ナニワの令嬢は最悪の未来を変えるため手紙を送るようです
「なぁ、ミヤハ。さっきから気になってたんやけど……」
アールヴヘイムへと続く、あの肺にどっしり重い「硬水」のような空気が漂う山道を歩きながら、私はふと隣で何かを思い出そうとしているメイドに声をかけた。
「ヴィーダルのやつどこ行ったん? さっきから影も形も見えへんけど」
問いに、ミヤハはピタリと動きを止める。当然気になって、「どうしたん?」と静止したミヤハに言った。
「……ヤバッ☆」
悪ガキが悪さが露呈した時みたいに、舌をペロッと出して、彼女は自分の頭を可愛くゲンコツする。
「……なんやその、今思い出しました、みたいな不吉な間は」
嫌な予感がして、私の背筋にヒヤリとしたもんが通り抜けた。ミヤハは、口元を上品に……もとい、わざとらしく手で押さえて私を見つめた。
「うっかり忘れていました。現在ヴィーダル様は名代として船の上かと」
「名代……? なんや、嫌な予感しかせえへんわ。あいつ、今どこにおるんや」
「閣下の下へ向かわせました。わたくしがサーシャ様の代わりとして、『お嬢様が蛮族に拉致・監禁された。即刻、アールヴヘイムを地図から消去されたし』との命令を携えて。……今頃はもう、ヴァナヘイムの港で出航の準備に取り掛かっているところではないでしょうか」
ミヤハは懐中時計を手に、時限爆弾が起動していることを告げる。私の全身を、今までかつて感じたことのない震えが襲った。そして同時に、頭が高速で回転し始めたのは言うまでもない。
「急いで手紙を送らんと……!」
私は駆け足でテントに戻る。護衛たちには手紙用の便せんとインクを用意させるため、前を走らせた。
「サーシャ様、諦めて一緒にアールヴヘイムを滅ぼしましょう。私はあの畜生どもは好みません」
私だって大っ嫌いや。
「……でも言葉が通じる限りは私の客や。不用意に殺すことは許さん。それにフロストがココに来たら最悪の結果になるで……!」
「大丈夫です、ご安心を。 閣下からは、以前『お嬢様の安全のためなら、草の根をわけてもでも敵を鏖殺する』と言質を取ってあります。……私の情報網では、すでに粗方の戦いは済んでいると報告が届いていますし、喜んで来て下さるでしょう」
ホホホッ、とミヤハは黒い笑みを浮かべる。彼女がとった行動は、私がこの牢に捕らえられている状況であれば何も間違ってへん。彼女を責めるべきじゃないのは百も承知や。
「ミヤハ、私を助けてくれようとしただけやもんな……! そうなんやんな⁉」
「もちろん。全てはサーシャ様の御心のままに、ってやつです」
「ふぅー……なら仕方がない!」
私は、滝のように流れる冷や汗を拭うのも忘れ、テントの中で手紙をガリガリ書いていく。
もし、フロストが本気で攻めてきたら? それを考えただけでご不浄に駆け込みたくなる。
彼が軍を動かすということは、国同士の争いに発展するということ。ミヤハが言うには既にミズガルズ王家は壊滅寸前らしいけど、そんなことは些細な問題や。
問題なのは人間の国を狙ってるのは、何もドワーフの国だけやないということ。ほぼ鎖国状態の人間の国を、世界に蔓延る他種族は、涎を垂らして見とるのが昨今の情勢や。
私が在任中はそこも巧いこと調整しとったんやけど、今の王家にそのパイプを維持できる力があるとは思えんし……フロストが私を助けるためにヴァナヘイムにやってきたとしたら、それこそ彼らにミズガルズを攻める大義名分を与えることになる。
獣人の国と同盟国は何もドワーフ国だけやない。竜人が統治する、竜人の国もその一つや。三国が相手になったら流石のフロストやって、ただではすまへん。
「アカン……これ、第一次世界大戦が起きる……!!」
私はまだ見ぬ「焦土のエルフの村」を幻視して、白目を剥きそうになった。
「サーシャ様、たとえ手紙が間に合ったとしても、あのヴィーダルがそう簡単に信じるでしょうか。偽書と思われる可能性については?」
「……フロストの手紙も偽装してる連中がおったもんな。確かにここで私が手紙を急いで送ったとしても、偽物やと思われたらアカン……。なんか手を打たんとな」
蝋封まで偽造する技術はこのヴァナヘイムにあるみたいやし、検閲室のこともある。フロストの手紙の偽物を掴ませた相手が誰かを特定できてない以上、ここで妨害が入る可能性をヴィーダルが考えるのは当然やろう。
しかも内容はよりにもよって、『私が急遽助かったから帰ってきて』、みたいな都合の良すぎる展開の羅列や。絶対に疑われるし、疑ってへんかったら逆に私がアイツをぶっ飛ばす。
───なのでヴィーダルがこの手紙を正しいものだと証明する何かが必要やった。
「うーん……偽造の誤解を解くための方法か……」
「サーシャ様、このような手はどうでしょう?」
「なんや───」
ミヤハが耳打ちしてくる。それは確かにあの場にいた三人であれば、知りえる情報やった。
「ふむ。確かに。───気づけるか?」
「彼なら恐らくは」
一か八かその方法で、ヴィーダルにこの撤回書が本物であるという証拠を残すことにした。これで無理なら、配達人には殴ってでもヴィーダルを止めてもらおう。それしかもはや、この火種を消す方法はない。
「この手紙にこの世界の……ヨトゥンヘイム領の未来が掛かってる。なるべく急いでヴィーダルに届けて! もう船が出てたら、すぐに追いかけて!」
護衛の中でも一番馬の扱いが上手いと評判の男は、身に着けていた鎖帷子を全て外して、テントの外へ駆け出した。
「後は祈るのみ……フロストが大軍を引き連れてここに来たら、その時点でチェックメイトや」
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