村長ピンチ───ナニワの令嬢は村長に忠誠を誓わせます
「(娘は我々個人間の問題を仲裁しにきたと言ったのだ。王妃である彼女がわざわざ、ヴァナヘイムからここに来た。お主にもその異常性が分からぬわけではあるまい)」
嬉しさ余って恐怖百倍、という言葉がピッタリの慌てっぷり。娘の帰郷を素直に喜べない親が、私の前には座っていた。
「(そうですね……キャスパリーグ王の耳にも入っていると考えた方が、よろしいでしょう)」
ニマーヌ様はエルフの村が降伏の代わりに差し出した人質や。キャスパリーグ王がその人質を一時とはいえ、エルフの村に返還したのは、国家レベルの問題がここで起きていることを暗に示していた。
「(……我々は少しお前たちを驚かせ、値引きを迫る程度にするつもりであったのだ。それがどうだ。この大・惨・事。子供の喧嘩に親が介入するようで、見苦しいではないか!!)」
村長は関所の中で怒気の色を強くする。反響する音が虚しく、地下洞窟に消えて行った。
「(ウゥ……なぜこのようなことになってしまったのだ)」
村長の眼からツゥーっと涙が流れる。村のために商人を恫喝したら、王様に恫喝し返されてしまったというこの状況。自業自得といえばそうやけど……自分の娘に諫められる父親の心境を慮ると、今まで牢に入れられてたのに、少しこのオッサンが哀れに思えてくる。
「(いや、私にそんなことを言われても、困ると言いますか……私は何もしてへんわけですし)」
強いて言うなら、行動を起こす前に下調べぐらいしたらどうや、というのが私のできるせめてもの助言やろうか。
「(お願いだ、アレクサンドル・バイカル。頼みを訊いて欲しい)」
村長は壊れそうな笑顔のまま、懐から短剣を取り出して机の端に置いた。随分と物騒な頼み方や。
「(どんな……頼みやろ、聞くだけタダやしな?)」
このオッサン下手したら、重責から逃れるために、私と差し違える気なんか?
軽はずみに私を牢に幽閉するような人やから、そういう思い切った行動もしそうなのが……。
(ほんまこのオッサン怖っ……)
見るからにオドオドしてるし、挙動不審が目立つ。ちょっとストレスを与えたら爆発する一歩手前……。窮鼠猫を噛むとはいうけど、勝手に窮地に陥って噛みついてくる鼠を、私はどう嗤えば良いのか悩んだ。
村長は短剣を置いたらゆっくりと立ち上がって、私の座る椅子の隣まで来た。後ろに立ってるエルフの戦士にも聞こえんような耳打ちの距離にまで、口を近づけてくる。村長は緊張を息とともに呑み込み、私の眼を見た。
「(あのな……今回の件、全て黙っていてはくれんだろうか)」
ヒソヒソ、と耳打ちされたあまりに身勝手な内容に、自然と眉間に皺が寄ってしまった。
「(……それはできん)」
「(お礼はいくらでもすると誓おう)」
村長の言葉に眼を伏せながら、椅子の肘置きについた手で頬杖をついた。
「(アンタとは書面での取引を一度したばかりや。それで、金銭を支払わないどころか、私を人質に冷風大鞴を奪おうと画策した。それは認めるか?)」
「(しかしそれはそちらの要求した金額があまりにも途方もない額で……)」
私はジッと座り直した村長を見た。睨むわけでもなく、ただジッと。これ以上言葉を間違えるようなら、私も交渉の余地なしとして、見限るまでのこと。その分水嶺に村長は立たされていた。
「(ハッキリ言って、あんた、私の親愛を撥ねつけた。……要は、仮を作りたくなかったんや)」
「(人間はよく分からない。トラブルを回避するための伝統だったのだ)」
なるほど伝統ね。前例主義は嫌いじゃないけど、若者ウケはせえへん。小娘を相手にしてるんやから、そこら辺の気遣いはできへんと困りますわ。
「(あんた、たまたま勝ち馬に乗れたおかげで、キャスパリーグ王に本領安堵されて、挙句に娘が綺麗やったから王妃にも出来ただけやろう。それでそうして権力を持ったアンタにとって、人間はさぞ見下しやすい下等な種族に思えた。だからこんな軽々しく、私を牢に入れることが出来たんや。違うか?)」
村長の乳白色の肌が松明の灯りの中であっても、青くなるのが分かった。
「(それが追い詰められた途端、アレクサンドル・バイカル令嬢、お慈悲を。か。敬意を表したわけでもない、友情の証もない。私と友人になる気もないのに、捕まえた相手を翌日に牢屋から出して、自由の身にするから、黙っていてくれ、か。捕らえるにしても、下調べぐらいしておくべきやったんやないか?)」
「(いくら追加で払えばいい? 商人なのだろう?)」
村長の言葉に私は席を立った。このオッサンとエルフの村がどれだけ頑張って働いたところで、私の一日の稼ぎには到底届かん。それは無知ということで許すこともできる。せやけど、厚顔無恥はちょっと話が違う。彼らに足らないのはそう、敬意と誠意だ。
「(……フレスヴェルグ、フレスヴェルグ。私が何をしたらそんなに軽くみられなアカンのや? アンタ、私の友として、頼んでくれるなら。私は今すぐにでもここを出て、話をつけてやるっちゅーのに。アンタが真面目な人なんは顔見たらよぉ分かる。そんな人が困ってるなら、助けてあげたいって思うのが人情ってもんや)」
一呼吸おいて、私は微笑を浮かべた。
「(……有耶無耶にするぐらい造作もない)」
村長は目を瞑り、深く何かを考えたのか。決心をしたように、席から立ち上がった。私もこれ以上この場所にいる理由もないので立ち上がる。彼は私の椅子の横に立ち、私の手を取り、手の甲に軽いキスをした。
「(……親愛なるバイカル令嬢。ぜひ、儂を貴女の友にして頂きたい)」
村長が個人として、私の友になった瞬間やった。
「(ん、よろし。ほな、話つけに行きましょうか。……いずれ、私の方からも頼み事をするかも知れんからな。やけど、それまでは───この件は、この美しいアールヴヘイムに来た記念として受け取っておくことにしようか)」
「(かたじけない……)」
話もついたので、私たちは関所を後にアールヴヘイムに戻ることにした。
ゴッドマーザー。




