突然の釈放───待っていたのはアールヴヘイムの村長?
万が一のこともあると思い、偽物の銀を使って壁に遺書を書き残していた私は、暗闇に眼を凝らしながら最後の文を確認する。
「ふーむ……見えん」
暗いからようわからんけど、とりあえず『私が死んだらミヤハに全部譲渡する』って書き残しはできた。今のままでも十分に金を生むシステムは構築出来てるし、彼女なら上手いこと資産の管理もできるやろう。
「あとは運を天に任せて、脱出の機会を待つだけや。ってか、下手したら死後コレ読まれるってマジ……? もっと灯りのある場所で書きたかったぁ……」
暗い地下牢の中でガリガリ書いただけやから、暗がりで見ても字が汚い。遺言状ならもっと然るべき場所に残しておくべきやったと、若干後悔した。
「───」
外が少し騒がしい。私の幻聴かと思ったけど、今までにない振動から、人の熱を感じる。
「(おーい。なんかあったんかー!)」
呼応するように、エルフの戦士らしき帯剣した眼帯の男が私の前に立った。
「(フレスヴェルグ様がお呼びだ。牢を出ろ)」
牢の鍵が開けられ、私の手首には荒縄が巻かれる。松明に照らされた縄には模様が入っていて、ちょっとミサンガみたい。
「(壁のそれはなんだ? 人間の呪詛か?)」
男が縄に夢中の私の肩を叩いて、壁面を指さす。人間の言葉で書かれた遺言状を、呪いの言葉か何かと勘違いしたらしい。
「(遺言状やでー)」
「(その割には落ち着いているな……肝の据わった女だ。聞けば怪しげな術で冷たい風を運ぶと聞くが……聖域に許可されていると言うことは、悪しき者ではないのだろう)」
エルフの戦士の言葉は、要領を得ないというか、妙に持って回った言い方をした。察するに、ここは捕まえた相手が敵か味方かを見極める、ふるいのような場所とのこと。「聖域に許可されている」というのは、つまりその選別を通過した証ということになるらしい。
「(にしては綺麗やったな。人骨一つ落ちてへんかったやん)」
「(……掃除ぐらいしている)」
死体処理もこの男の仕事なのか、気まずそうな男の人相が松明の灯りに照らされる。
「(どうしたんや、連れて行くんやないの?)」
「(……いや、あぁ。その予定だ)」
男は頭につけた眼帯を掻きながら、首を傾げた。
「(どうしたん。なんや、困ったんか?)」
「(こんな若い女が何をしたのかと思ってな。数々の罪人を運んできたが、俺にはお前が悪人には見えん)」
「(私は商人──謂れのない恨みを買うことだってあるってことや。まあ、悪人かどうかはまた違った話かも知れんけどな)」
ふふっ、と笑って男についていく。地下牢から上に目指す坑道を、腕を縛られながら歩くというのは軽い恐怖体験やった。坑道といっても人工物ではなく、自然にできた滑らかな坂道を、上に向かって進んでいくという感覚に近いものがある。
階段もなく、ただひたすらぐねぐねと続く道がしばらく続いた。松明があってもルートを正確に頭の中に入れておかなければ、迷ってしまうであろう分岐の連続。行きは黒い布を被せられ、連行されたから分からんかったけど、これでは脱走しようにも、迷ってしまうのが関の山に思われた。
「(ついたぞ)」
地下牢と外の世界を繋ぐ関所のようなものに到着した。眼と鼻の先には光の漏れる扉が見える。ただし、その扉を開ける前に私の前に立つ男を説得する必要があるようやった。
「(村長さん、おおきに。どうなされました?)」
「(ピンピンしているようで何より。さっ、外へ出よう。今からお主は自由の身となった)」
心労絶えない老けたオッサンが気持ち悪い笑顔で、外に出ようと言って来る。怪しいと思わんほうがおかしい。
「(その前に、どうしてそんな心変わりされたんか聞かせてもらっても?)」
「(娘がね。帰ってきたんだ。それで君はどこかと訊くからね? 捕らえていると言ったら、凄く怒られてしまってね。急遽出すことになった)」
気味の悪い笑顔の出所は娘か。……ん? このオッサンの娘って、ニマーヌ様やんな? あの人がキャスパリーグ王の下から離れてエルフの村に来てるって……ちょいちょいちょい⁉ それってマズくないか。
「(ニマーヌ様が帰郷された……ということでしょうか)」
「(ヘヘッ。そうなんだ。マズいだろう)」
油汗を皺の入った白い肌に玉のように浮かべた村長は、私を関所の椅子に座らせ自分も対面に腰を下ろした。
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