ナニワの令嬢は帰還───待ち受けていたのは切腹でした。
私を牢から救いだしたのは、村長が話すには兄さんとニマーヌ様らしい。二人がなんのためにここへやってきたんかは定かではないけど、ただ一つ言えるのは、『私を助けるためだけにここへ来た』などという高尚な目的ではないということやろう。
そんなことを考えながらテントへと戻ると、出迎えたのは想像もしていなかった光景やった。
護衛たちが地面に膝をつき、一斉に頭を下げている。その中心で、部隊長格の男が己の腹に短剣の切っ先を突き立てようとしていた。
「ちょ、待った待った待った!!」
血相を変えて駆け寄り、その手首を掴んで止める。間一髪やった。
「どうか、妻子だけはお許し下さい」
そういう護衛たちの嘆願を聞いて、彼らがどれだけフロストから私を守るように強く言われていたかが窺い知れる。あの男のことや、笑顔のまま容赦なく処罰を下すことも十分あり得た。
私がいない間何があったのかを訊くと、あれから村の外に追い出され、下手に身動きを取れば私を殺すと脅しをかけられていたらしい。
「そのため夜まで泣く泣く待機をしていた次第であります」
護衛たちの話を聞いていて妙に引っかかったのは、夜まで待つという単語。彼らは動くなと言われていたはず。下手に動いてたら私の命がなかった可能性があったということや。
「誰がそんな危険な命令を……」
そう言いかけた言葉を呑み込ませたのは、伊達眼鏡の鋭い眼光で。
「今晩夜襲を仕掛けるつもりでしたが、手間が省けて助かりました」
悪い笑みを浮かべるミヤハやった。私がいない時は基本的に彼女が全権を代理するようになってる彼女が、夜襲を仕掛ける計画を立てていたとのことやった。一歩間違えれば、私の命もろとも、エルフの村が人知れず一つ地図から消えていたかと思うと鳥肌が立つ。
彼らが持ってるのは音の鳴る鉄砲やなくて、一切音がせえへん無音の連射ボウガンや。そんなのを持ったプロの軍人が、竹やりと弓矢で戦うエルフたち相手に本気で村攻めをしたらどうなるかは、想像に容易い。誰にも気づかれることなくエルフたちは惨殺されていたやろう。
そして辛うじて生き残ったエルフたちによって私の命も奪われていた可能性がある。
村長の突飛な私への擦り寄りは、ある意味アールヴヘイムと私の命を救ったといっても過言ではなかった。
「もう少しで失礼な耳の長い連中を一網打尽に出来たのですが、残念でなりません」
「ミヤハが戦えるわけやないやろ。てか、良かったわ……殺される前に戻ってこれて……」
私が涙ぐみながら微笑むと、彼女の袖の下に仕込まれた短剣が、私だけに見える形でギラりと光った。彼女は私の耳元で囁くように呟く。
「これはあくまで独り言なので、聞き流してもらって構いませんが。───私もこの戦い、参加する予定でしたよ? 彼らの行動は目に余ります。この手で屠れたなら、どれだけよかったことか」
彼女の言葉に私の唇は震えた。
(こ、このバーサーカー……!)
ミヤハは頭もいいし、運動神経も抜群ではあるけど、欠点として思想が強すぎることにある。私やヨトゥンヘイムのために動いてくれてるのは嬉しいけど、その目的のためなら手段を選ばへん。捕まって何ごともなかったことが、ある意味奇蹟に思えた。
「フロストにはこのこと、伝えへんでええから。ここにいる全員、黙っておきなさい」
「しかしそれでは我々の気が収まりません!」
護衛達一同、自分たちの仕事に責任を持つためにも罰則が必要だと私に言った。
「ほな、あんたら私の護衛に失敗した罰として、今月の給料半分や。それでええやろ。ていうかむしろそれで許してくれ」
私がそう言うと、それでは足らないと、ミスをしたのだから全額渡す、という人もおったけど、それは護衛という仕事のモチベーションを奪うことにもなるから、丁重に押し切らせてもろうた。
汗水たらして現場についてきて、一個のミスで給料半分とか、普通の仕事やったらありえへんからな。
それに仕事のミスぐらい誰にだってある話や。とくに今回の件なんて、雇用主である私が変なところに来たのが原因やし。その責任を彼らに取らせるんは酷すぎる。そう考えると、この罰則はいわば、納得のための減給と言っても差し支えなかった。
ようやく落ち着きを取り戻した護衛たちを見届けて、私はテントの中へと入った。油とススでベタベタになった顔を鏡に映し、思わず苦笑いが漏れる。化粧台の前に座り、小細工を進めることにした。
刷毛を手にしながら、今後のことを考える。
(ていうか、ニマーヌ様も兄さんもこちらにおるってことらしいけど、よくキャスパリーグ王がニマーヌ様を王宮から出したな? )
あの人一応、エルフの代表として人質になってた人やろ。一時とはいえ、帰郷を許したらエルフが暴走するかもって、あの老獪な王様が考えへんはずがない。何か考え合ってのことか、せに腹変えられない事情があったかのどちらかやけど。
どちらにしてもキャスパリーグ王に都合の悪いことが起きているのは間違いない。ていうかこのパターン、数ヵ月前にキャスパリーグ王と兄さんが共謀して仕組んだ、あの軍事クーデターにそっくりや。
民族の代表と塊が近くにあって、そこに武器を売れる兄さんが傍におる。とても嫌な予感がした。
(今度はエルフを使って、なんか企んでへんやろうな……?)
エルフの代表であるニマーヌ様がココにおるっちゅうことは、エルフたちにとって、キャスパリーグ王に叛旗を翻す絶好の機会。
今焚きつけたら、一斉発起するのは目に見えとる。そうなれば兄さんはエルフの村に武器を売り込むはず。あの人は戦争を運ぶ人やから、ここが次の前線基地になっても不思議やない。
ニマーヌ様もその気になれば、ヴァナヘイムを女王の収める国として刷新することもできるチャンスや。
(悪いことを考えてへんとええけどな……)
そんなことを考えながら手を動かしていると、背後から村長に声を掛けられた。
「(ところでお主は何をしておるのだ)」
村長はテントの端で私に訊いてきた。彼には私の化粧直しが終わるまで待ってもらっている。そこで暇になった彼は、テントの中で小細工を進める私に、興味を持ったということやろう。
「(何って、化粧直しに決まってるやろう。このままの恰好で出られるかいな)」
村長は私の化粧が気になったんか、化粧台の前に座る私を後ろから覗こうとした。不躾というか、おバカというか、村長は軽はずみな行動をとったことをすぐに反省するはめになる。
テントの中はぐるりと一周、常に護衛たちが控えている。村長が半歩でも深く踏み込んだ瞬間、その気配を彼らが見逃すはずもなかった。
ヒュンと、伸びる剣が円となって、村長を中心に取り囲んだ。村長は短い悲鳴を上げて後ずさり、両手を頭の上に上げる恰好で固まった。
「下がりなさい、くそエルフ、命があるだけ恩情と思いなさい」
護衛たちの間を割って、メイド長のミヤハが村長の前に立つ。糊のきいたエプロン姿からは想像もつかない鋭い眼光やった。人の言葉は分からずとも、射殺そうするその視線が口以上に雄弁に殺意を告げていた。
それに気圧された村長は「す……すまん」と口を半開きにして、目をぱちぱちさせている。彼にとって、これまでの行動は何の恥もない正しい行いと思っているため、私を監禁したという罪の意識がそもそもない。そのためミヤハ達がなんで、そこまで怒っているのかも皆目見当がついてへんようやった。
「サーシャ様、いつも通りに戻せました」
「ん。ありがとさん」
三人のメイドたちが、額に汗を浮かべながらも無言で手だけを速く動かしてくれたため、なんとかいつも通りの私を取り戻すことができた。
「油でベタベタになって帰って来た時はどうなるかと思いました」
「化粧も半壊してるし、真面目にバケモンやったな」
化粧台の前に最初に立った時は、日焼け対策として使っているアイシャドウも崩れて、パンダみたいになってたから、どうなるかと思ったけど。なんとか元の顔面を再構築することができた。
「二人を待たせてるし、早いところ顔だそうか」
下のヴァナヘイムと違ってここは涼しいけど、だからと言って長く待たせるのはまたちょっと話が違うやろう。私たちはテントを出てアールヴヘイムへ向かった。
「ほんま、避暑地としてはこれほど最高な場所もないんやけどな」
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