレスヴェルグ様で五十五パーセント、つまりどのように採掘するかの権利は、お二人にあるということです)」
私がそう話すと、ニマーヌ様はホッと胸をなでおろす。村長はよく分かっていないのか小首をかしげてばかりや。
「(ただその代わりにプラチナの流通網は独占的に兄が取り締まるというのが、彼の言い分ですが……よろしいですか?)」
ニマーヌ様と村長は私の魂でも見ているのか、じっと私の顔というより全体を見ていた。騙す意志があれば、確か魂が濁るとかなんとか。であれば、この話が三方ヨシの話であることは二人にも伝わっていることやろう。
「(それでサーシャ、貴女にはどのようなメリットがあるでありんすか?)」
「(もしよろしければ、ニマーヌ様からいくらかキックバックを頂きたく思います。その際は貨幣ではなく、貨幣分を宝樹ユグドラシルで支払っていただきたい)」
「(貨幣ではなく木で支払って欲しいと?)」
「(三方ヨシが私のモットーですから。貨幣は何かと今後は入用でしょう。なので、ここら辺が落としどころやと思いますが、どうでしょうか)」
「(色々詰めるところがありそうなお話でありんすね。けども、悪くありんせん。そうでしょう、お父様)」
「(儂はニマーヌが良いならそれでよい。伝統も守られているようだし、石ころが欲しいなら高値で売ってやればよい)」
村長は私たちと相対している時とは打って変わって、自分の娘には別人のように皺のある顔をクシャっと丸めて笑顔を向ける。
私たちが需要を見つけ出したからよかったものの、下手したら何も変わらずに、熱中症で死亡者が続出してたかも知れへんのに、ようそんな笑えるな、このオッサン。
(まぁ……そん時は人間を招き入れた祟りとか言うんかもしれんけど)
そう思うとなんだかやるせへんかった。食事を終えた後も、かなり長い時間お互いが不幸にならないように調整を重ねる。窓の外はとっぷりと日も暮れて、ランプの灯りだけが私たちの顔を照らす頃、気づけば村長の小さな鼾が聞こえ始めていた。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




