ニブルヘル日記───ナニワの令嬢は脱出を企てているようです。
───そうして一晩牢屋の中に放り込まれ今に至る。
現在はおそらく早朝。地下やから光はないけど、体内時計が早朝やと言っとった。
暗い牢屋には粗末な木の板が一つに、麻で作られた敷物があるだけ。おかげで背中が痛くて仕方がない。
「誰か~! 助けて~! このままじゃアホどもに殺されるー!」
さすがにエルフ語で言う勇気は持ち合わせてないけど、シャワーもないこんな場所で朽ち果てるのだけは勘弁やった。
「(御不浄~!)」
とにかく誰かをココに呼ばへんとアカン。人が来たら懐柔、買収、篭絡、なんでもやれる自信がある。せやけど私は人がいなければ何も出来へんポンコツや。サバイバル技能なんてなーんも持ち合わせてへん。
(それともアレしちゃう? プリズンブレイクしちゃう……?)
となれば、何かスプーンのようなものが必要や。穴掘って脱出しようにも、この細い指じゃ効率が悪すぎる。
「(ご~は~ん!)」
シーンと静まり返る地下牢。鉄格子に顔を引っ付けて、外の情報を集めようとする。松明が壁に掛けられている以外、特にこれと言って特徴のない洞窟。その壁の一つに穴を空けた場所で私は収容されているようやった。
他に収監されてる仲間たちを探す。……けど、なぜか私の知り合いは疎か、誰一人この地下牢には幽閉されてへん。ある意味特別扱いだとか、そんな呑気な事は言ってられへんけど、現状は把握できた。
「(誰もおらへんのか? それとも、私実はとっくに死んでて今地獄だったりするー?)」
当然返事はない。横穴を掘ったような独房はヨトゥンヘイム領の寒さとはまた違った冷たさを持つ。長居は危険、それが分かるには十分な現実が、肌を通して沁み込んでくる。
「うぅ~。あいつら命知らずにもほどがあるやろぉ……てか、私は知らずに彼らが引き返せんくらい、窮地に追い詰めてしまってたんか?」
エルフたちにとって冷風大鞴の料金は村の金を集めてギリギリだと聞いていた。その上修理費までかかるとなれば、犯行に及んでしまうのも仕方がないことなんか……?
いや……あいつらが修理費のことを知ったのはプレハブ小屋や。そこから私たちがアールヴヘイムに戻るまでに、その情報を伝達して包囲の準備ができるとは考えにくい。中継地点にいく時点で彼らの計画通りやったと考えるのが妥当やろう。
「ここに来た時点で捕らえる気満々って。どえらい蛮族と取引してもうたわ……ヴィーダルの仲間やと思って油断してた」
あそこまで話が通じない相手ともなれば、いっそ清々しい。これでは私は怒れないと思った。怒りたいのに。
「なんか、何から何まで初心者の赤ちゃんが、間違ったことして、『お前が悪いんだ!』って言われてる親の気分……」
捕まって。牢屋にぶち込まれて。人質にされて。これだけのことをされたとも思う一方で、こんなことをしてしまうような、未教育が問題だとも考えてしまう。
悠長な考えのままぶっ殺されたら、それこそ笑い者やけど。私はまだ相手を哀れむぐらいの余裕を慢心として持ち合わせていた。
「アカンなぁ……平和ボケし過ぎて、緊急事態って脳みそが受け入れられてへん」
いつも危ない場所にいる人なら、こういう時迅速に心臓が早なったりするんかもしれん。けど、こちとら王宮で丁寧に育てられてきた令嬢。そこら辺の緊急警報はまるで機能してくれへんかった。
「直近で死体見たのっていつやっけ……ヴァナヘイムの広場で吊るされてた連中以来か?」
あれも獣人の死体やし、人間やないからいまいち実感がわかんかった。他種族の人が死んで可哀想という気持ちと、人間が死んで悲しいという気持ちは、また少し別種らしい。自己の崩壊を想起させへんからやろうか?
そう思うと、少しヒヤリとしたものが背筋を通り抜けた気がした。
仮にエルフも私の命は、同族の命とはどこか違う尺度で測ってる場合もある。私に人質の価値がないと判断すれば、用意に処理してしまう程度の価値であったなら。
私はそれこそ命の危機すら覚えぬまま、嬲られ、ゴミを処理するように処刑されてしまう可能性も考えれた。
「……うん。けど、この不安は考えても仕方ないな」
口に出して決意を固める。この不安は趣味、つまりお遊びの不安や。考えてもどうにもならんことに耽るほど、今の私に残された時間はきっと長くない。とにかく余計なことは考えずに、まずは檻の中から出よう。
「なんかないかなぁ~」
檻の中を探していると、壁の中にトゲトゲしい何かを発見する。触ってみたら、簡単にポロっと掌に落ちた。鉄格子に体を近づけ、壁に設置された松明の灯りで確認をしてみる。
「(なんやこれ……銀?)」
試しに鉄格子の節にこびりついた、湿った黒サビを扇子で削り取って、ペッ、っと銀に引っ付け擦りつけてみた。鉄の硫黄で銀は簡単に変色するし、これで当たったら、このアールヴヘイムに銀鉱脈があることになる。……けど。
「(チッ……なんや、色変わらへんわ。銀やないんか……? まっ、そこまで貴重な金属なら既に掘り尽くされた後か)」
そういえば、いつかニマーヌ様が『偽物の銀』とかいう、よう分からん貴金属の話をしとった気がする。この妙に軽い手触りといい、あの時の話とどこか繋がる気がせんでもないけど……今はそれどころやない。
脱出したら自分で調べようと思い、私は袖に小石を隠して再び鉄格子の前に立った。
「(ヘルプミー!)」
私の声は、地下牢に虚しく響くだけやった。
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