目指せ三方ヨシ───エルフの課役問題にバイカル兄妹は解決策を提案するようです。
「……という状況なのです。サーシャ、それにアリステア殿。故郷の者たちが苦しんでおる『課役』について、知恵を貸してはくれんせんか」
ニマーヌ様の言葉に、それまで温かかった宴の空気が、すっと冷えていくのが分かった。彼女は閉じた扇の先で、とん、と己の掌を打つ。その小さな音が合図になったかのように、周りで談笑していたエルフたちがさっと輪を解いて道を空けた。
「アリステア殿」と名を呼ばれて、私は思わず声のした方を振り返る。人垣の向こうから、白い手袋をはめた兄さんが、音もなく歩み寄ってきていた。談話室で油を売っとるはずやったのに、一体いつからそこにおったんやろう。相変わらず影のうっすい人や。
村長のフレスヴェルグに案内され、私たちは村長宅の奥にある小部屋へと通された。ランプの炎だけが揺れる、木の匂いの強い狭苦しい部屋やった。丸テーブルを囲むように、私、兄さん、ニマーヌ様、そして苦い顔をした村長が席に着く。
ニマーヌ様が語ったのは、エルフたちに課せられた過酷な重労働の実態やった。巨大な造船用木材を、灼熱の太陽の下、森の奥から国道まで人力で運ぶ。それは死者すら出かねない、まさに「命を削る税」やと彼女は話す。
兄さんは初耳やったやろうけど、私たちはすでにその話を、門番エルフから愚痴として聴いている。邸に帰って対策案も考えた。その話をする前に投獄されたけど。
(……ていうか、ニマーヌ様も『木材運び』が命の危険が伴う仕事って、知ってて野放しにしてたんか? 案外身内に厳しい人なんかな?)
「(課役……ですか。山から木材を楽に運びたいというなら、簡単な方法が一つ)」
アリステアは白い手袋の指先を、こつん、とテーブルに置いた。
「(『架線集材』という木を運ぶ最先端技術がドワーフの国で使われ始めています。木を決められたルールに則りカット、そしてワイヤーロープを使って木を吊るし、山の上から下まで直線で運搬する方法だ。この方法であれば人件費をカットし、効率よく木を運ぶことが出来るだろう。この選択がベストだと私は考えますが、どうでしょう? 今なら、こちらでその仕事、請負ますが?)」
淡々と仕事を狙う兄さんの声には、迷いも熱もない。ただ兄さんの言葉はいつも未来志向で、この先何年も使われることになるであろう技術を、惜しげもなく教えてくれる。聞いていてとても勉強になる人の話やった。
「(人間が森に入って工事なんぞ、儂は許さん)」
案の定噛みついたのは、アールヴヘイムの村長やった。この人、私だけやなくて人間やったら誰でも噛みつくらしい。兄さんはそんな村長を案の定、笑顔で無視した。
対して私も負けじと、ウルスラから学んだ金融の理屈をテーブルに広げた。
「兄さんが技術なら私はお金の面でお話させてもらいましょうか。村長さん、村で集めたお金を王様に貸し付けるってのは、どうやろう? その利息があればエルフがおってる負担を利息で緩和できると思うねん」
「(貸付……? 利息……?)」
ちんぷんかんぷんといった表情の村長の代わりに、ニマーヌ様はもちろん、珍しく兄さんまでもが少し驚いた顔で私の話を聞いている。
「具体的には、五つある中継地点のうち、三つ目以降は陽射しが強くなる気がしたから、そこから先は利息の金を使って、獣人を雇い、運んでもらえばええと思うねん」
冷風大鞴を設置しに行った時に見た、あのプレハブ小屋から先の道のりを思い浮かべながら、私は続けた。
そうすれば課役の負担は軽減され、熱中症の直接の原因である太陽の光も、それほど強くない場所で活動することができるやろう。これは私が直接冷風大鞴を設置しに行ったから分かる現場の状況や。
「(何を仰る! 木を運ぶのもまた儂らエルフの誇りぞ! 金を使って獣人に仕事を任せるなど、森の精霊への冒涜だ! 伝統を汚すような提案、断じて受け入れられん!)」
村長のフレスヴェルグが、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。皺だらけの顔が、みるみる赤黒く染まっていく。拳をテーブルに叩きつける音が、狭い部屋に響いた。
内陸エルフの頑固さは、私の想像を軽々と超えていた。合理性よりもメンツと伝統を重んじる彼らにとって、外からの「助け」は、時として侮辱と同じ意味を持つらしい。
「変化を拒む歯車は、いずれ摩耗して砕けるだけだと、なぜ気づけないのか。あるいは気づいていながら、見て見ぬふりをするのか」
アリステアが、人間の言葉で皮肉を言い放つ。眼鏡の奥の瞳には、嘲笑と諦念の色が見え隠れする。兄さんは懐古主義を嫌う。けど私と違って、そこら辺最後まで面倒みてやるから、私よりも恩情があるように思えた。
「(ご納得いただけないというなら、仕方がありません)」
私もなんでも頭ごなしに否定されては、案を出す気も失せるというもの。実害が出ているのに現状維持を選ぶというなら、私が助ける必要ないやろ。
「(少し、休憩にいたしましょう)」
ニマーヌ様の一声で、話合いは一時中断となった。
ほぼ交渉決裂、という重苦しい沈黙が、部屋を満たしていく。ランプの炎が揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。ニマーヌ様は扇を静かに開き、その陰でそっと目を伏せている。
(やっぱりエルフはメンドくさいわ……)
私は小さく溜息をつくと、乱れたサマードレスの裾を直そうと席を立った。
その時やった。
「おっと……」
袖の隙間から、銀色に輝く小石が一つ、乾いた音を立てて床に転がり落ちる。地下牢の壁から見つけ出した、変色しない「偽物の銀」───あの時、鉄格子の錆で試しても色が変わらへんかった、正体不明の鉱石やった。
「おや、それは……」
アリステアの瞳が、獲物を見つけた鷹のように鋭く細まる。テーブルに置かれていたはずの白い手袋の指先が、いつの間にか小石に向かって伸びていた。
淡い輝きが、行き詰まった交渉の場の空気を、全く別の方向へと引きずり込もうとする。
私は、兄の視線に宿る「熱」を肌で感じ取って、ニヤリと口角を吊り上げた。顔には出さんつもりなんやろうけど、妹の私にだけは分かる『兄の変化』ってやつが、確かに反応していた。
「……おっと、失礼。ただの『監禁記念品』ですわ」
そう言って、私は小石を素早く拾い上げると、指の間でくるりと弄んでみせた。この小さな石ころは使える。商売の勘がそう囁いていた。
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