説明書なんて読まない───ナニワの令嬢、配慮が足りなかった。
あらすじ。
アールヴヘイムに到着したサーシャ一行に待ち受けていたのは、粗末なベッドに兎小屋のような天井の低さの一室だった。
「それならいっそテント暮らしの方がマシだ」
そうと決まれば、すぐにサーシャ一行は村の前にキャンプ地を張ることに。
ところがそれを止めたのはアールヴヘイムの村長だった。
そこからなんやかんやあって、現在サーシャは投獄中。
そのなんやかんやあった内容が今、語られようとしていた。
アールヴヘイムの地下牢獄。アンモニアガスが溜まる冷涼な檻の中で、私は昨晩起きた喜劇を思い返しとった。村長宅では、およそ歩み寄りの欠片すら伺うことのできない強情な態度に、およそ論理的ではない主張に押し通され、挙句の果てには投獄。
経緯も分からなければ、目的も不明。手詰まりの状態で、私は檻に閉じ込められていた。そして言うにことかいて、エルフたちは私のことを人質だといった。
つまり死ぬ心配はない。私の命の価値を彼らも理解しているというのは、不幸中の幸いと言ってもええ。問題は私という資産をどう運用するつもりか、それに尽きた。
(結局彼らは何がしたいんや……値切り交渉か? それとも純粋に身代金?)
「ぐぬぬ……思い出せぇ……あいつらなんて言ってたっけ……」
そう、確か、ことの始まりは、アールヴヘイムに渡った冷風大鞴が欠陥品であった、というエルフの長の主張から始まった。
ニマーヌの父らしき人物から、娘の近況について二、三質問されたあと、本題とばかりに切り出されたのがプレハブ小屋に設置された冷風大鞴が、冷たい風を出さなくなったという話やった。
「儂らも、それほど深く疑っているわけではない。一度とはいえ、村人を助けようとした心意気に嘘はないと信じている。だからこそ、このような疑いは早急に取り除くことが互いの今後のためと思い、このような大仰なやり口で来てもらった」
なんや話の分かりそうな冴えない顔のオッサンエルフがそう言った。ニマーヌ様の父親だけあって、美形ではあるけども、なんや心労で顔に精気がない感じの人やった。
「そう言うことでしたら、すぐに向かわせてもらいますわ。事後対応も他の商人とは一味違う。それがノヴァーリス商会のアフターサービスやからな」
こうして意気揚々と私たちはエルフの村を後にした。これがエルフたちの仕掛けた盛大な時間稼ぎとも知らずに。
◇
一抹の不安を胸に、私たちは山を下りて国道に至る道まで徒歩で移動した。山道を、ローヒールとはいえ一時間弱。令嬢の歩く道ではないと思いながら、なんとか歩ききった私は、周囲から称賛を浴びていた。
「サーシャ様、お疲れさまでした」
ミヤハがそう言ってお水を渡してくれる。
ヴィーダルも朝から昇り降りを繰り返す私に拍手を送った。
「一日の内に三度山道を移動できるその足ならば、姉様も立派なエルフになれますよ」
さっきの村にいたエルフたちのことを思うと、微妙に侮辱に聞こえなくもない発言やな。
あと、後ろと前で護衛してくれてるオジサンたちはまだまだ平気なのか、鎖帷子とかを着込んでいるというのに、余裕な顔つきやった。さすが軍人というべきか、山道はお手の物らしい。
「さすがお嬢だ。令嬢に似合わぬ健脚……帰りはおぶりましょうか?」
などと、子供扱いしてくるけど、生憎と一番嬉しい打診やった。正直また山登りする気にはなれん。登りと下りで足はとうに限界を迎えている。できることなら冷房を直して、プレハブ小屋で一泊したいくらいやった。
「ほな頼むわ。重くても下ろしたらアカンで」
◇
───山を下り切った頃には、丁度正午を過ぎていた。エルフが寝泊まりしているというプレハブ小屋へ、私たちはようやく到着していた。
待ち受けていたのは、猛暑の中汗だくになりながら壺に入った水を飲み、暑さに耐え忍ぶ肌の赤く焼けたエルフたち。
真っ赤に茹蛸となった彼ら彼女たちは私たちを心よく出迎えた。
「修理だ……! 助かった……!」
中に入ると、そこは既に地獄のような熱が溜まるログハウスやった。藁をもすがる思いで、私を出迎えたに違いない。
救済を求めるエルフたちを尻目に、私は件の冷風大鞴を探した。
「えーっと……? あぁ、あったあった。技術班、取り掛かって」
後ろからぞろぞろと、一緒に山を下りて来た技術班たちが、汗を掻きながら冷風大鞴の前に陣取った。点検を進めていくうちに、技術者の一人があることに気づき、私を呼んだ。
「(あらま……氷がないやん)」
なんと内部の銅板を冷やすための『氷』が、綺麗さっぱり無くなっていた。冷えた銅板が取り込んだ空気を押し出すのが冷風大鞴。氷がなかったら暖かい空気しか出えへんのは当たり前のことやった。
「(お兄さんたち、氷が入ってへんやん)」
プレハブ小屋にいたエルフたちに振り返って、なくなった氷の所在を尋ねた。
しかし返ってきた言葉は───
「(氷とは何だ)」
という、耳を疑いたくなるようなセリフやった。
というのも、私たちは当然に彼らに事前の説明をしており、説明書もつけておいた。特に説明書なんてヴィーダルがエルフ語にわざわざ翻訳したものを用意した特別な説明書や。理解できてないなんてこと、ないと思ってたけど。
「(これの二ページ目のココ……読んだ?)」
氷の説明と、別途で氷は買ってもらう必要があることを明記してある部分を指さした。大きく赤文字でしっかり書いてるつもりやったけど、そもそも赤が重要な色って感覚も人間固有の物かも知れんと思ったら、なんか物凄い嫌な予感がした。
「(読むわけないだろ)」
「(えっ?)」
「(うむ)」
エルフたちの神妙な面持ちに、私は唖然として周囲を見渡した。
私の周囲にいる人たちの中で、彼らの言っていることを真に理解できている者は、おらんかった。辛うじてヴィーダルがこめかみを押さえているぐらい。
「(失念しておりました……)」
呟くように悔恨を漏らすヴィーダル。
「まさか……彼らって、商品を買ったら付属の説明書を読むってことはなさらない文化圏の人ら?」
「説明書という概念すら危ういかと……」
私はそれを聞いて目を瞑った。すると今までに行った数々の行いがフラッシュバックし、寒くて暖かいヨトゥンヘイム領が瞼の裏に浮かんだ。
(あぁ……もう帰りたい)
とはいえ、仕事を投げてこの場から逃走出来るほど私も自由やない。
とっとと修理して、すぐにでも冷風大鞴を動かすとしよう。そうしたらちょっとは、ヨトゥンヘイムの風を感じることが出来るかも知れへん。
そう考えると、少しだけやる気も湧いてくるのだった。
高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。
ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




