再会の茶番───エルフの王妃による甘い報酬
日が沈み、森が夜の衣をまとい始めた頃。
私はニマーヌ様が帰ってきた記念の宴の席に出席することになっていた。急遽村長によって催されることになった村の一大イベントは、菜食主義のエルフらしい野菜をメインにしたヘルシーな献立がズラリと長机に並ぶ。あちこちで弦を弾く音や、エルフたちの笑い声が混じり合い、松明の炎が壁に踊るような影を作っていた。
呼ばれるまでの間、兄さんみたいに談話室で他のエルフと話をするか、自分の部屋で仕事をするかのどちらかを選択する権利があったけど、そんな悠長にできるほど私の胸中は穏やかではなかった。
私は扉の近くに立って、廊下の方を確認し続ける。視線の先にはもちろん、人が出入りする村長宅の入り口があった。入口といっても扉はなく、風通しのいい出入口の枠が一つあるだけや。
外は相変わらず薄緑の燐光に包まれていて、その中を料理を運ぶエルフたちの影が、忙しなく行き交っているのが見えた。
そんな穏やかな燐光に照らされる道の彼方に、私は手紙の行方を案じていた。
(手紙届いたかな? 届いてなかったらどうしよ。ウッ……お腹痛い……)
ヨトゥンヘイム領が滅亡するまでのカウントダウンが、チックタック、チックタック、と音を鳴らしているような気がしてくる。いざとなったら、大軍が砂埃を上げて押し寄せる目前に屹立して、両手を広げ「止まってー!」と、叫ぶ必要があるやろう。
(それでも止まらん気がするけど。最後に残された手はそれぐらいしかなさそう)
そんなことを考えていると、ミヤハが私の下にやってきて耳打ちを求めた。
「どうした?」
「ヴィーダル様が帰ってきました」
「───!」
小声で告げられる勝利宣言。もちろんそれは、ミヤハの気配りやった。ここで盛大に両手を取ってピョンピョン跳ねたい気分やけど。この情報はいざという時の保険になる。ヴィーダルもそれを考えて姿を現さへんのやろう。
彼が姿を見せないということは、船でミズガルズへ向かっている可能性を、彼らに想起させる。そうなれば私にいくらか譲歩する材料を出してくるかも知れん。そこまで分かっていてあえて姿を現さず、ミヤハにだけ伝わるように伝達してくるとは。
(気が利くやないか……! でかしたで、ヴィーダル!)
私は扇子の内側で小さく微笑った。
その様子を中央で話に華を咲かせていたニマーヌ様が目敏く見つけたらしい。談笑の輪をするりと抜け出し、絹の裾を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
「(何ぞ、良い報せでも入ったでありんすか?)」
笑顔で私を詰めてきた。
「(いえ。わざわざこんなところにまで、足を運んでいただき、申し訳ないという気持ちと、軽はずみな行動は避けた方がいいなと、自責の念に駆られていたところでございます)」
「(気に病むことはありんせん。何事もなかったことが、何よりの朗報でありんす。一時は監禁されたと聞き、居ても立ってもいられず飛んできんしたが、父君とも睦まじくなられたご様子。重畳、重畳でありんす)」
彼女は上品に袖で口元を隠し、安堵の溜息をわざとらしくついた。ニマーヌ様は私たちの仲裁にきただけ、と仰っていたが、必ず裏の狙いがあるはず。
恐らく彼女にとってこの来訪は、事前に計画されたものやった。
そう、私が捕まることも、その後に村長を懐柔することさえも、彼女の計算のうちやったんやろう。でなければ、色々と辻褄が合わなすぎる。
第一に、友達の家に遊びに行くんやないんやから、そんなすぐに王妃が出発するなんて許されるわけがない。事前の根回しをしっかりしてへんとこれは難しい。
第二によしんば緊急性の任務ということで来れたとしよう。その場合はあまりにも彼女周りの準備が良すぎる。組み立て式の冷風大鞴や保冷櫃まで複数運び込んできてるし、よく見たらフラッペもまとめ買いして持ってきてる。事前に買いだめして保冷櫃で保管してへんと、あの数は流石にうちの店員でも用意できん。
(キャスパリーグ王とニマーヌ王妃……どちらも裏で色々またやってそうやけど……私をさらに巻き込んだりせえへんやろうな……?)
もう既に巻き込まれたと思っている私は、そう心の中で毒づいた。
表情はもちろん、完璧な営業スマイル。ニマーヌ様と『再会ごっこ』という名の茶番に勤しんだ。
それから事前確認とばかりにニマーヌ様から質問攻めに遭い、騒ぎが落ち着いた頃、村長のフレスヴェルグが、恐縮した様子でお菓子を運んでくる。皿の上で淡く銀色に発光する果実が、齧るとほのかに蜂蜜のような甘い香りを鼻に抜ける。
これが身内の祝い事にしか出さないという、エルフの里でも希少な果実をふんだんに使った焼き菓子か。
「(おかげ様で、こうして妾の好きな銀楼果も口にすることが叶いんした。王宮への流通も、近頃滞りがちであったところ。丁度、里帰りの潮時と思っていたところでありんす)」
「(……お心遣い感謝いたします)」
「(サーシャ、此度のこと、妾はとても感謝しているでありんすよ。このような有事でもなければ、妾が外に出ることは叶わぬこと。思いがけぬこととはいえ、このような機会に恵まれたことは、大変喜ばしゅうありんす。父と『友』になって頂けたことは殊更に)」
ニマーヌ様から、最大級の賛辞をいただいた。
やはり彼女の台本通りに私は動かされた、ということやろう。
気に入らんことこの上ないけど、私にもそれで利益があるならなんも言わん。
「(そんなサーシャに一つ、妾から頼み事がありんす。王妃としてではなく、エルフの代表として)」
ニマーヌ様の言葉にもはや私は驚くことはなかった。お礼を言うなら別に、王宮でもいい。
けど、ここでしかできへん話をするために、彼女はここへ来たんやろう。
想像できるのはどれも全て金にならん話、億劫な話ばかりやった。だからといって、断ることも難しい。
「(……聞きましょう。そのために来たのでしょうから)」
そういうと、ニマーヌ様は口角の右端を上げて、小さく微笑を浮かべた。
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